映画美術の仕事はスクリーンにしか存在しえない虚構の風景を完璧に作り上げること。撮影後はもれなく撤収という宿命に淡々と与する美術監督の種田陽平さんだが、一方で現場の写真を撮り続け“幻想を形に残す”作業も行ってきた。9月に開かれる種田陽平写真展「つくって、撮った、偽景展」*では『ほとけ』の鉄仏を始め、いつかどこかで観た風景が一堂に帰す。それから、単純な疑問がもたげる。今はなき風景は“いつどこでどのように”生まれたのか。前編に引き続き、辻仁成作品『ほとけ』を中心に、今度は“幻想を言葉に残す”作業をお願いした。

※「ほとけ」は8月25日、シネマスクエアとうきゅうでロードショー!!
*種田陽平写真展「つくって、撮った、偽景展」
9月18日(火)〜10月1日(月)ただし9月23日、24日は休館日
詳細は、ミノルタフォトスペース新宿 03-5269-2458





——映画美術には言語イメージを具現化する作業がつきもの。「ほとけ」のイメージを監督はどのように言いましたか?
辻さんは言葉がとても多い人なので、具体的な言葉は多すぎて思い出せない(笑)。抽象的なイメージ、言語イメージをビジュアル化する作業もありますけどアニメーションの美術とは違い、無から有を作り出すわけじゃないですからね。映画の場合は監督と美術は共犯関係にあるわけですよ。ですから、一番大切になるのがイメージロケハン。監督と一緒に街を見て回るわけです。それをもとにイメージを膨らましていくっていう作業ですね。「ほとけ」の場合、昨年の5月頃に辻さんと3日くらい一緒に回って。方向性を固めるため、その後2日くらい、僕ひとりで残ったのかな。

——街を見ながらどういうディスカッションをしました?
こういう部分はいらなくて、こういう部分が必要という、お互いの共通風景を見い出す作業になりますね。“主人公はきっとこういう家に住んでるんじゃないか”とか“ここは錆びた家並みがいいけど、隣は草むらで今ひとつだな”、とかね。後者のような場合は隣の草むらに似たような家を何軒か作っていくわけですよ。こうすると、イメージ的に60%程度だった風景が100%に近くなる。ロケハンをしながら監督にイメージ画を描いて出す、その繰り返しで方向性が固まっていきます。

——気に入った建物に限って使用禁止、ということも幾度となくあったとか。  
監督とのイメージロケハンを済ませた後、具体的な場所を詰めていくわけなんですが、製作部が市役所や観光課に当たって貸してもらえる建物を探していくんですよ。で、僕が次々見ていくんですが“いいな”と思うものに限って使えない(笑)ということは多かったですね。日本はロケがしにくいと思いますよ。古い建物が少ないですし、あったとしても重要文化財になってしまっている。





——劇中で溜まり場にもなっている船員会館は?
船員会館はその時点で取り壊しが決まっている、ちょっと中途半端な洋風建築だったんですよ。周りは既に更地で、船員会館も廃屋になってた。上に浮浪者が寝泊りしていたような状態でしたね。
これを全面的に改装しました。廃屋ですから、死んでいる建物ですよね。それを生きてる建物にしなきゃならないので壁を作り足したり、カウンターを作ったり、タイルを張っていったりするわけです。一度、作られた当時のような新築にして、何年分か古びさせる。作られてから何年くらい経っているのか、建物の歴史を僕らのほうで考えていくわけです。昭和30年代で止まっているような町にしたいという監督の意向もありましたからね。我々が意識したのは30年代の建物がそのまま40年くらい建って、今に至っているという…。

——監督と意見の相違はないんですか?
それは絶対にあるでしょうね(笑)。僕のスケッチを見た監督が“自分が思っていたのとは違うけど、確かにこっちの方がいいね”、って言うのが望ましい。こちらとしては監督のイメージを超えるものを出したいわけですよ。逆にイメージが同じなら、監督が美術やればいいじゃない(笑)ってことにもなりますからね。

——映画美術は撮影後は取り壊されてしまうわけですが、種田さんは現場の写真を撮り続けてきました。9月には写真展を行うそうですね。
見てもらえる場があれば発表してもいいんじゃないかと。大御所の美術監督が回顧展なんかを時々やりますけど、個人的にはそういうのがあんまり好きじゃなくて…。ノスタルジーになってしまうまえにやってしまえ、という思いもあったんですね。
僕は美術監督ですけど、自分では何もできない。溶接ひとつできないし、僕が鉄の仏を作ったわけじゃない(笑)。ですから、普通のアーティストとはちょっと違うわけですよ。その責任をどうしたらいいだろうかと(笑)考えて、作ったものの記憶を留めてきたというのか。フィルムに収めることで、幻想であってもどこかで形として残していきたいという気持ちがありましたから。

執筆者

寺島まりこ

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