『約束の旅路』はエチオピアのユダヤ人をイスラエルに移送するという1984年の「モーセ作戦」の史実から生まれた叙事詩であり普遍的な人間愛のドラマでもある。
名前を変えユダヤ人と偽り、ひとりイスラエルに脱出した9歳の少年。別れた母とアフリカへの思い、肌の色や宗教による壁、偽りの自分。揺らぐアイデンティティの中で少年は育っていく。

本作品を見終ったあとに自分がいかに「モーセ作戦」という出来事を軽視し、民族差別と遠い場所にいたかがわかり体がざわめいた。
そしてラデュ・ミヘイレアニュ監督を一目見た瞬間また体がざわめく。
落ち着いた優しい風貌の中に強いまなざしを感じるのだ。



—2度目の来日ですが、日本はどうですか?

「仮に10回目だとしても日本に関して感想を述べる器ではない。長い伝統があるからね。以前横浜映画祭で訪れたけれど、横浜の印象はよかったよ。」

—エチオピア系ユダヤ人に出会い、その話をきっかけにこの映画を製作したそうですね。この映画で描かれているのは体験談だけですか?

「完全なフィクションではない。リサーチとして、様々なイスラエル系ユダヤ人の話を聞いたり時には秘密機関に情報を聞いたりした。その話を聞いたうえで私の想像を組み立てた。99年にその人に聞いた。彼に出会ったのは社交的な映画祭のオープニングパーティだった。金持ちそうな人の中で黒人の彼が居た。天涯孤独の身の上を冗談交じりで語ってくれたよ。彼には生命の光を感じたし、人間は崇高ですばらしくどんな絶望の前でも降参してはいけないと教わった。」

—イスラエルの体制批判は織り込まれていないようだけどそれはなぜですか?

「理由はイスラエルの政治体制の失態ではないからだ。イスラエルを語るのはとても複雑で宗教的な集団ということを忘れてはいけない。もし政治体制を考えたいのであればドキュメンタリーを見てもらえればいい。映画というフィクションは一人の運命を描く。感情移入してもらえればいい。単に戦いだけを定義するのは間違っている。とても愚かだと思う。私はパレスチナ人を愛しています。パレスチナ人が与えられている権利をイスラエル人も享受できているように望んでいます。」

—アイデンティティを探す一人の人間として主人公は見出したかはまだわからないままですが、監督がアイデンティティに関して思うことは?

「祖国が二つあり、生まれた国、育った国。それに一体自分は誰なんだとアイデンティティを揺さぶられている。そして他人と壁を作ってしまうことがある。他の異文化を拒否するのではなく自分を否定するのではなく両方のバランスを取ることが必要だ。

自分の中の葛藤は戦争につながっている。重要なのは、他者との対話を大切にすることだ。それは家に例えられるだろう。鍵をあけ、近所の人達とオープンに接しパーティもするがしっかりと自分を持つ家にするか、逆にしっかりと鍵をかけ隣の人達を遠巻きにし、閉じこもってアメリカ映画を見るようなものなのだ。」

執筆者

加藤容美

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