60年代から70年代に全盛を誇り、武侠もの、ミュージカル、SFなどなど様々なエンターテイメント作品を生み出し続けたショウ・ブラザース。第15回東京国際映画祭では、「アジアの風」部門の特別プログラムとして、香港最大のスタジオであったショウ・ブラザース製作によるそれぞれジャンルの異なる代表作5本が特別上映された。中でも注目は武侠映画の女王であり、またミュージカルでも活躍し60年代香港映画を支えた大女優チェン・ペイペイさんの主演作2本の上映だろう。中でもキン・フー監督初の武侠アクションであり、香港映画史に新たな1頁を開いた作品として知られる『大酔侠』は、鮮やかな色彩に甦ったデジタル復元ニュープリント版での上映だ。今回映画祭での特別上映にあたり、チェン・ペイペイさんが、次女のマーシャ・ユアンさんを伴って来日を果たした。チェンさんは、70年代に結婚され一時映画界から離れていたが、その後カムバックを果たし最近では『グリーン・ディスティニー』での好演も記憶に新しい。二人の娘さんがいらして、長女のユン・ライケイさんは、“アジアの風”部門のオープニング上映を飾った『スリー』に出演され、マーシャさんも香港の映画・TVに出演されている女優だ。10月30日、渋谷ジョイシネマでの『大酔侠』上映後に開催された、ティーチ・インの様子をお届けしよう。








「こんにちわ、私はチェン・ペイペイです。私は日本語少し判ります」。シックな黒の礼服で舞台に立ったチェンさんは、自然な発音の日本語で挨拶。朗らかな笑顔と、真の通った折り目正しさを感じさせるその立ち振る舞いは、今でも美しく、同時に実に良い感じに齢を経てきたことを感じさせる。そしてマーシャさんを客席に紹介したのに続き、作品やキン・フー監督のことなどを答えてくれた。

Q.香港初の武侠アクション映画とのことですが、演じる上でのご苦労等を教えてください
——これは私のはじめてのアクション作品でもあり、キン・フー監督の最初のアクション作品でもあります。当時私は19歳でしたが、然程苦労した記憶は残っておりません。それでも最初のアクション作品と言うことで、ディスカッションは数を重ねたので、そういう点では時間はかかったかもしれません。私は『大酔侠』以降も多くのアクション作品に出演しましたが、アクション映画に魅力を感じていますので幸せなことだと思ってますよ。

Q.この作品には京劇の影響があるのことですが、それはたちまわり、効果音ではどちらの部分でしょうか?
——中国のアクション映画は、どんな作品にも京劇の影響が残っていると思いますよ。ただ映画監督は、京劇をそのまま取り入れというよりも、京劇の美しさを取り入れながら、京劇の影から脱しようというのがあり、特にキン・フー監督は強くあったと思います。この作品では、音楽面で京劇でよく用いられた楽器が使用されています。当時監督は、それを使うことによってアクションの緊張感を高める効果があると話されていたことを覚えています。

Q.本作と『香港ノクターン』には、カメラマンとして西本正さんが参加されていましたが、チェンさんが西本さんから受けた影響等がありましたら教えてください。
——西本さんは大変素晴らしい方で、おそらくあの時代の香港映画は全て西本さんの影響を受けていたと思います。ただ西本さんは無口な方でしたので、個人的には中々ロケ現場等でお話をする機会はなかったんですよ。でも当時西本さんから教えていただいたライトをあてられる時は、座った姿勢では誤差が出るので立った状態でと言うことを教えていただきまして、私は今でも実践していますよ。








Q.キン・フー監督はとても厳しい方だったと聞きますが、監督の演出スタイルはいかがでしたか?
——確かに大変厳しい監督で、ロケ中にスタッフがつまみ食いをしたりするのを決して許しませんでしたね。助監督で脚本も担当していたウン・チャンシーさんはふとり気味で、よくつまみ食いをしては叱られてましたね。私は、ロケ現場で唯一の女性だったので優しくしてもらいましたよ。でもその反面、演技指導に関しては、相当厳しいものがありました。例えばアクション場面を撮る時には、必ず監督が自分で一度示してくれるんです。でも、監督は小柄で私と全然身長が違いましたので、監督の演じた位置にカメラを合わせていざ私が演じると、高さが全然違ってしまうというのはありましたね。それで、もうちょっと下がろうとか(笑)。

Q.キン・フー監督とは、随分後になって『天下第一』という作品でもご一緒されていますが、チャンさんも新人からベテラン女優へと成長され、監督との関係にも変化があったのではないかと思われますが、そのあたりをお話ください。また、出演作で特に自薦の作品はなんでしょうか?
——おっしゃる通りで、『天下第一』は『大酔侠』から十数年後の作品になりますので、私は既に結婚して子供もいましたし、監督の演技指導も変わっていましたね。監督は私の師であり、時には父親のように厳しく接してくれたのですが、『天下第一』の頃になると、立場が多少逆転してきたようなところもありました。当時製作会社はハードなスケジュールを監督に要求し現場には緊張感が漂っているような部分があったし、また彼は多少実生活の管理面で弱い部分がありましたので、私が監督の母のように、彼の荷造りや映画会社との交渉をしたりもしたんですよ。
お薦めの作品としては、今回の映画祭でも上映されます『香港ノクターン』は、是非観ていただきたいと思います。

質疑を終えたチェンさんは、自分達の師であった、キン・フー監督への変わらぬ思いを込めて、「私と二人の娘はキン・フー監督を偲ぶ意味もこめて、『大酔侠』の続編を作り、出演したいと思っています」と語った。今回マーシャさんが同行されたことも、そのための布石であるようだ。この嬉しい報に、客席からは大きな拍手が贈られた。1日も早く、企画実現の報を聞けることを楽しみにしたい。

執筆者

宮田晴夫

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作品紹介
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