韓国で社会現象になった実在の夫婦のドキュメンタリー映画『あなた、その川を渡らないで』チン・モヨン監督インタビュー
楽しいときも うれしいときも つらいときも いつも一緒にいられたら
2014年11月、小さな規模で公開をスタートすると、たちまち感動が口コミで広がり、公開館数は800スクリーンまで増え、『インターステラー』などのハリウッド大作を押さえて大ヒットとなりました。映画に登場する妻に取材が殺到する事態がおこり、監督から自粛を求めるメッセージが発表されるなど異例づくしの中、ついに観客動員数1位を記録。韓国国内では10人に1人が観たこととなる480万人を動員し、韓国ドキュメンタリー映画史上「NO1」の観客動員数を達成して、若者からお年寄りまで巻き込んだ社会現象となりました。その勢いは国内に留まらず、世界中の映画祭で上映され、多くの観客賞を受賞。世界中が涙した話題作が、ついに日本公開!
監督は15ヶ月間に渡ってふたりに寄り添うように密着し、愛おしい日常生活と美しい四季をカメラに収めました。
Q:撮影期間が当初1年の予定だったと聞いていますが、コミュニケーションが重要と聞きますが、実際の撮影はどのような感じですか?
撮影が1年くらいかかるだろうと思っており、お二人にもそのように伝えました。
準備もそれほどなく、それ以前にお二人は、テレビで紹介されていましたので、それを観ていたので、どのような夫婦なのかも知っていました。
撮影のお願いに伺い、その時に「一日だけ考えさせてください。」と言われました。
その一日でお子さんたちと話しあわれ許可が頂けました。
準備もなく、通いつめて撮影する日々でした。
Q:カメラなどが、日々撮影することで、お二人は緊張しないのでしょうか?
お二人が、すでにテレビの撮影を経験しており、また、日本と違って韓国のお年寄りは、カメラ撮影は、喜ばれるので緊張はしておられなかったですね。私も自然な姿を撮りたかったので、スタッフは、自分だけでした。家の中の撮影でも、できるだけ目につかないような位置で撮影しました。
Q:撮影期間が、実際には15ヶ月、伸びた理由は?
最初に物理的に1年間撮影が必要だという意味ではなく、実際には76年間という結婚生活を記録するには、生活が山深い場所であるため、田舎の四季も反映させる必要があるだろうと考え、だいたい1年くらいと考えました。撮影期間におじいさんの病気の状況も悪くなり、その状況下で、1年経過したので撮影終了とはいかなかったのと、おばあさんが、おじいさんが亡くなるまでの間、その最後の愛情をそそぎこむ姿など、物語のメッセージになる部分なので最後まで撮影することになりました。
Q:夜にトイレのシーンや、二人が無邪気に雪遊び、水かけなど、偶然にしても感動的なシーンですが、ほかにエピソードは有りますか?
お二人の夫婦の日常をご覧になることがあれば、疑問に思うことは無かったのかもしれません。昔から、おじいさんはいたずら好きなんです。おばあさんがおじいさんと結婚したのは、まだおばあさんが若かった頃だったので、おじいさんは、おばあさんを幼少期から見ていたので、おばあさんを驚かして喜こばせたり、その仕草が76年間変わらず続いていました。無邪気なシーンは、カメラの前で1回だけではなく、日常的に行われているシーン、生涯続いているシーンなのです。
花を摘んでおばあさんにあげたりとか、落ち葉があれば、おばあさんに掛けたりとか、川で洗濯をしていれば、石を投げて水しぶきを掛けたり、いたずら遊びがおじいさんにとっては、お決まりのレパートリーだったそうです。
そういったいたずら遊びが、おばあさんに対する愛情表現だったと思います。
おばあさんがすねているシーンがありますが、本当にすねているのではなく、かまわれている喜びを感じていたのではないかと思います。この夫婦独特の愛を確かめ合うユーモラスな行動だったと思います。
おじいさんのいたずら遊びは、本編に使っていませんが、ほかにももっとありました。
撮影した素材は、400時間分あり、それを86分に編集しています。
Q:韓国では、20代の観客が約40%を占めているという結果が出ていますが、受け入れられた理由はどう感じていますか?
山深い田舎で生活する老夫婦と20代の若者たちが、老夫婦に感情移入し、同化し、自分たちとダブらせてみたのではないかと思います。
ただ、高齢者の映画だから自分たちには関係ないと思わず、映画を見て、私も愛されたい、私も愛してみたい、幸せに末永く二人で暮らしたいという考えを持ったのではないかと思います。
現代社会は、日本でも同じかもしれませんが、恋愛しづらく、結婚しづらい苦しい社会であったりするわけで、とくに20代の男女は、愛に飢えていると感じています。この老夫婦を見てそう感じているのではないかと思います。とくに76年間、愛しあう夫婦なんてありえないと思う人もいて、20代の若い人たちにとっては、夢であり、希望で、自分たちにも可能性があるのだと思ったのではないのでしょうか。
この夫婦を通じて感じたことは、愛は、受けるものではなく、与えるものだということです。
愛することで自分自身を尊重している、愛すれば愛するだけ人を愛しているのではなく、自分を愛しているということに繋がるのだと教わった気がしました。
人生にとっての幸せの意味を考えた場合、この夫婦にとっては、愛が存在する暮らしそのものだったと教えてくれたと思います。
Q:監督から日本のこれから見る観客にメッセージをお願いします。
私は監督ですが、作品の脚本、演出をしたわけでなく、この夫婦の記録を撮影しただけです。
作品を完成させたのは、出演者の二人の夫婦です。この夫婦の素晴らしいところは、何も演出していない点です。ただ夫婦の生活を見せるだけで、愛というものはこういうものだということを正確に表現してくれました。私だけではなく、多くの観客に対するプレゼントではないかと思います。
執筆者
Yasuhiro Togawa