『セントアンナの奇跡』スパイク・リー監督インタビュー
2大陸、2つの時代を結ぶ、実話から生まれた〈奇跡〉の物語
現代、ニューヨーク。それは、不可解な殺人事件だった。ニューヨークの郵便局で働く定年間近の実直な男が、ある日カウンターに現れた男性客の頭にいきなり銃弾を打ち込んだのだ。彼の名はヘクター。犯行に使われた銃は、古いドイツ製のルガーだった。彼の部屋からは、行方不明になっていた歴史的に重要なイタリアの彫像も発見される。二人の間に何があったのか──?
謎を解く鍵は、1944年のトスカーナにあった。
スパイク・リー監督最新作『セントアンナの奇跡』がいよいよ公開、監督に作品について語ってもらいました。
$red −−なぜこの作品を手がけようと思ったのですか? $
ジェームズ・マクブライドが、さまざまなストーリーを織り交ぜた素晴らしい本を書いたんだ。ぼくたちは、これが92歩兵部隊のバッファロー・ソルジャーについてだけの映画ではないと信じている。当時イタリアで起きていたさまざまな問題、自由を望む市民と、ムッソリーニのファシスト政権下にいたいと思う市民の間に起きた内乱なども描いている。また、ぼくとジェームズは、ナチのキャラクターを、出来るだけ多面的なものにしたいと思っていたんだ。
−−イタリアでの撮影はいかがでしたか?
撮影中に年老いたイタリア人が何度もぼくのところにやって来たんだ。彼らは第二次世界大戦のときはまだ子供で、セント・アナの虐殺の生き残りだった。一人の年老いた女性が「バッファロー・ソルジャーのおかげで私は生き残ったの」と話しかけてきた。第二次世界大戦中、幼い彼女は死にかけたそうだ。それで彼女の母親がバッファローソルジャーの基地に彼女を連れて行き、黒人の医者がペニシリンを注射して助かったんだ。彼女は話しながらぼくの目の前で泣き出したんだよ。そういう話を聞くとこれは本当に起きたことだと実感できた。1944年8月12日、ナチの16部隊が無実の560人のイタリア市民を虐殺した。彼らの大半は年寄りや女性、子供たちだった。まさにそれが起きた場所でぼくたちは2日間撮影したんだ。キャストやスタッフ全員が、虐殺された560人のスピリットとソウルを感じることが出来たよ。だから、ぼくはインスパイアーされずにはいれなかった。これをちゃんと描く義務があると背中を押されたよ。
−−撮影で苦労したことは何ですか?
最初の頃心配していたのは言葉の問題だった。ぼくはイタリア語を話せないからね。「バイバイバイ」「アタックル、アタックル」くらいしか話せない。イタリア人のスタッフが質問してくると、何か訊いていることはわかる。そしてぼくの答えはいつも「デュエ」だったんだ。「2つ」という意味なんだけど、なぜかいつもそれでうまくいったんだよ。「デュエ!」ってね(笑)。ぼくはイタリア語もドイツ語も話せないけど、言葉が壁にはならないということがわかったよ。多くの障害や境界は自分で自分に押し付けてしまうものだということに気づいたんだ。目からうろこが落ちる経験だったよ。スタッフは95%がイタリア人。でも、ぼくたちはコミュニケートすることができたんだ。
−−もっとも大きなチャレンジは何でしたか?
素晴らしいカメラマンにエディター、キャストが集められたから、この映画を作れるという自信はあった。でも、一つのワイルド・カードは子供だった。それで眠れぬ夜を過ごしたよ。フローレンスでオーディションをしたら5千人の子供がやってきた。全員に会ったわけじゃないけど100人以上に会ったよ。マテオは演技経験はなかったけど、この役を演じるのに必要な顔、知性、イノセンスを持っていた。ジェイムズが書いた脚本は、イタリアのネオリアリズムを彷彿させた。ロッセリーニやデシーカの映画みたいにね。「自転車泥棒」も主人公は子供で、戦争が子供たちにどういう影響を与えたかが描かれていた。マテオは「自転車泥棒」の子供のように素晴らしいよ。
−−アメリカが初のアフリカ系アメリカ人の大統領を迎えようとしていることとこの作品には何か関係があると思いますか?
あると思うよ。映画の中で二人の兵士がアメリカへの愛国心について議論するシーンがある。デレク(・ルーク)が演じるスタンプは「おれは子供や孫のために戦っているんだ」と言う。そういった長期的な見方が必要なんだ。バッファロー・ソルジャーは、バラク・オバマへとつながっていった進化の一部だよ。キング牧師やジョン・F・ケネディ、マルコムとリストは延々と続く。それはホープだ。ぼくたちの祖先が持っていたのと同じホープだよ。彼らは奴隷だったけど、教会に行ってニグロのスピリチュアルを歌い、いつか約束の地に行き着けるようにと祈った。ぼくの祖母の母は奴隷として生まれたけど、祖母は大学を卒業して100歳になった。そして、ぼくをモアハウス大学とニューヨーク大学に行かせてくれたんだ。彼女はアフリカ系アメリカ人が大統領になるなんてことは考えたことさえなかったよ。それはこの国が大きく動いていることを示している。今は祖父母や両親と同じ考えを持たないアメリカ人がたくさんいる。白人のキッズが買う音楽の80%はヒップホップなんだ。それは物事の見方を完全に変えてしまう。彼らはオバマのキャンペーンの大きな部分を占めた。この映画はまさにそこにピッタリとはまるんだ。ホープと、この国の創始者たちがやろうとしていたことをついに達成しようとしているこの国の可能性という意味でね。
執筆者
Yasuhiro Togawa