「素材は変わっても描きたいことは変わらない」『CEO 最高経営責任者』ウー・ティエンミン監督インタビュー
かつて『變臉(へんめん)』で老いた芸人と少女の交流を描き、私たちに感動を与えてくれたウー・ティエンミン監督の映画が久々に日本で一般公開されることになった。『CEO 最高経営責任者』というこの映画は、実在する企業「ハイアール社」のサクセスストーリーを素材にした、ある意味、異色の劇映画だ。倒産寸前の冷蔵庫工場を抱えたリン・ミンは、部下を従えドイツの企業を訪問、社運をかけた契約を取り付ける。彼らは豊かな生活を夢見て厳しい自己管理を実施し、欧米市場を相手にみるみる業績を上げ、やがて中国を代表する優良企業へと成長していく。その様に昭和30〜40年代の日本の高度成長期をイメージする人もいるかもしれない。
ウー監督の旧作からはとても想像できない素材だが、監督として何に惹きつけられ、この素材とどう接してきたのだろうか? 公開に先駆け、来日したウー監督と長年の作品作りのパートナーである脚本家ロー・シゥインさんに、本作のこと、そして中国映画の現状についてうかがった。
$navy ●『CEO 最高経営責任者』は、ポレポレ東中野にて上映中
●2006年1月8日より大阪シネ・ヌーヴォにて公開$
——『變臉(へんめん)』からガラリと変わって企業を題材にした作品を撮られたわけですが、この変化が、まず、いちばんの驚きでした。この作品を撮ろうと思われたのは何故ですか?
ウー「素材は変わっても監督としてひとりの表現者として基本的なものはまったく変わっていません。テーマや技術は変わるかもしれませんが、基本的に人の内面を表していきたいという点はまったく変わっていないんです。今回の『CEO』という映画も、企業をただ描くのではなくて、(モデルとなったハイアール社の)チャンCEOの、いろいろな困難に立ち向かっていく、すべてを投げ出して会社に懸けていくという姿にひじょうに感動したので、それを題材にして映画に撮りました。取材のため、2年間ハイアール社に入ったのですが、そのときに感動したことを全て映画に表したつもりです。私は、人が見て気分が悪くなるようなもの、汚いものとか悪いものをあえて映画にしたくはないと思っています。世の中には、きたないものとかあまりよくないものが溢れていますので、映画の中では美しいもの、きれいなものを伝えたいと撮り続けています」
——この映画は劇映画ですが、モデルになった企業を実名で使われていますね。どうしてでしょうか?
ウー「はじめハイアール社のCEOであるチャン・ルエミンさんは、この映画を撮ること自体に反対でした。もちろんハイアールという名前を使うことにも同意してくれませんでした。撮ることが決まって、すべてのロケを実際にハイアール内で行うことになったのですが、ハイアールという文字やロゴが至るところにあるんですね。壁にも廊下にも天井にも。ビルの一番上には、大きな——50メートル×200メートルという本当に大きな看板が4面についているわけです。その文字を映画用に変えるだけでも制作費分くらいいってしまうのでとても社名を伏せられない、(国の)映画局にこのような状況だということを言ったら、“ハイアールは、中国でもいちばん優秀な企業だから映画にしてもいいだろう”ということになり、実際に“ハイアール”という名前を使うことにしました。そこで私たちはチャン・ルエミンさんを説得し、社名を使えることになったんです。ですが、ただ“チャン・ルエミン”という彼の名前を使うことはできませんでした」
——明確なモデルがいて劇映画にするとなると、今のお話にもありましたけれど、架空のものを作るというのとは違った難しさがあると思います。そのへんはいかがでしょうか?
ウー「そうですね。やはりチャン・ルエミンさん自身を理解して彼の性格、彼の内面の世界を描き出すということは、たしかに難しかったことです。彼の仕草や表面をまねるのではなく、彼の内面を理解するように、私は(主演の)スー・リャンに要求したので。チャン氏自身の人生経験と役者の人生経験は比べ物になりませんから、それは確かに難しかったと思います」
——主役のスー・リャンさん自身が役作りのために何かされたということはあるのでしょうか?
ロー「スー・リャン自身、仕事中のチャン氏に常についていて執務室にも入りましたし、一緒に工場に様子を見に行ったりしていました。工場でトラブルが起きている様子や、CEOへ工場のスタッフが要求を出している様子も全て見ています」
ウー「チャンCEOが話したテープや文章、そういった資料を通して自分の役作りに励んでいました。十分すぎるほどです」
——それは、監督からの指示ですか?
ロー「監督が、CEOの生活をじっくり観察するようにと指示し、スー・リャン自身がいろいろ学んだという部分もあります。彼はチャンCEOの生活に入ったわけです。チャンさんの家に行って、彼の父母、奥さんと話をして、チャンさんがどういう人であるか理解してもらいました。スー・リャンさん自身は、フランスに10年間勉強のために滞在していて、経済学もかなりやっていますし、法律家としての一面も持っています。ですから、チャン氏にあたる役を演じるにしても、ふつうの役者よりもかなり理解は深いと思います。
実は、チャンCEOの着ていた服を借りて演技している部分もあります。80年代のシーンでしたので、入手の困難なものはチャンさんに昔の服を引っ張り出してきてもらって、それを私たちが一枚一枚選んで使ったりもしました」
——映画自体は、何パーセントくらいが本当で何パーセントくらいが脚色になりますか?
ロー「基本的には100パーセント本当です。私たちは、実際に3年近くハイアールで取材をして物語におこしているのですけど、チャンさんについては基本的に全部真実です。エピソードとかセリフ、会話に関しても実際の資料に基づいていますので、基本的に脚色している点はありません。ただ、人名はこちらの映画用に作ったもので、出来事の起きた場所とか時間が多少異なるかもしれません。ですが、出来事は基本的に事実です。たとえば、一度ハイアールを離れて後に戻ってくる人がいますが、それは実在する3人の人をモデルにしています。一度ハイアールを離れて日本やドイツなどで仕事をしていた人たちが戻ってきたという事実を全て総合して、ひとりの人物として描き出しています」
——この映画を見ていて、ひとつ感じたことなんですが、アメリカの資本がハイアールを吸収しようとし、それを撥ね付けますね。アメリカの資本がやって来たのを見たときに、今の中国の映画界にアメリカの映画の資本が入り始めている、そういう現状を思い浮かべました。この現状について、何かお感じになることがあったら是非うかがいたいのですが。
ウー「ハイアール社が何者とも違う点は、必ず自分のブランドで世界に出て行くという点です。当時——映画の中でAEとなってますが——AE社がハイアール社を買いたいと、そうなるとハイアールという名前が出せないという話だったんですけど、ハイアール社が違うところは自分のブランドを打ち出していくことにこだわる点だと思います。自分のブランドを出していくということは(中国では)ひじょうに稀なことだと思うんですね。
中国の映画界も実際同じようなもので、中国自身がまだ弱い部分、つまりお金の分では太刀打ちできない。ほとんどアメリカの会社が来て市場を占拠しているという点があります。かなり憂慮しています」
——憂慮と言われましたが、現状はしょうがないと?
ウー「映画の中でチャンさんが“狼が来たら羊ではいけない。自分も狼になっていかなければいけない”と言っていましたが、まさに今その状況が起きています。中国映画はかなり厳しい状況が続いていて、羊にもなりきれていない、もしかしたらウサギくらいかもしれません。そして、もしかしたらハリウッドは狼なのかもしれない。だからこそ自分たちが立ち上がって、自分たちが力を付けて立ち向かうという意識がなければ、現状を変えていくことは難しいでしょう。私は、この映画を通じて、自分たちが努力すれば越えられない山はないということを訴えたいと思います」
——どうもありがとうございました。
執筆者
稲見 公仁子