林海象監督7年ぶりの新作映画『BOLT』関西公開スタート!圧倒的ビジュアルで映画を支えたヤノベケンジさんインタビュー
『夢みるように眠りたい』『彌勒 MIROKU』『私立探偵 濱マイク』シリーズの林海象監督、7年ぶりの新作となった映画『BOLT』。関西では2/13(土)、シネ・ヌーヴォにて公開スタートとなる。
映画『BOLT』は、《BOLT》《LIFE》《GOOD YEAR》という3つのエピソードから、核の問題に対峙する人間たちの姿を見つめた作品。大地震で緩んだ原子力発電所の圧力制御タンクの配管ボルト。これを命がけで締めに向かう男たちの姿を描いたエピソード1の《BOLT》で、美術を手掛けたのが現代美術家のヤノベケンジさんだ。
大阪市の北加賀屋にあるヤノベさんの巨大アート倉庫・MASKに足を踏み入れると、原発事故後の未来への希望を見据えた『サン・チャイルド』、第五福竜丸をモチーフにした『ラッキードラゴン』、子供の守護神『ジャイアント・トらやん』、コロナ禍で再展示された『KOMAINU』など、ポップで巨大なキャラクターたちが鎮座している姿は圧巻だ。工作少年が大人になったと笑うヤノベさんに映画『BOLT』についてお話を伺った。
林海象監督とのタッグが生み出した前代未聞のプロジェクト
京都芸術大学で教鞭をとっていたヤノベさんと林海象監督。2011年、福島県の原子力発電所事故の直後に林監督が映画『BOLT』の原案を考え、核をテーマに作品を作ってきたヤノベさんに美術を頼みたいという話があった。その後林監督は2014年に山形芸術工科大学の映像学科教授に就任。山形芸術工科大学の学生たちともに、《GOOD YEAR》《LIFE》を撮り上げた。
《BOLT》の制作にあたっては大掛かりなセットが必要だったが、ほぼ個人制作といえる状況の中で予算の問題が立ちふさがり、なかなかスタートに至らなかったという。
ヤノベ:林さんからそろそろ撮りたいという話もあり、2016年に瀬戸内国際芸術祭の一環として、香川県の高松市美術館で僕の個展が開催されることが決まったんですよ。そこで考えたのが、自分が好きなように構成できるその美術館の中に《BOLT》の撮影セットを作って、実際の役者さんと林さんがカメラを持ち込んで撮影するというアイディアでした。美術としては、原子炉やツール、通路を走行する車、放射能防護服を美術作品として作り、それを使って撮影しようと。そんな経緯で個展のインスタレーションとして映画のセットを作って、実際の会場で撮影するという前代未聞のプロジェクト撮影を行うということになったんです。
ヤノベケンジさんの現代美術家としてのデビューは1990年。“未来世界を生き抜くためのサヴァイバル装置”をテーマとしながら彫刻作品を手掛けてきた。1997年には実際にチェルノブイリ原子力発電所の事故の地で放射線を感知する機能を持つ防護服を着てパフォーマンスを行い、その後も核の問題と向き合いながら作品を展開してきた。
――林監督とヤノベさんが組まれたということが、映画のテーマを体現する意味でもこれ以上ないタッグだなと思いました。作られたセットの大きさはどれくらいだったんでしょうか。
ヤノベ:原子炉の役割をするのが『黒い太陽』で、直径はツノを合わせると13メートル。展覧会の会場では、10メートルを越える球体の作品が鎮座していて、そこに至るまでの通路も作りました。実際役者さんが着る防護服も、僕がチェルノブイリに行った放射能防護服のアトムスーツのイメージで作りました。通路内の移動車は、1992年に作った電車型の作品を元に、元の設定とは違う形で映画に出演させました。
――原発の象徴として『黒い太陽』を用いたのは何故でしょうか。
ヤノベ:元々『黒い太陽』は2009年に制作した彫刻作品で、最初は人工稲妻発生装置が中にありました。当時は原子炉として作ったわけではなく、実際の原子炉の形ではないんですけども、原子炉の構造に見立てられることと、冷却タンクから汚染水が漏れ出すイメージがしやすいということで使いました。
――『黒い太陽』が非常に有機的に見えました。身体の中にはびこってしまったがん細胞のような…。ビジュアルとしてとても面白く感じました。
ヤノベ:今ならウイルスのようでもありますね。元々『黒い太陽』を作った時に、機械ではなく有機的な生命体みたいなものを意識して造形したものなので、それが生物的な細胞分裂するような状態といったものに見立てられたのかもしれませんね。
――止めても汚染水が溢れて来て、除去出来ないというジレンマが、原発と日本の状況も表しているように感じました。
ヤノベ:もちろんストーリーの設定は林さんが考えられて、それに沿って汚染水が漏れるギミックを考えました。放射能防護服は1997年に僕自身がチェルノブイリに入った時のアトムスーツのデザインを使ったことで、映画の中にある種のリアリティを持ち込むのに役立ったのかなと思います。
――チェルノブイリに行かれたときに放射能防護服の色は、『トらやん』、『サン・チャイルド』に引き継がれ今回も踏襲されていますが、何故黄色だったのでしょうか。
ヤノベ:警告色のイメージで、ある種緊急時を連想する黄色を使ってWARNING(警告)というものを表しています。
――宇宙服のような感じもありますし、中でライトが光っている様子が映画としての効果を上げていたと思いました。
ヤノベ:顔を照らすことで、演者の表情が豊かに表現できるような映画仕様のデザインにしました。
――撮影現場で感じられたことは?
ヤノベ:映画に出てくるセットは全て僕の美術作品でという思いで作りました。今まで彫刻作品やインスタレーションとして美術館に設置していた経験はありますが、そこにプロフェッショナルな役者さんが自分の作品に混じると、新しい素材として融合した彫刻の様に見えました。自分が今まで見たことがないような作品が生まれる、そんな思いがありました。そして高松市美術館を作品鑑賞に訪れた観客は展覧会に来たはずなのに、いきなり監督の「カメラ、スタート!」「本番!」なんて掛け声とともに緊張感のある撮影現場に遭遇する訳ですから(笑)。そこで永瀬正敏さんや佐野史郎さんが防護服を着用して演技をしているという、前代未聞のパフォーマンス、展覧会になったという印象です。
永瀬正敏さんの役者魂を見せつけられた
撮影の中では、特に主演を務めた永瀬正敏さんの徹底したプロフェッショナルな姿に感銘を受けたという。
ヤノベ:今回の《BOLT》に関しても、三日間睡眠をとらずに撮影に挑まれたんです。永瀬さん曰く、現場作業員もほとんど寝ない状態で事故と格闘したんじゃないかと。同じ状況に肉体を追い込んで役作りに向き合われました。映画では顔面蒼白で極限状態の永瀬さんの姿があります。ボルトを締め込んで水が止まるシーンでは、林海象監督のOKが出ずテイクも十数回重ねて、そんな肉体の状態で集中し続けて、最後OKが出た瞬間に永瀬さんが酸欠で倒れて病院に担ぎ込まれたということがありました。そんな役者魂が作品と一体化して、展覧会としても演劇でも映画でもパフォーマンスでもない、今までなかったことを表現できました。それが映画『BOLT』として完成して。それは観に来られる方にもメッセージとして伝わるんじゃないでしょうか。
――《BOLT》を拝見して、緊張感に息が詰まるような感覚になりました。
ヤノベ:そうなんですよ。僕は実際セットや小道具も作って、撮影現場にもかかわっていたんですけど、映画を初めて観たときは、自分が実際に防護服を着て作業に向かっていくような本当に息が詰まるような気持ちになりました。
クリエイティブなエネルギーのぶつかり合いで生まれた映画
――美術館の中にセットを組んで、あえてお客さんがいるときに撮影する、という発想はどのようにして生まれたんでしょうか。
ヤノベ:実際館内を利用できるのはお客さんがいる昼間だけだったんです。実験的な試みとして美術館の方も非常に喜んでくださいました。たくさんの高松市民に見ていただきましたし、子供が毎日撮影現場を見に来たり。この映画は京都芸術大学と山形の東北芸術工科大学の学生たちも加わって社会実装プロジェクト(アート・デザインの分野から商品開発、まちづくり、問題解決を行うプロジェクト)として行いました。美術館の中だけでなく、高松市内の製紙工場の廃墟の中で撮影をさせてもらったり、高松のお寺に宿泊させてもらったりと、市民のたくさんの協力のもとに映画が作られました。地域あげて協力してもらった地方芸術祭のひとつの形にもできたかなと思います。
映画『BOLT』のパイロットフィルムは、北加賀屋のMASK内で撮影されたという。永瀬さんは写真家としても活動しており、防護服を着用した撮影をきっかけに、ヘルメットの中にオブジェを入れた写真作品が誕生した。これらの写真作品も『BOLT』プロジェクトの一環として高松市美術館で展示された。
ヤノベ:林海象さんの監督としての執念のエネルギーと、永瀬さんの役者、写真家としての完璧主義的エネルギーと学生たちのクリエイティブなエネルギーが激突し渾然一体となった展覧会の中で生まれたのが、この『BOLT』という映画作品です。それがようやくこの震災10年目となる2021年に公開されるというのは感慨深いものがありました。
――3作品通してご覧になってご感想はいかがでしたでしょうか。
ヤノベ:《GOOD YEAR》が最初に撮られて、《LIFE》、《BOLT》と撮られて、上映は逆の順番になっています。撮影に関わった息が詰まるような《BOLT》のエピソードがあって、2番目の《LIFE》は人生を諦めたような主人公の映画。《GOOD YEAR》という3作目は少しファンタジーも入った希望的な未来も若干想像できるような展開になっています。三つのエピソードで非常にうまく構成された映画だと思っています。
人類が向き合うべき課題
――コロナ禍での映画やアートの役割についてどのようにお考えでしょうか。
ヤノベ:現在、緊急事態宣言中でコロナの問題が地球規模の問題として立ちはだかっています。『BOLT』は放射能の問題の映画ですけど、フェイスシールドや防護服から今の感染症の問題、そういった見立てもできると思います。核の問題は発電所の事故とか、核爆弾が落ちた広島や長崎のように局地的な事として捉えがちですが、そういう意味で核の問題も、コロナの問題のように人類全体が向き合うべき問題だということに気付かせてくれる映画になったんじゃないかな。今なかなか映画館に行って観てくださいとは言い難い状況ではありますが、今だからこそ観ていただきたい映画の一つだと思っています。
――《BOLT》で永瀬さんが空を見上げているカットがありますが、『サン・チャイルド』の姿と重なりました。
ヤノベ:ありがとうございます。林海象さんの意図かどうかはわかりませんが、そういう風にも見ていただけるかなとも思うんです。
30年近く作家として活動する中で作品は常に賛辞も批判も受けます。「サン・チャイルド」も2018年の福島の展示では物議を醸し撤去されたりもしました。作品が常に社会の問題とシンクロしながら物語を紡ぎだしている様です。
元々映画が好きで、映画監督にはなれなかったけど美術の世界に入って自分の人生の映画を撮るように作品を作ってきたような気もします。今回の『BOLT』という映画は、人によっては僕の人生のメタファーになっていると感じる人もいるんですね。そういう意味でも、私の今までの作品の意図や物語を知って観ていただくと、また別の解釈に広がっていくんじゃないかなと思っています。美術展や映画の中だけで完結する物語ではなく、鑑賞後も現実の世界が映画と地続きにつながっている体験ができるのではないでしょうか。
林海象監督のデビュー作『夢みるように眠りたい』(1986)がデジタルリマスター版でスクリーンに蘇る!
関西公開情報
●大阪/シネ・ヌーヴォ
2/6(土)2/12(金)、2/17(水)~2/19(金)
●京都/出町座
2/19(金)~3/4(木)
●神戸/元町映画館
上映調整中
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執筆者
デューイ松田