ゴダールやジャック・ドワイヨンなどフランスの名匠と組んできた女性キャメラマン、キャロリーヌ・シャンプチエが「H story」で来日を果たした。本作は諏訪敦彦監督による不可思議なラブストーリーだ。「24時間の情事」のリメイクのため、広島を訪れたフランス女優がいた。だが、撮影は脚本があがらないままに進み、当の女優は「ヒロインの気持ちがわからない」と不服を申し立てる。不穏な空気に包まれる現場にひとりの男が現れた…。劇中のフランス女優にベアトリス・ダル、劇中の男に町田康、そして諏訪監督自らカメラの前に立ち、演出の指示を出す。シャンプチエは本番とメイキングの両方を1台のカメラで撮り続け、一見してドキュメンタリーなのか、フィクションなのか見分けのつかない作品となった。「スワの現場はゴダールに似ている。シナリオに頼らず、あるシチュエーションに置かれた俳優がどんな表情を見せるか、そこを重要視するの」(シャンプチエ)。公開に先駆け、撮影秘話を聞いてみた。

※「H story」は8月2日からテアトル新宿にてロードショー!!
 
 





——ドキュメンタリーか?フィクションか?「H story」はそんな疑問を残す作品です。諏訪監督からはどのような話があったのでしょうか。
シャンプチエ そうね。まず最初の方の問い掛けだけどゴダールがよく言っていたことを引用するとするわ。『素晴らしい映画とは俳優に関するドキュメンタリーである』。私も同じように思っているの。
スワと仕事をするチャンスは「M/OTHER」以前にあったのだけれど、その時は実現しなかった。でも、「M/OTHER」を観て、やっぱり是非一緒にやってみたいと思って、スワに連絡を取り、1時間半くらい話したわ。その時に「H story」
のプロットを聞いた。撮影のために日本にやってきたフランス人女優が日本人男性と恋に落ちる、そんな話を聞かされたの。

 ——「24時間の情事」のリメイクではなかったんですね。
シャンプチエ スワは最初からリメイクを撮るつもりではなかったわ。彼が惹かれていたのは「リメイクを撮るという設定」で、リメイクそのものではないの。

 ——確信犯だったんですね。撮影に入った時点でホンはなかったと聞いています。シナリオのないまま、撮れるものから撮っていったという感じですか。
シャンプチエ そう。毎日みんなで話しあって明日、何を撮るのか相談して決めていったの。スワは台詞を重要視しない。それよりももっと内面的なもの、俳優の肉体を通じ映像ににじみ出て来るもの、そういったことを重要と考える監督ね。これはゴダールと同じ。シナリオに頼らず、あるシチュエーションに置かれた俳優がどうなっていくのか、そっちの方に興味が湧く監督なのよ。
 今回、長回しの撮影が多かったのだけれどスワはカメラを回しつづけ、そこで何かが起こるのを待っていた。逆に役者に何度も何度もやらせて、そのやり直しの中から偶然に起こるものを自発的に促そうとする監督もいる。ジャック・ドワイヨンのようにね。それは監督によって違うのだけれどスワは静かに待っているの。役者が何かを超越する瞬間をね。

 ——フィルムはどのくらい回しましたか。
シャンプチエ 実はそんなに多くないのよ。28mmくらいかしら。ちなみに「勝手にしやがれ」で16mm、アルノー・デプレシャンの「魂を救え!」で85mmだから極端に多いってことはないわね。

 ——フランスの街の光と日本の街の光は違いますよね。撮影時にはそういったことも意識されたんですか。
シャンプチエ そうね。日本の夜はね、光がたくさんありすぎる。たくさんあるし、その光は強い。フランスのパリあたりでも光はそう多くないし、クラシックな感じがするけれど、日本は近代都市の国って感じね。日本の光の多さには当初、目がクラクラしたほどだった(笑)。
対し、日中の光は白く感じたの。撮影は5月、6月ごろだったんだけど、スワの「M/OTHER」にもそういう白さは映ってなかった。だから、私は日本独特の白っぽい光を映像に留めようと思ったの。ベアトリス・ダルが窓辺に座っているシーンがあると思うのだけれどそこの白さは際立っているはず。




——主演のベアトリス・ダルを推薦したのはあなただそうですが。その理由を教えてください。
シャンプチエ 彼女をすごく撮りたいと思っていたの。カメラの向こう側に立ってね。彼女の官能性と一種、動物的なしぐさ…この役にも合っていると思ったしね。

 ——劇中でベアトリス・ダルとあなたとおぼわしきカメラマンが口論します。あれは実際にあったことなのですか。
シャンプチエ ええ、あの通りのことが起こったわ。私はベアトリスがカメラを見てないと思ったし、彼女の方は見たと言い張った。でも、あのやり取りの間でも、彼女はカメラが回っていることを知っていた。思うに彼女はあの時、怒りを演じていたんじゃないかしら。

 ——あなたが「役者を撮る」時、役者の中に何を見ているのでしょう。言葉にするのが難しい質問とは思いますが…。
シャンプチエ それはね、経験を通して徐々に変化していったこと。カメラマンになりたての頃はどんな風に光が当たってるのかとか、役者の身体にどんな影がかかるか、そうした物理的なことばかり見ていた。そうこうしているうちに外的要素より、内面から出てくるものがより重要だとわかってきた。今は彼らの中の真実を見るように、探すようにしているわ。

 ——最後に日本の観客にメッセージを。
シャンプチエ この映画をただ体感してもらえれば、と思います。わからなくてもいい、ただ、なんとなく何かを感じてもらえればいい。映画というのは特殊なカルチャーで視覚的に感じるだけでも楽しめる特別なもの。ラジオでもないし、文学でもないし、演劇でもない。完全に理解する必要はないの。ただ、体感してもらえさえすれば。

執筆者

寺島万里子

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