自分の中の偏見をきっかけに大阪2児放置死事件を映画化!『子宮に沈める』緒方貴臣監督インタビュー
デビュー作『終わらない青』(主演:水井真希)ではリストカット、性的虐待を正面から扱い、2作目の『体温』(主演:石崎チャベ太郎・桜木凛)ではラブドールと孤独な青年の関係を取り上げ、社会から黙殺されがちな人々を描いて来た緒方貴臣監督。
3作目は、11/9から新宿ケイズシネマにて公開中の『子宮に沈める』。2010年に大阪市内のマンションで3歳の女児と1歳9か月の男児がネグレクト(育児放棄)で死亡した大阪2児放置死事件を扱っている。
緒方監督は、加害者となった2児の母親を擁護も非難もしない視点を貫き、親子3人の穏やかな生活が悲惨な結末を迎えるに至った過程を見せる。
音楽を排除し、取り残された無邪気な子供達の姿を淡々と捉える画面には、微かに階上の生活音が漂っている。またマンションの部屋の窓の正面には、手が届きそうなほど近くにありながら単なる風景と化した向かいのマンションの窓がある。マンション暮らしの経験がある人なら時には感じたことがあるだろう“孤立”を丁寧に描き、観客に他人事としてではなく社会的、個人的、心理的、様々な面から冷静に考察させる問題提起を行っている。
緒方監督にこの事件を取り上げた経緯、撮影の様子、今後の作品について伺った。
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■事件をバッシングする人たちと同じ偏見を自分の中に見た
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緒方監督は『終わらない青』で性的虐待を扱ったことで専門家に話を聞く機会があり、ネグレクトについて関心が高かったという。
——2010年に大阪の事件をニュースで聞いて、すぐに映画にしようと思い立ったんでしょうか。
緒方:その時は、ただただショックで驚いた、それだけでした。
僕が見る限り世間の論調が一方的に母親をバッシングしていて。「死刑にしろ」とか「死刑じゃダメだ。女性として子供を生めない体になるまで刑務所に入れてそれから社会に戻せ」といった激しい意見が多くて。
何でだろうという疑問があったんですけど、自分が何故疑問に思うのかが分かっていなかったんです。
事件について調べていくうちに、僕自身もバッシングしている人々と同じなんじゃないかと気が付いて。
——何かきっかけがあったんですか?
緒方:妹が19歳で離婚してシングルマザーになったんですけど、当時僕も同じことを言っていたなと。
当時は、社会的にもお母さんが子育てするのが当たり前と思っていて、特に僕は九州の福岡出身でそういう認識が強いかったんです。
男女平等になったといっても男社会。男社会が都合がいいように“母性”という言葉を作って、お母さんは“母性”があるから子供を育てるのが得意だし、子供を身籠ったら“母性”が目覚めて自分を犠牲にしても子供を愛することができると言われている。それは幻想に過ぎないのではないか。一方的に神聖化されていると思い映画にしようと思いました。
——企画が具体化したのはいつからですか?
緒方:事件は7月に起こって、その後9、10月くらいからですね。
事件をそのまま再現するなら、事件を取材した人の本を読んだ方が早い。映像で何ができるかを考えた時に、劇映画だと子供が置き去りにされた瞬間を描くことができます。そこを中心に描こうと思いました。
——妹さんとのやりとりは具体的にどういった感じだったんでしょうか。
緒方:映画化を考えた時にまず妹に話を聞いたんですね。妹も自分がシングルマザーをやっていたから他人事とは思えない。「子供さえいなければ」と思ったことがあると。その時に初めて妹とそういう話をしました。当時は妹に「何で子供を見ないの?」とか、「夜泣きしてるけど自分もキツイかもしれないけど親でしょ」なんて言っていました。
——その時の妹さんの反応は?
緒方:無視するか、「うるさい、疲れてるの」とか言ってましたね。当時はあまり仲良くはなかったんです。そういう話を含めて、大阪の事件のお母さんと似たようなところがあって。その大変さは当時は一切見えなかったし、見ようとしなかったんです。
——そういえば私もわずか数日の体験ですが、妹が出産の時に実家に帰ったことがありました。数時間ごとに世話が必要な時期で、夜泣きするので睡眠不足で家族全員フラフラになった覚えがあります。妹が仮眠を取る間は母が面倒をみていましたが、終わりのないことですし、場合によっては1人だと追い詰められるんだろうなというのは想像できます。
緒方:そうですね。今はそう思うけど、僕も当時二十歳で、妹が仕事を探す大変さも想像できなかったんです。
『終わらない青』の時も僕が自傷行為について偏見を持っていたから映画を作ろうと思ったし、今回も僕の偏見があったことがきっかけです。
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■平和な日本にも苦しんでる人が沢山いると気が付いた
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元々小学生の頃から映画監督になりたいと思っていたという緒方監督。
独特な題材を選ぶようになったきっかけは何だったのか。
——題材として常に社会から見過ごされている人々を選んでいますが、そこに目が向くのは何故ですか?
緒方:20歳の頃に、東南アジアのカンボジアの田舎に行った時、価値観が変わったことがあって。子供が物乞いするために親に足を切られたといった話がゴロゴロしていたり、1ドルのために子供が観光客について行き取り囲んでいるのを見た時、日本人に生まれて幸せだなと思ったんです。それをきっかけにジャーナリズムに興味を持ち始めて。上京した当時は、パレスチナ問題を追いかけたいと思っていました。
日本で一番この問題を追いかけている方の写真展に行き、その方に「映像でパレスチナ問題を追いかけたいと思っている」と話したら、「そういう人は世界中でたくさんいる。日本にも人に知られてない問題がたくさんあるからそちらに目を向けては」って言われたんです。
その方が編集長を務める雑誌の写真集の紹介の記事で、リストカットを初めて知りました。日本は平和だと思っていましたが、自分が知らないだけで苦しんでる人たちがたくさんいるんだなと初めて気が付いて。それ以来、日本の見過ごされている問題に関心があるようになったんです。
——そういったきっかけだったんですね。実際、映画によって問題提起をされるようになった訳ですが、元々どういった映画を観て来られたんでしょうか。
緒方:ヨーロッパ系の映画が好きでベルイマン、ブレッソン。古くて台詞が少ない映画が好きです。人によっては寝てしまうような(笑)
映画そのものの影響はあまり受けていないくて、映画より絵画からイメージしたものを映像化しています。
好きな画家はムンクで、身近に起こった不幸を絵画のモチーフにする作風が好きですね。
——前2作のイメージは何かありましたか?
緒方:『終わらない青』はムンクの『思春期』をイメージ、『体温』はクリムトの『接吻』です。
今回は特になかったけど脚本を書いている最中にセガンティーニの『悪しき母たち』をずっと見ていました。絵の中に込められたものを勝手に解釈して映画に落とし込んだりしています。
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■子育てを体験したかのような現場で得たもの
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緒方監督の作品はテーマの過激さから、万人に受け入れられるタイプのものではない。スポンサーがつきにくいため、自己資金で撮るという製作方法を取って来た。失敗したら次がないと言うプレッシャーとこだわりが、現場で思わぬ足かせになったという。
——それではキャストについてお聴きします。主演の伊澤恵美子さんはどのような経緯で出演が決まりましたか?
緒方:『体温』のヒロインオーディションに来てくださって、伊澤恵美子さんが2作見てくれた感想が、僕の考えをそのまま分かってくれていて驚きました。今回の企画でまず浮かんだのが彼女でした。
母親のキャラクターはあてがきに近いものです。こう言うと彼女は嫌がると思うけど真面目な人。一生懸命お母さんになろうとして、やり過ぎて壊れたイメージです。
——現場ではどういった演出をされたんでしょうか?
緒方:撮影前にディスカッションを重ねて、彼女がどう育って来たかを考えながら演じやすい形にしました。真面目なのでネグレクトを勉強しようとするんですけど、それだとネグレクトを知っているお母さんになってしまいます。そうでなく次第にその状況に陥るようにしたかったので、情報入れないようにしてもらいました。
彼女は子供を産んだ経験がない方なので多少不安はありました。本編で抱っこが少し他人行儀なんですが、それがいい。お母さんになろうとしてなれない感じです。
——2人の子役はどうやって指導したんでしょうか。
緒方:大変でした!(笑) 撮影が全てマンション内で、2週間の予定だったんですけど、初日からスケジュールが遅れまくりで。
自分が書いた脚本を一言一句変えて欲しくない気持ちを子供に強いていたんです。こういう動きをしてって言うんですけど、できない。イライラする訳です。今となればそれはおかしな事ですけど、全財産をそこにつぎ込んでいるので、失敗したら次がない。
泣いても撮影だからと厳しくするしかなくて。途中から子供を虐待してるような気すらして来て。
育児放棄の事件をきっかけに製作を決めて、この作品を観て考えて欲しいと言いながら現場で子供を虐待してたら意味がないし、人に伝わらないですよね。
これじゃダメだと思って考え直して、次のロケ地に移ったときから欠番になってもいいからと割り切って自由に出来る環境を作って。「台詞が飛んでもいいよ」って。
スタッフの半分が女性なのでケアしてもらったり、万全な体制を取れるような環境にしました。
そうしたら徐々にスピードアップして行き、子供も自由な演技が出来てうまく行ったんです。
——幼い2人が本当に自然に演じていたのでどう撮ったのかと。それでは最初の2日の分は使えなかったんでしょうか?
緒方:使えなかったところが多かったですね。この作品ダメだ!と途中で放棄したくなりました。
——まるで子育ての実体験をしたかのような。
緒方:そうなんです。危険だと思ったのがミルクをこぼすシーンです。普段は怒られるんだけど、「撮影だから大丈夫だよ」って言うんですけど、こぼすと映画の中のお母さんに怒られる。子供が混乱するのでお母さんを通じて子供に説明したり、より注意してリハーサルしました。
2週間足らずの撮影で、2度と子役は使わないと思いましたが、今はそう思ってないですよ(笑)
——苦労の甲斐あっていい表情が撮れていましたね!その体験と実感で、上から啓蒙する作品にならなかったのだと分かりました。
それでは最後に次回作について伺いますが、3本撮って映画に対する考え方、題材の捉え方は変わってきましたか?
緒方:自分では意識してないので、変わってないと思います。『終わらない青』を観た人は「同じ監督だな」と言うと思うんですけど、次はそれを変えたいんです。
まだリサーチ段階ですが『燃えるキリン』という仮タイトルです。“美”を描きたいと思っていて、セクシャルマイノリティを扱うつもりです。
——楽しみにしています!
執筆者
デューイ松田