『性格の悪いハリウッドスターは誰かって?うーん、それは言えないよ』「シモーヌ」アンドリュー・ニコル監督
「この先、人間と全く見分けのつかないCG女優が出てきても不思議じゃない。実際にこの目で見るまで信用はしないことだよ」。監督デビュー作の「ガタカ」、脚本を手がけた「トゥルーマン・ショー」、そして、新作アル・パチーノ主演の「シモーヌ」。アンドリュー・ニコル監督が描くのは常に有り得て不思議ではない5分先の未来だ。今回のタイトルロール「SIMONE」とは世界が熱狂するハリウッド女優の名前、そして、女優創造ソフト[Simulation One]の略でもある。映画監督が起死回生を狙って創造したCG女優がアカデミー賞を受賞、今更ニセモノなんて言えやしまい…さて、どうする? そんな一級のメディアジョークを彩るのは本作で女優デビューしたシモーヌ役のレイチェル・ロバーツ。映画完成後にニコル監督と結婚し、今では一児の母だとも。公開に先駆け、8月中旬に仲良く来日した2人だが、監督インタビューの最中に「本物のレイチェルをまだ見てないんですよ」と告げると「自分の目で見るまでは疑ってかかった方がいいよ。実在しないかもしれないね」と切り替えされたのだった。
※「シモーヌ」は9月13日、日劇3ほか全国洋画系にてロードショー!!
——本作のアイディアはどこから?
ニコル 簡単に言ってしまうとイメージが信用できない時代になったってことだよね。動画でも静止画でもいいけれど、僕らがそれを見ても本当か嘘かわからない時代になったなって思った。最初の発想はそこに行き着くね。
——ウィノナ・ライダー演じるわがままハリウッドスターにはもしかしてモデルがいますか?
ニコル こういう役者がいるって聞いたことがある。少なくとも僕の実体験ではないよ(笑)。でも、仮に僕が仕事した俳優がものすごくヤな奴でも口外したりはしないさ。だって、また一緒に組むこともあるかもしれないだろう?
——シモーヌあっての本作です。レイチェル・ロバーツの第一印象を。
ニコル シモーヌはデジタル俳優なので無名の女優が良かった。ルックスはもちろんだけど演技力も必要な役。で、結果的に僕は1000人以上の女優に会うことになったね。
レイチェルの場合は…最初の出会いはビデオだ。何十人もの女優のプロモーションビデオを見せられたんだ。……だけどね、本当のことを言うと早送りしながら見てたんだよ(笑)。で、ある女性に差し掛かった時、「ちょっと待て!」と思って巻き戻した。それがレイチェルだったんだ。まぁ、巻き戻すってことはグッドサインなんだけどね、その時はこう考えた。「だけど、待てよ。美人だからって油断するなよ。演技ができないかもしれないじゃないか」って。でも、実際に会ってその懸念も消えたね。彼女は演技の素質にも恵まれていたんだよ。
——シモーヌのCG処理にどのくらいの時間を割いた?
ニコル 確かに時間は掛かったけれど、何ヶ月掛かったとかは答えようがないんだよね。というのも、CG処理ってやろうと思えば永遠にできることだろう。それこそ映画会社に「もう打ち止めにしてくれ」って言われるまでやってたね。
——シモーヌを創造する映画監督がヴィクター・タランスキー。どこかで聞いたような名前ですね。
ニコル タランティーノとタルコフスキーの掛け合わせだね。
——特別な意味は?好きだとか、嫌いだとか。
ニコル えぇっと、そうだね……。タルコフスキーは大好きだよ。タルコフスキーは、ね。
——言いたいことはわかりましたよ。ヴィクターのキャラは監督に共通するところはありますか?
ニコル いやいや、僕とは正反対の人物さ。役者を人形のように扱って全部自分の統制下に置きたいっていうのが彼の考え方だよね。僕は逆に役者の方にいろいろ意見を言ってもらいたい。自分の思いつかなかったアイディアに驚かされるのが好きなんだ。
——アル・パチーノは当初から当て込んでいましたか?
ニコル 脚本を書いてる時に俳優をイメージすることはないね。でも、世界一高名な俳優が「俳優なんてもういらない」って言うのは妙に説得力があるだろう。アル自身、この話を気に入ってくれたみたいで、本を読んですぐに「やるよ!」って返事があった。
——劇中で上映されるシモーヌ監督の「I am pig」。これは一体どんな話なんですか?
ニコル そう(笑)、みんなに聞かれるんだよ。どうしてシモーヌが監督業をやったのか、どうして彼女が豚にまみれて豚の餌を食べてるのか、しかも、ウェディングドレスを着てって、ね(笑)。実は僕もなんでなのか、わからない(笑)。あの場面しか考えてなかったからね。
——この映画を見てつくづく感じたのは映画監督はなんて孤独で、なんて大変な職業なんだろうということ。身に覚えは?
ニコル そうだね。映画監督は孤独な職業だよ。脚本を書いている時は特に。ただ、撮影に入ってしまえば孤独は感じないけど。
タランスキーの場合は人に認められたいという気持ちが強いからこそ、孤独感も強くなるのかもしれない。それに彼はスタッフに対し非協力的だろう。キューブリックの有名な話があるんだけど、彼はカメラマンや照明の意見を聞かず、画面の構図も照度も全部自分で決めていたらしい。それくらい非協力的だったってことだよね。タランスキーも同じだと思うよ。
——なるほど。では、最後に聞きますが、もし、シモーヌのような完璧なCG女優が創れるとして、しかも、誰にも気づかれないとしても……監督はやりませんよね、こんなこと。
ニコル ……(笑)、うーん、気づかれないだよね、誰にも。だったら……その質問はおかしいよ(笑)。誰にも気づかれないんなら……僕がやったとしてもわからない、わからないってことじゃないか。わからないんなら、僕がここでどう答えたって同じことだよね(笑)。
執筆者
寺島万里子