“天才ではなく、諦めない一介の医者の姿を描きたかった”『ジェネラル・ルージュの凱旋』中村義洋監督インタビュー
大ヒット作『チーム・バチスタの栄光』の続編、『ジェネラル・ルージュの凱旋』。
窓際医師・田口と厚生労働省の役人・白鳥の凸凹コンビが病院内で起こる事件の謎に迫る「田口&白鳥」シリーズは、映画『チーム・バチスタの栄光』公開以降、更にヒートアップ。テレビドラマ版「チーム・バチスタの栄光」のヒット、シリーズ4作目となる最新作「イノセント・ゲリラの祝祭」のベストセラーなど、ブームは更に加速し、現役医師・海堂尊による原作はシリーズ累計で580万部を突破。
その中でも、最高傑作との呼び声が高い「ジェネラル・ルージュの凱旋」が、満を持して映画化。
「チーム・バチスタ事件」を解決に導いた(と思われている)窓際医師・田口公子。そんな彼女の元に「救命救急の速水晃一センター長は医療メーカーと癒着している。花房看護師長は共犯だ」という一通の告発文書が届く。同様の文書が厚生労働省の切れ者役人・白鳥圭輔の元にも届いていた。時を同じくして、告発された医療メーカーの支店長が自殺する、という事件が起こる。またもや高階院長から病院内を探るように命を受ける田口。田口と白鳥、凸凹コンビの珍妙な捜査が始まる。徐々に明らかになる院内の複雑な人間関係、速水のある秘めたる思い。“ジェネラル・ルージュ”の背後に隠された驚きの真実とは・・・?
前作の『チーム・バチスタの栄光』で、原作ファンの心をがっちり掴んだ中村義洋監督。
本作でキーパーソン・速水を演じる堺雅人は『ジャージの二人』から二度目の起用となる。
原作を読んだ限りでは、監督曰く“堺君より、もっと年上の印象ですよね”との事だが、
役作りの上では、ほぼお任せにできる程、適任だったよう。
『ジェネラル・ルージュの凱旋』の監督、中村義洋監督にお話を伺った。
——『チーム・バチスタの栄光』で海堂尊さんの描く世界観を描く事に成功し、今回続編である『ジェネラル・ルージュの凱旋』を引き続き監督するにあたり、不安と自信、どちらの心境でしたか?
「不安の方が多かったですね。
自信というものではありませんが、今作の舞台である救命救急を調べていくにつれ変わっていきました。今の医療問題をちゃんと伝えなければいけない映画なんだなという気持ちになりました。」
——医療問題に関するニュースなどは、映画製作中も日々新たに目に触れるものだったと思いますが、ご自身の中の思いに変化などは
「医療監修で、埼玉医大の堤先生という救命救急のセンター長の方をお迎えしたのですが、堤先生に5時間ぐらい取材させて頂いてから意識が変わりましたね。
取材の中では、実際どのような仕事なのかという事を聞いていたのですが、原作では実際よりもデフォルメされているのではないかと思っていた所がありました。“救命救急、産科、小児科を切り捨てる”というセリフが出てくるのですが、お産は皆がするものだし、交通事故で大勢の人が運ばれてくるのに、それはないんじゃないかと思っていました。
でも、経済原理の話で、赤字になるので切り捨ててしまう大学病院も本当にいくつかあるんです。何故、そうなってしまうのかというと、国の医療費抑制問題で締め付けられて、そうせざるを得ない病院も出てきてしまうのです。
妊婦さんが病院をたらい回しにされてしまった事件も、ニュースの描かれ方は病院側が悪くなっているじゃないですか。そういうカラクリがわかってきて、その後も二回ぐらい堤先生とお話した時に“監督の今の気持ちでは、病院を叩く側と、医者と、どちらの立場に近いですか”と聞かれて“完全に医者の立場です”と答えたんです。
本当は受け入れたいけれども、拒否しなければいけないという方に感情移入しました。」
——その監督の気持ちというのは、出演者の方やスタッフの方にも共通していましたか
「最終的には伝わったと思いますね。
救命救急チームの堺雅人さんや、羽田美智子さん、山本太郎さんたちは堤先生に会っているので当然伝わるのですが、竹内結子さんや阿部寛さんに関しては“わかってなくてもいい”という気持ちがありました。
竹内さんは、『チーム・バチスタの栄光』の時と同じく、何も知らない立場から見たらどう思うんだろうという感じでした。
今回は阿部さんも同じで、実際に脚本を読むなどしていくうちに理解したようですね。」
——竹内結子さん演じる田口というキャラクターは、マイペースな部分も持ち合わせつつ、今回は大学病院の倫理委員長に就任していますね。前作よりも、成長したと意識して描かれた点はありましたか?
「成長を狙ったという訳ではないのですが、前作から一年後という事は狙いました。
一年後、どうなっているかというのは役者さんに任せた部分もありますし、実際に事件を解決した田口と白鳥というよりは、現場で作品を一緒にやった竹内結子さんと阿部寛さんが一年後に再会してお芝居をする時に出る空気でいいんじゃないかと思いました。
こちらで何か型にはめようというものはなかったですね。」
——今回、出演者の方が演じるにあたって得た特別な技術などはありましたか?
「堺君たちは凄かったですね。
『チーム・バチスタの栄光』の時は登場する世界が狭かったのですが、今回は大きかったので、動きも大きかった。
面白かったのは、前回もそうだったのですが、医療指導の先生が“俳優ってやっぱり凄い”とおっしゃっていた事ですね。心臓マッサージにしてもそうですが、覚えるのも早く、忘れるのも早いんですよ。」
——堺雅人さんが演じた速水というキャラクターは、天才と称される救命救急センターのセンター長ですが、監督から堺さんに対して“こういう知識を身につけて下さい”という事は
「それは言わなくてもやる俳優なんですよ。言わなくても作ってくるので、作り方が間違っていれば言いますが、大概間違わないですね。
堤先生に会わせたら、会わせた意味もわかってくれるし、おまかせですよね。」
——速水の、常に微笑を絶やさないという特徴も印象的です。場面によっても微笑に変化はありますが、演技指導はしましたか?
「そこまで演出はしていませんね。口を出さず縛り付けず、ほとんどお任せですね。
一番大きい部分で言えば、堺君からの提案だったのですが、宣伝では天才というふうに言っていますが、決して天才とは真逆の方向でやりましょうという話をしました。
『チーム・バチスタの栄光』は天才の話ですし、一介の医者として描こうという事になりました。
冒頭で速水が蘇生させる為に色々やるシーンに関して言えば、あれは上手いから蘇生できたのではなくて、執念深く続けて諦めないからできたというだけなんです。
普通のお医者さんが、普通に頑張っていて、苦しめられている状況というのを描きたかった。」
——前作では、田口に感情移入されたとおっしゃっていましたが、今回最も感情移入したのは誰ですか?
「もちろん速水ですね。原作を読んだ時からそうだったし、竹内さんにもその点は断っておきました。感情移入をしないと、僕も映画が撮れないので。
『チーム・バチスタの栄光』の時は、自然と心が田口へいっていましたし、今回は無理に田口の視点に乗せなくてもいいのではと思いました。」
——速水に最も惹きつけられた理由というのは、やはり“諦めない”という点でしょうか
「そうですね。でも、これはネタバレにもなってしまうのですが、この映画というのは諦めた瞬間からの話なんですよね。
そのへんを堺君はよくわかっていて、速水は頑張っている糸が切れてしまったからあの行動を起こしたんだよね、と話し合っていました。」
——審査会のシーンでの堺さんの演技も非常に印象的です。激怒する所での指導は
「あれは、実際にインする前(撮影する前)に一度練習をしているのですが、それをやったからこそあの演技になったんでしょうね。堺君も“えっ、こういきますか”と最初びっくりしていました。そこは僕もこだわりがあったので、お願いした部分ですね。
堤先生に取材していて、あのセリフのように言っている訳ではないけれども、あれぐらいの怒りをこめて言っているように感じました。」
——『チーム・バチスタの栄光』も『ジェネラル・ルージュの凱旋』も、前作から引き続き個性豊かなキャラクターが登場し、作品に時にユーモアを飾っています。
映画の続編というものは、前作が成功していると難しいものがあるとは思いますが、前作と比べてユーモラスな部分とのバランスで意識した点はありましたか?
「前作と比べてだと、大きな部分は変えずに小さい部分をマイナーチェンジしていったという感じですね。なぞりながら、いい意味で裏切っていくという。
田口、白鳥に関しては、どこでどう出すかという事を考えるのも面白かったですね。
もしかしたらもう二度とできないかもしれないですしね、パート2をやるチャンスというのは、それほどないですから(笑)」
——終盤のエキストラ500人が登場する救命救急のシーンでは、それぞれが異なる病状を演じている事もあって、非常に時間がかかったのではないかと思いますが、どれぐらい撮影に時間をかけたのでしょうか
「準備に準備を重ねて、ロビーのシーンだけでも丸二日間ですね。」
——あのシーンに登場するトリアージ(災害医療において患者の状態に応じて黒・赤・黄・緑のタグをつけ、色分けで搬送や治療の優先順位をつける行為)という制度は、一人でも多くの命を助ける為に、助かる者とそうでない者を区切るという、観た人全ての人の心に何かしら考えを残すものだと思いますが、中村監督はどう思われましたか?
「僕の立場というのは、医者側の立場なので、病人の人数と限られたキャパで、どれだけ最高の事ができるか考えたら、やはりトリアージしかないんですね。
全てを受け入れていたら、劇中でも言っている通り、助かるべき人も助からない。
黒色のついた患者は、三人や四人の医者がついて、大手術と同じような事をしたら助かるかもしれないけれど、そこに集中して全てが割かれてしまう。
ですから、残酷さはありますが、病院側でそれしかできないという限界があるので、ある点では仕方が無いのかもしれません。」
——この映画の中では、勧善懲悪な人物はいないのではないでしょうか
「そうですね。
もしかしたら高嶋さんの演じた沼田が、ねたみなどが含まれていて少しそういう部分があるかもしれませんが、最後にはある人物の行動にびびってしまうところもあって、完全な悪ではないですよね。」
——“ある人物”は、完全に悪の側の人間なのでしょうか
「狂っているというとおかしいかもしれませんが、倫理観の幅が人と違うのだと思います。18歳ぐらいから、ずっと同じ人間関係で広がりがないので、大変な事もあるだろうと考えた時に、倫理観が成長しない人間として描こうと考えました。」
——前作のココリコの田中さん演じる氷室と、ある部分では共通していると言えますか?
「若干変えたのは、あの人物は、忙しすぎて頭がぼーっとしている中での快楽という事でしたが、今回は目的の為ならなんでもするという幅が人とズレているという事ですね。」
——病院というのは、様々な倫理観や正義感を持った人々が集まった場所だと思いますが、この映画の中ではどの人物に対しても公平な目線を感じますが、意図しての事でしょうか
「してないですね。自然になってしまうんです。
この撮影は35〜40日ぐらいの期間でやりましたが、準備やリハーサルや衣装合わせなどをやっていき、出来上がったものを見ていくと、俳優が作り上げたものに対しての魅力を非常に感じるんですよ。高嶋さんにしても、野際さんにしても、山本さんにしても、とても俳優さんが良かったというところが大きいですね。
貫地谷しほりさんの演じた如月は、原作ではあれほど登場しませんが、彼女が演じるにあたって“ここにも彼女がいた方がいい”という風に徐々に引き出されていきましたからね。」
——海堂尊さんの原作では、このシリーズは引き続き続編が刊行されていますが、監督ご自身では続編の予定は
「まだ具体的な話は出ていませんね。個人的なところではやりたいです。
だけど、これが難しい(笑)
これはちょっとしんどいな、というところもあるので。まだ本作が完成したばかりですしね。」
執筆者
池田祐里枝