「吸血は、屈折した愛の形なんです」(花堂監督) 東京国際映画祭『羊のうた』ティーチ・インレポート
冬目景氏原作の『羊のうた』映画化のニュースは、以前制作発表記者会見の模様としてお伝えしたが、このほど作品が完成した。原作が現在現在進行形ということで、どのような独自の結末を迎えるかなど、原作ファンをはじめ映画ファンにとって大いに気になる作品だったが、ロケーションは長野県で全面的に行われ、主人公達を巡る郷愁と儚さを感じさせる世界が、奇を衒うことの無い堅実な絵作りで映像化され、“吸血”というファンタスティックな題材を取り上げながら“生きる”ことの意味を問いかける真摯なドラマ作りは多くの観客の共感を呼ぶことであろう。
今年の東京国際映画祭では、コンペティション部門に日本映画を代表する作品の一本として出品されたこの作品、11月1日Bunkamuraオーチャードホールでの正式上映では、平日にもかかわらず若いファンを中心に幅広い層の観客が多数集まり、作品に対する注目の高さがあらためて感じられた。当日は、この作品が劇場用作品監督デビュー作となった花堂純次監督と高城千砂役の加藤夏希さん、高城下一砂役の小栗旬さん、八重樫葉役の美波さん、水無瀬役の鈴木一真さんらが来場、「見てみて、よくも悪くも心に何かが残る作品になっていればいいと思う」(小栗さん)「自分が今映画を見ているのではなく、その場面・場所にいる登場人物だと思って見ていただければいいなと思います」(加藤さん)など、それぞれ一言づつ舞台挨拶を行い作品への深い思いを語った。また上映後には、ゲストによるティーチ・インも行われ、作品に感激した観客から熱心な質問が寄せられたほか、劇中で重要な役割を担った日本人形“姫”も、舞台で紹介された。なお、次ページ以降では、ティーチ・インの模様と、引き続き開催された記者会見で行われた質疑の模様を再構成してお伝えしよう。
Q.今、映画の上映が終わっての感想は?
花堂純次監督——大きい画面がいいですね。
加藤夏希さん——楽屋で見ていたのですが、現場での思いが出てきちゃって。自分の演技とかで気になる部分もありますが、いい話だと思います。
小栗旬さん——最高ですね。感動しました。
美波さん——迫力が違いますし、気持ちとかもよく伝わってきてすごくよかったです。
鈴木一真さん——僕は3・4日間くらいの撮影だったんですが、皆さんは一ヶ月くらいで、長野の村にこもって撮影した甲斐があったと思います。本当に感動しました。
Q.非常にわかりやすくて、なおかつ美しい映画になっていたと思いますが、撮影でご苦労された点はどのような部分でしょうか?
花堂監督——どの映画でも同じだと思いますが、一番時間をかけたのは脚本です。最終的なところにいたるまで、1年以上かかったと思います。また、人をつくるということよりも、空間と一緒に作ることも大事にしたかったので、場所を選ぶことやキャスティングにも時間をかけました。
加藤さん——役者は皆さんそうだと思いますが、役作りが大変だったと思います。私はこれまで何本か映画をやっていますが、いつも自分とは違うキャラクターだと思って役を演じてきたんですが、今回初めて加藤夏希は千砂なんだと思えるようになりました。監督さんの演技指導も細かく、すごくわかりやすかったです。
小栗さん——僕は普段から、あまり役作りとかはしない方なんですが、本当に何も考えずにやれました。しっかりと映画をやったのは、この作品がはじめてだったんですけど、監督とフィーリングというかシンクロがすごくあって、こちらが何も考えていなくても、そこに監督がいて場をつくってくれていて、僕は役者としての立場でそこに立つって感じでしたね。見返してちょっと…と思うところもありますが、すごくいい環境、いい経験でスタッフみながファミリーのようでした。
美波さん——私もこういう映画に出るのは初めてで、すごく緊張とか不安とかあったんですが、毎晩次の日の台本を読みあわせじゃないけど監督さんと、八重樫の本当の気持ちとか感情とかを話して勉強したんですよ。それで私も勉強になるし、監督さんも勉強になるって言ってくれたのがすごく嬉しかったです。それで私も八重樫になりきれたと思います。
鈴木さん——僕の場合、気分は助演ということで、いくつか演技プランを持っていたんですけど、監督の指導のもと自分のプランを超える役づくりができました。主演の3人は、空き時間はいつも楽しく過ごしてましたが、本番直前のテンションの持っていき方はすごくて、見ていて痛く、切ないくらいに役に入っていて、僕も勉強になったという感じです。
Q.人形“姫”の役割についてお話ください。
花堂監督——姫が何故いるのかということは、映画をご覧になっていただいた方にはわかると思いますが、コミックから実写に持っていく際の背景、空気としてとても重要な存在でした。制作は創作人形師の我童さんによるものです。
加藤さん——『羊のうた』のアイドルですよね。撮影中は、寂しくないようにって近くに置いておいた人形が翌朝倒れていたり、いつの間にか顔の向きが変わっていたり、勝手に動いたみたいです…!?
Q.映画の中で一番印象に残っている場面を教えてください
加藤さん——私は八重樫が書いた絵を見たときの場面が印象に残っています。八重樫…美波ちゃんが絵を出したときに笑ってくれたんですよ。その後の、「あなたに会えてよかった」って言葉が、千砂にも言って欲しかった言葉だなって印象に残っているシーンです。自分の演じた場面で思い入れが強いシーンは、一砂と最初に出会った場面です。母親と千砂をダブらせてるシーンで、十数年来逢ってない兄弟と再会するというのは、現実にはなかなかありえないことだと思うので、そこが新鮮でした。
小栗さん——すべてのシーンに色々な思い入れがあり、それぞれ皆の頑張りで出来上がっている感じなので、全て心に残っています。
美波さん——私は見て八重樫の気持ちをわかって欲しいと思うのは、夏希ちゃんと同じで、八重樫が千砂さんに絵を渡すところです。その時浮かべる笑顔が多分、八重樫の本当の笑顔だと思うんです。とても複雑な気持ちで…。あと、「あなたに会えてよかった」と書いてあったのは、千砂にも言いたかったことだと思います。そこをすごく見て欲しいです。あの言葉は、監督さんから千砂に絵を渡すときの言葉を考えてきてくれと、宿題を出され、それで自分で一砂の絵を描いてみて浮かんだものなんです。
鈴木さん——難しい質問だと思います。いい台詞も、印象に残るシーンもたくさんあるし。僕自身も、自分が出ているシーンよりも好きなシーンは色々ありますね。僕も絵を渡すところが好きだな。
Q.花堂監督に、演出する上で難しかったことはなんでしょうか。また役者さんとぶつかるようなことは、ありませんでしたか?
花堂監督——演出ではあまり考えたことはないね。物語を作るまでは色々と考えましたし、キャスティングや仕上げには時間をかけたけど、実際の現場ではその時その時、考えずに出てくるのを待って撮った感じですね。ぶつかった…ことは覚えてないですね。時間をかけて色々なことを話しましたから。旬は最初に会った時から前にあったことがあるような感じだったし、夏希ちゃんはこういう子ですから(笑)最初はかなり驚きましたが可能性もいっぱいあって。美波は未経験であってもその存在感が光っていたし、一真君はなんとも言えない空気を持っています。
Q.日本の風土に吸血鬼をおくことによって、監督が引き出そうと思ったものはなんだったのでしょうか?
花堂監督——日本にも伝説や何かで、そういったファンタスティックな世界は色々とありますね。やはりそれらの背景にあるのは、屈折した愛などが変化して残っているものだと思うんです。ただ、吸血鬼というのは今の時代ではポピュラーなアイテムなんですけど、僕は血というものが愛というものを象徴できる存在だと思ってまして、何よりそこに惹かれました。
Q.役を演じていて難しかった場面はどこでしょうか?
加藤さん——私は兎に角オール・大変でした(笑)。普段はお祭りとかあっても滅多に着物を着ないんですが、初めて1日中着物を着ていたんですよ。千砂は私生活で着物に着慣れていないといけないということで、私も家に帰ってから着物を着たりしてましたが、全く着付けができなくて難しかったです。姿勢が悪いと監督から注意されていたんですけど、意識すると動きが段々かちんこちんになってきちゃって、セーラー服の時も硬くなっちゃう。苦労しましたね。『羊のうた』は男女の恋愛というよりも、友情や家族愛、兄弟愛をすごく大事に、人間の愛を奥深く描いた作品だと思います。私は今まで普通の人間の役を演ったことがなくて(笑)、人間ってなんだろうといつも考えていましたが、今回はいつも以上に考えさせられました。
小栗さん——今回は監督との話もうまくいっていましたし、また普段から思っていることですが、一つのことを通して出来上がる人間がそこにあるという点において、芝居に難しいとか簡単ということはないと思います。
美波さん——一番辛いというか悩んだことは、八重樫の気持ちは判っているのに、その気持ちになれない、頭で判っていても心でなれないそんな時でした。ただ監督さんとは喧嘩とかではなくて、役柄について話し合って八重樫という役柄にのめりこみましたね。
鈴木さん——僕はいくつかありますが、台詞が無く表情だけのシーンがいくつもあったのですが、監督に相談したところいつもの自分を心の底から出してくれと言われたのが、難しかったですけれど、なんとかクリアできたというところですね。
なお、『羊のうた』は2002年にロードショー公開が予定されている。
執筆者
宮田晴夫