「ジンジャーの朝 さよならわたしが愛した世界」サリー・ポッター監督 オフィシャルインタビュー
冷戦下時代に突入した1960年代のロンドン。思春期の揺れ動く心情と、成長する様を繊細に描く、サリー・ポッター監督が美しい映像でつづる最高傑作!!
イギリス人女性監督、サリー・ポッターの最新作は、刻々と変わりゆく社会の変革を通して成長していく、2人の少女の煩悶、葛藤、愛などが絡み合い成長していく少女の姿を描いたドラマだ。60年代の社会が不安と変貌で揺れる雰囲気を見事に再現し、女性監督ならではの描写で、常に一緒だった2人の少女の姿を微笑ましく、そしてそんな関係に亀裂が生まれてしまう姿を見事なほど繊細に描いた。そして、自分を取り巻く不秩序で矛盾だらけの世界を受け入れ、詩を通して自らの答えを出すラストは観る者の、深く心に残る作品に仕上がっている。
$red この脚本はどのようにして作られたのでしょうか? $
私たちの生活に根付いた部分が世界の出来事と深く結びついていることを、ありのままに、シンプルな物語として伝えたかった。私たちは世界の一部で、世界は私たちの一部なのよ。私はこのアイデアを2人の少女の視点を通して追求した。1960年代前半、冷戦が深刻化していたあの頃、“核家族”は危険に晒され、キューバ危機と共に核の時代の緊張感はピークを迎えようとしていた。世界は終わるかもしれないと感じる人々がたくさんいたわ。この世界的危機が、物語に登場する人物たちの関係に反映されている。嘘や裏切り、信頼の崩壊、絶滅への恐れ、未来への希望。様々な出来事が展開していくけれど、物語の中にはいい人間も悪い人間もいない。それぞれが歴史のこの瞬間に信じられるものと、充実した有意義な人生を送るために必要だと感じるものをもって、自分たちが今できることに全力で取り組んでいるのよ。
この作品で描かれている時代について、どのような思い出がありますか?
心が痛む思い出がたくさんあるわ。特に原子爆弾の存在と広島の悲劇については、もともと強い関心を持っていた。そのような兵器が人の手によって開発され、それがまた使われようとしているなんて考えられなかったわ。キューバ危機の時、私は13歳で、本当に世界が終わってしまうんだと感じていた。でも私の記憶だけでは映画を作るのに不十分だったから、手に入るすべてのドキュメンタリーを見て、その時代を生きていた人たち—「百人委員会」などの団体—に、その当時はどんな様子で、彼らにとってどんな意味があったのか話を聞いたわ。私は読んで、思い出して、聞いて、想像していた。できる限り歴史に忠実に、真実のままに、そしてリアルに描きたかったの。だから作品の中には、当時のイギリスにおける、理想主義や自由思想、無神論者と信じる者、情熱的で傷ついていて、多くの矛盾に満ちているような、社会の描写はほとんど出てこないわ。
過去の作品よりもとっつきやすい脚本だと表現していましたが、なぜこのテーマを扱おうと思ったのでしょうか?
私は自分の作品に、人々がつながりを感じて欲しいといつも思っていて、それが叶わないと失望してしまうの。でも私は自身の成功した作品から、みんなが内に秘めている世界を映し出すために何が有効で、何が有効じゃないかを学んだわ。今回の作品では、視聴者が自分自身の姿を作品の中に見出せるよう、映画の直接体験を邪魔する要素は意図的に取り除くようにした。そのためこの映画は、「ジンジャーの視点」という単一的かつ、直接的な方法で撮られている。そういった姿勢を明確にすることで、撮影時や脚本を書いている時の決断に迷いがなくなったの。自分の美しさを追及しようとする傾向や、美への執着心を排除するよう努力して、様々な体験の重なり合う作品にしようとしたわ。
エル・ファニングと一緒に仕事をしてみてどうでしたか?
エルと初めて会ったのは彼女が12歳の時で、13歳で共に撮影をした。今は14歳よ。彼女は、この作品を通じて自分が成長したと私に話してくれたわ。若手女優としてのとても貴重な時期に、一緒に仕事ができることは特別なことよ。そうは言っても、彼女は2歳の時から演技をしているから、経験、プロ意識、献身、心構えを持って作品に望んでくれた。彼女はより遠く、より深く、演技を層にして見せてくれた。一番上の層ではその場で起きていることを忠実に演じていて、その下の層では恐れ、希望、記憶、悲しみといった深い感情を表現する。あれほどハングリー精神にあふれていて才能もあって、演出について話を聞こうとする役者に会ったのは初めてよ。製作過程における彼女のざっくばらんさや素直さ、楽しみ方を見れば、彼女とならどんなことでも可能だし、どこまででもいけると思える。彼女と仕事が出来て本当に幸せだったわ
ではアリスはどうでしたか?
アリスとの仕事も楽しかったわ。彼女はエルよりも少しだけ年上なんだけど、すぐに仲良くなって、いい関係を築いていた。彼女たちはお互いから学びながら、一緒に楽しんでいたわ。笑い声が絶えなかったくらいよ。アリスはエルとは違った課題に挑戦していたわ。ジンジャーは本質的に共感を得られるキャラクターだけど、ローザは人から好かれないようなことをするキャラクターなの。アリスは優雅で知的に、機微を持ってその役を演じてくれた。ジンジャーとの冒頭での親密さやそのときにみせる子供らしさが、段々と早熟な大人らしさに変わっていく感じをしっかりと捉えていて素晴らしいの。5週間の撮影で4〜5年分の成長を見ているかのようで本当にすごかったわ。
イギリス人の役を演じるのに、イギリス人の役者を使わなかったのはなぜですか?
彼らが役にピッタリだったからよ。役者の仕事は自分の出身に関係なく、求められている人物になりきること。興味深いことに、私はイギリス人の役者を使わない方が、逆に作品に信憑性を与えることに気づいたの。当時のドキュメンタリーやニュース映画を見ると、そこに私たちが知っているイギリスらしさはなくて、あるのは他の何かなのよ。どの役者であってもその時代に溶け込むためには、自分の持つ声とは別の声で演じなくてはならなかったと思うわ。最終的に必要なのは、いかにその役者が与えられた役とつながっているかであって、国籍は関係ない。本当に大事なのはハングリーさ、本人の持っているものや能力、そして共鳴する力だと思うわ。
リハーサルにはどのような形でのぞみましたか?
私にとって“リハーサル”にはいろいろな意味がある。ただ机に座って台本を読み合わせるだけじゃないの。それもリハーサルの一部だけどね。私にとってのリハーサルは、役者たちと関係を築き、彼らとの信頼できる共有の言葉とお互いへの理解を見つけることなの。私たちはこの映画で何をするのか? その理由は? 撮影前の時間がある時に、そういった大きな問いについて話し合う。さらに私はすべての準備段階において目と耳に意識を集中させるようにしているわ。役者の衣装合わせに行って、彼らが衣装や、服の色、素材、衣装を着た自分の鏡に映る姿、他人からの助言、デザイン、そして私に対して、どのような反応を見せるかを観察する。彼らがどこでリラックスして、どこで活発になるのか、そしてどういうことで緊張したり萎縮したりするのかを知ることで学ぶことは多いわ。どんな小さなことでも見ておいて無駄になることはない。そういった小さな部分が役の魅力を引き出すかもしれないわね。時には一緒に脚本を細かく分析していくことで、物語の本筋の裏で起きていることを発見したり、作品のテーマの分析ができたりする。すべてを明確にして理解し、何事にも理由があることを知る。そういった機会を作ることで、どの役者も自分が最高のパフォーマンスをするために何が必要かを自らこちらに教えてくれるのよ。
映画の撮影スタイルについて教えてください
できる限りありのままで、入り込みやすい作品にしたいという私の要望があったので、意図的な形式はないの。撮影監督にロビー・ライアンを選んだのは、私自身が彼の作品のファンだったからだけど、彼の撮影技術が素晴らしいからでもある。仕事が速くて、素材に対して自由に取り組んでくれる人を求めていたわ。私たちの自然で柔軟な仕事のやり方で、作品に対し彼に命を吹き込んで欲しかった。おかげで楽しくて活気あふれる仕事場になったわ。作品の大部分が手持ち撮影で撮られていて、ジンジャーの視点からすべての物とすべての人物を見る、というのが唯一のルールだった。彼女は物語の軸であり、すべてのシーンの視軸でもあったのよ。
同様に、編集の部分で、アナス・レフンとの仕事はいかがでしたか?
編集のアナス・レフンとは、ライバル同士ともいえるような、クリエイティブな関係だった。彼はよく笑いながら、“編集の仕事は、編集室で監督から作品を救うこと”というバーグマンの格言を繰り返し言っていたわ。だから私の方が彼よりも潔くざくざく編集できることを証明するのは、至難の業だったの!(笑) 。監督は脚本への愛情や撮影時の思い出に固執しないようにしなければならない。私たちは作品のテーマや物語に登場する人物、彼らの決断や行動に関する倫理や道徳観念について熱い議論を交わし、形を作っては作り直し、何度も何度も磨き上げた。そしてようやく、どういう風に物語を作り上げるかについて合意に達したの。とても面白かったわ。編集室での作業は… まるで魔法のようだったわね
ロンドンでの撮影はどうでしたか?
地元での撮影は楽しかった。私が住んでいるイーストロンドンからそう遠くない場所に、空き地を見つけたの。私は子供の頃にロンドンで見た、荒廃した都市の感じを求めていた。だから背景にあるガス工場の骨組みや、くすぶる炎、ガレキの中を走り回る子供たちを見て、私は喜んだわ。プロダクションデザインのカルロス・コンティと私は、1962年のロンドンを再現する方法を探していた。世界からの視線を気にしていた頃のロンドンではなく、ジンジャーたちが住んでいたロンドンであり、彼女たちにとって重要だった場所、場所、例えば路地の雰囲気や仲間とつるんでタバコの吸い方を覚えた古い被爆地帯など。そういった場所が、彼女たちが何を見て、何を感じていたのかを教えてくれるの。
この作品の音楽はどのようにして作りましたか?
この作品中の音楽は、人々の生活のBGMでもあるの。通常の意味で使われる“スコア”はなく、当時の人々がレコードやラジオで聞いていた音楽が流れている。当時のヒット曲の中から私が選んだもの(シャドウズの『アパッチ』から、デイヴ・ブルーベックの『テイク・ファイヴ』まで)と、さらにマイルス・デイビス、セロニアス・モンク、シドニー・ベシェ、ジャンゴ・ラインハルトなどもあるわ。
作品のテーマを一言で表現するなら?
テーマは友情と裏切り、自由と責任、友情の駆け引きと政治への傾倒。自分が気づいているどうかに関わらず、私たちは全員、地球の裏側で起こる出来事とつながっていて、私たちがいる世界は私たちの中にもある。そして人が自分の信念に従って下す倫理や道徳的判断についても語られている。そして新世代の芸術家や活動家たちである少女たちの葛藤を描いているの
執筆者
Yasuhiro Togawa