第21回東京国際映画祭 コンペティション部門出品『アンナと過ごした4日間』のイエジー・スコリモフスキ監督は、本作が何と17年ぶりの新作となった。来日も9年ぶりということで、「日本は元々好きだが、今回もあまり時間がなくて回れないんだ」と残念そうにつぶやく。これまでカンヌ、ベルリン、ヴェネチア映画祭等で数々の賞を受賞し、ポーランドの巨匠監督として有名な彼は、一見とても頑固で気難しそうだが、実際はとても真摯な方で時折サングラスの奥から笑顔も覗かせてくれた。

また、18世紀に存在したある日本の書家に影響を受け、「私にとってその方は書における黒澤明だ。画家としてとても影響を受けた」と話すスコリモフスキ監督は、絵画のほかにも詩、アマチュアボクシング、俳優、脚本など、マルチな才能を持ち合わせている。そんなスコリモフスキ監督の新作は、彼の今までの経験はもちろん、培ってきたであろう巧みな演出や編集が散りばめられ、静かでありながらもサスペンス色の強い人間ドラマとなった。

なぜ、巨匠と呼ばれるほど偉大な監督が17年間も映画制作から離れていたのか。
そして、17年ぶりの新作『アンナと過ごした4日間』には監督のどのような想いが込められているのか、お話を伺った。






本作は監督にとって17年ぶりの新作となったそうですが、その期間はどのような活動をされていたのでしょうか?

ずっと絵を描いていた。監督業をしているときも絵は描いていたんだが忙しくてね。それでこの17年間は基本的にずっと絵を描くことに集中し、画家としてそれなりの業績を上げることもできた。残念ながら日本ではまだ展覧会などは開催していないが、北米、ヨーロッパ、特にヴェネツィア・ビエンナーレという世界的に有名な美術展覧会に自分の作品が出品できたという意味では、画家としての名声は確立することができたのではないかと思うよ。

久々の映画制作はいかがでしたか。また、本作は監督にとってどのような意味を持つ作品となりましたか?

普段使っている脳とは別の部分の脳を使った感じがする。絵を描いていたときは無音の中、ただ一人黙々とキャンパスと向きあって没入していく作業だったが、映画制作は混沌とした中で人間同士の対立もあれば、自分も監督として人を操作することが必要になってくる。だから同じクリエイティブな作業であっても、脳は全く違う部分を使っている感じがしたんだ。

監督は本作で脚本も担当されましたね。脚本でダブルクレジットされていたエヴァ・ピアスコフスさんとはどのように作業を分担したり、進めていったりしたのでしょう。

一番はじめの構成や構造は自分で考える。それを彼女が聞いて、ここは適切な表現ではないのでは?という部分などを一緒に手直ししていった。一つ確かなことは、自分はどちらかと言うと“ひらめき”の人間だが、彼女は“方法論的”に順序立てて物事を考える人間だということ。だから、自分のひらめきを形にしてくれるのが彼女だと思っているよ。

主人公・レオンはアンナに異様な執着を見せますが、それはどのような感情だったのか? 純粋な愛情、もしくはアンナのレイプ事件のときに助けられなかったという罪の意識からくる感情だったのでしょうか?

私自身はレオンがどのような感情であったか一つ一つ分析する必要はないと思っている。だが、レオンのアンナに対する感情は先ほどあなたが言ったような感情のほかにもう一つあると思う。それは、単純に男としての性的な欲望だ。だからアンナを前にしたときに罪悪感を感じたんじゃないだろうか、と。このように3つの感情が絡み合い、最終的には愛することで全てを超えてしまったんじゃないかと思う。

アンナのいる寮へ行き来していた道が、ラストで大きな壁に遮られてしまいます。あの壁はレオンの心をそのまま表しているように感じましたが・・・

すべてはメタファーだ。だから観た人によってどのようにも受け止められる。一つに、あなたが言ったような理解の仕方もあるが、もう決して二人は会うことができないという“別れ”を表わしているようにも見える。そして他にもあって、レオンは心のバランスを失っており、過去に刑務所にいたこともあるような人間だから、そもそもアンナが存在していたということも全て夢で、今までのことは全てレオンが作り出した空想世界での出来事だった、という結末だ。だからラストでレオンはそれにハッと気づき、目の前のアンナがいる寮へと走って行くが大きな壁がそびえ立つ。最初からそこには壁しかなかった、という考えだ。そのようにいろいろな受け取り方ができるから、私は自分で答えを選びたくないし、どれが一番と比べるようなこともしたくない。ご覧になった方が好きなように理解してくれるのが一番いいよ。

結末はあのようにすることを最初から決めていたのでしょうか?

実は、最初は全く違うラストだったんだ。このような終わり方にしようというのは前日に決めた。最終的にはみんなこの結末でよかったと言ってくれるが、前日に急遽ラストを変更すると私が言い出したときはスタッフ全員から「無理だ」と言われた。家が建っていた場所をきれいな空き地にする、という条件つきだったからね。「空き地を作るのに1週間かかる」と反対されたが、「まだ明日の撮影まで一晩ある。夜通し電灯をつけてやってくれ!」と言ったら、みんな「えー!」と言いながらもがんばってくれたよ(苦笑)。

最初に考えていた結末はどのようなものだったのでしょう?

レオンとアンナ、ふたりが面会のとき会話をするね。あれがラストだったんだ。でも結局はこの結末に変更したからこそ、全部夢だったのではないか?という考えも生まれてきたのだから正しい決断だったと思う。

監督はポーランドの巨匠として有名ですが、日本で注目している監督や俳優はいらっしゃいますか?

ナンバーワンはやはり黒澤明監督だ。『羅生門』をはじめ、黒澤監督作品はほとんど観たがどれもがとてもすばらしい。

執筆者

Naomi Kanno

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