ある年の瀬。市民ホール担当の勘違いから、大晦日にダブルブッキングという大失態をやらかしてしまうことに。これに激怒したのは年に一度、「歓喜の歌」を歌うのを楽しみに、家業や主婦業の合問に練習につぐ練習を重ねてきた2つのママさんコーラスのメンバーたち。市民ホールの主任はこのトラブルにどう対処するのか…。

古典落語から新しい解釈の元、現代にも通じる落語ワールドへと展開させ、年間150本以上の落語会を開く他、96年から毎年新作落語の会「志の輔らくごinパルコ」を開催する立川志の輔師匠。その中でも特に名作との呼び声高い「歓喜の歌」が映画化された。

『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』ではオトンを演じた名優・小林薫を主演に迎え、初の本格コメディにチャレンジした松岡錠司監督にお話を伺った。





日本アカデミー賞を受賞するなど、高い評価を受けた『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』から早いペースで『歓喜の歌』が発表されたように思うのですが、『東京タワー〜』の成功が創作意欲に影響した部分はあるのでしょうか?

「今回の映画をやろうと決めたのは、志の輔さんの落語が面白かったということと、(『東京タワー〜』から)時間を空けずにやってもいいなという気分が重なったことがあります。
 『東京タワー〜』は、僕の中でも大きな規模の作品でしたからね。それがある程度評価されて、そこで慎重になって間を空けたりすると、そこから袋小路になることもある。そんなタイミングでこの企画が目の前に現れたというわけなんですよ」

松岡監督が生粋のコメディを撮るのは珍しいと思いました。

「今、自分がこの作品を撮るべきだろうという気持ちになれたのは、この『歓喜の歌』がコメディであったということが大きかったですね。人を笑わせるということに挑戦するのは面白いと思ったし。『東京タワー〜』とは違うので、それが良かった。もし同じような話だったらきつかったと思いますね。
 思わず笑いがこみ上げるようなシーンを撮ったことは今までもあったけども、映画全体で笑いを目指したことはなかった。こういう題材を依頼されたからこそ出来ると思ったところはありますね」

小林薫さん演じる主任が絶妙でした。ロシア人ホステスに入れ込んで家庭は崩壊しているような深刻な状況なのに、どことなくユーモラスな味わいがあって。

「あれはもともとはアニータから発想してます。現実は、公務員が億単位で彼女に貢いでいるというすごい話だったわけじゃないですか.ただそれをそのままやっちゃうと、あの主任がただの犯罪人になってしまう。だから今回は縮小版といったところですね」

あのシャラポワ役の女優さんですが、細かい表情を見ていると、とても笑えました。

「あの人、本当はアメリカ人なんですけどね。全然シャラポワじゃない(笑)。最初は中南米かフィリピーナかなと思って、オーディションで探していたんだけども、なかなかいい人にめぐり合えなくて。そこでロシアンパブがいいかなと。髪の色だけ変えてやってもらったんです。そこはけっこういい加減なんですよ」

もともと監督は落語がお好きだったんでしょうか?

「この映画を通じて興味を持ったという感じですね。きっかけというのは案外ひょんなことなんですよ。
 たとえば前にシネカノンで『さよなら、クロ』という映画を撮ったときも、(プロデューサーの)李(鳳宇)さんが俺に言ったのは、『松岡、犬好き?』と。単純にそれだけですよ。好きですと答えたら、『じゃ、そういう映画撮ってよ』とそれだけですから。実話でこういう話があって、なんて最初に言わないんですよ。ただひとこと。動物の映画作ってよ、と。
 あの話も松本深志高校の有名な実話を題材にして描いているわけだけども、最初はそのときの犬と人々との交流をよく知らなかったのね。でもそれをどうやって虚構の世界の物語として成立させるかということを考えていくうちにのめり込んでいくということですね」

たとえば今回も脚本を書いているうちに、志の輔さんの落語の世界にのめり込んでいくということですか?

「そうですね。主任という公的な職務についている男と、民間で暮らすママさんたちがたくさん出てくる。それぞれのママさんたちには、趣味という枠を超えて、歌わないと生きていけないんだという気分がある。そんな背景を知りもせずに、どこかバカにしていた男が、(その気分に)クロスしていくという図式は面白いと思ったし、なるべくそこは活き活きとさせたい。そういうことに腐心したということですね」

人物が多い群像劇でしたが、そのあたりで描き分けというのはどうでしたか?

「それは意外に楽でしたね。効果的な場面を演出することが出来れば、そこに人間の人生が垣間見える。そこがきちんと出せれば(その人物が)しばらく物語に出てこなくても、十分に成立するんですよ。その人をずっと追っていく物語だったらそれは別なんだけども、話のテーマは一緒に歌えるのかということだから、そこに戻ってこなければいけない。
 ただ、ニートの息子を出すのはどうかなと最初は思っていたんだけれども、あれは出して正解だったなと。後になってから、やってよかったなと思いましたね。それよりもやってて一番不安だったのは餃子のくだりなんですよね」

物語で一番重要なシーンですね。

「映画として効果的な見せ方はないだろうかと思って、実の娘でいこうと考えたんです。(志の輔さんの落語には)北京飯店の娘なんて出てこないですからね。元落語では主任と会話するのはバイトの男でしたから。北京飯店のおかみさんがコーラスをやっていて、という情報を主任に与えるのは娘ではなくバイトだったんですよ。
 そこは落語の時間では成立しているんですが、映画としては怖いかなと。それよりも、実の娘が言ったことにした方がいいなと考えて。いけるなと思ったのは、主任の家庭が崩壊の危機にあったということ。そういう関係をギリギリ保たせているのは主任の娘なわけ。その娘を気遣っているからこそ、主任の心の中でその娘と無意識にダブるんじゃないかなと。
 これを指摘した人は誰もいないけども、あの餃子のくだりの前に、主任は娘からもらった誕生日プレゼントを見ているわけです。似合うかなと鏡を見ているところにやってくるのが、北京飯店の娘だったと。それでこのシーンはいけるなと思ったわけね。ちょっと間違えば、『渡る世間は鬼ばかり』のような話になりかねないんですが、もうギリギリのラインですよね、あそこのくだりは何度もシュミレーションして、慎重に考えて気を使いましたね」

最後に、これからDVDを買う人に見どころをお願いします。

「見どころは満載です。笑いの質もある一定の年代だけに伝わるような感じにはなっていないと思うので、幅広い年代に見てもらえるように作ってあります。気楽に見られるコメディを作ったつもりなので、若い人たちでも騙されたと思って、見てみたら楽しいですよ、という感じですね」

発売・販売元:ハピネット

執筆者

壬生智裕

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