世界的大ヒット作『トレインスポッティング』(96年)がヤング・カルチャーの世代交代を果たして以降、成熟と大作化の方向に進んできたイギリス映画界がまた、若者たちの〈気分〉を代弁する新たなる才能を発掘した。数々の一流ファッション誌のフォトグラファーとして活躍し、ファッションフォトに映画的エモーションを取り入れたことで世界的に注目されたショーン・エリスが〈その人〉だ。シャッターの〈一瞬〉を切り取ることが仕事だった彼は、その時間に対する独特な感性を1本の映画に結実させた。長編処女監督作となる『フローズン・タイム』は、もしも映画の中で時間を〈フリーズ〉させたら、どんな物語と映像になるだろうという単純にして痛快な発想から生まれた、飛びっきりロマンティックなラブストーリーだ。(Text by Y. KIKKA)








Q:自ら脚本も執筆なさっていますが、18分の短編をストーリーを膨らまして102分の長編にするにあたり、苦心した点は?

A:最も困難だったことは、俳優たちを21日間、同じ場所、同じ時間に呼び戻すことだった。エージェントに電話連絡したら、全員が一堂に会せるのは7週間後しかなく、その後は1年半ぐらい後にならないと対応できないことが判った。そこで厳しいデッドラインが発生し、撮影開始まで7週間しかない状況となった。だが、その時点ではまだ脚本を書いていなかったんだ。ただ幸いしたのは短編映画を撮っていたおかげでキャラクターの特徴を全て把握できていたってこと。短編の題材は〈美しさと時間〉だったが、長編の方ではシャロンの比重がどんどん大きくなっていった。ベンは失恋して不眠症になったからこそスーパーで深夜シフトのバイトを始めるわけだが、そこで新たな女性シャロンと出会い、恋を見出していく。素描画を描くことを通してね。そこで僕自身の体験を加えながら7日間で脚本を仕上げ、撮影開始まで残り6週間って時から慌てて資金集めに走ったってわけさ(笑)。

Q:時間がフリーズする核心のシーンはもちろんのこと、スローモーションの多用、滑らかな場面転換等、色々な撮影テクニックを効果的に駆使してますね。特に印象的だったのは、ベンが寮でスーザンに電話を掛けた後、部屋のベッドに沈み込むように横たわるシーンです。この撮影はどのように行ったのですか?

A:21日間で全ての撮影を行ったんだけど、このシーンには丸々1日かかった(笑)。つまり、この部分だけで全体の5%ものスケジュールを取ってしまったんだ。最後の雪のシーン以外は基本的にCGは使ってないので、とても難しい撮影だったんだけど、どうやって効果的に、かつ面白く撮るか、かなり試行錯誤を重ねたよ。シーンが途切れないでスムーズに流れるように、つまり分け目がないような形の編集にしたくてね。そうすることでベンの意識や記憶を流れるように再現できると思ったんだ。そこで、セットの内部にもう1つのセットを作り、撮ったら直ぐに次のセットに移動して撮れるようにした。シームレスな流れにするために思いついたことだけど、このアイデアは気に入ってる。ベン自身は電話の後、すごく沈み込んでしまう。感情的にドン底に落ち込むわけだが、それは何もかもが落下していくような感覚さ。その様子が物理的にも観客に良く伝わるように、人間のバランス感覚と遊び、アイデアと遊びながら、彼が深みに落ちていく様子を巧く描きたかった。そこでセットをそのまま吊り上げられるような形に作って、彼がベッドに倒れ伏していく様を強調した。これはワンショットで撮ったんだよ。

Q:とても気になるのは、時が止まった中で動いたグレーのパーカーの男です。あれは何者ですか?

A:男の存在はある意味で、ベンは決して1人ではないということを表している。止まった時間の中で、ベンが時間を止められるのは確かなものではないというね。それは彼の行動のメタフォーでありながら、彼の感情も表している。それは彼が感じている世界であり、ある1つのアイデアをちょっと探ってみようというきっかけとなる。もしかしたらシャロンを自分の世界に連れてこれるんじゃないか、引き込めるんじゃないかという可能性のね。

Q:監督の一番お気に入りのセリフとその理由は?

A:いい質問だけど、答えるのは難しいな。う〜ん、そうだなぁ…。実際のところ、ベンとシャロンがロッカールームにいて、シャロンが彼に「明日のパーティの迎えに来てくれる気はまだあるんでしょ?」って言うセリフかも知れないな。とってもラブリーな言い方なんだ。ベンも「もちろん!」って応える。だけどセリフは俳優の口から発っせられるものであり、それが、どれだけ信じられるか、リアルに感じられるかが大事なんだ。そこで初めて言葉が活きてくるんだよ。

Q:もし夏だったら、どんなラストシーンにしますか?

A:夏だったら…? 雪ほどにシネマティックな形には描けなかったと思う。時間が止まり、宙に浮かんで動かない雪片のなかを歩くってこと以上に映画的な描写はないと思ってるからね。僕はこの雪のシーンを一番描きたかったんだ。

Q:映画と写真における共通点と相違点を教えて下さい。

A:テクニック的にはどちらも似ている。照明も使うし、カメラも使う。そしてどちらも光に反応しやすい素材を使うからね。写真では、すごく長い時間をかけて1つの短い時間を止めた形、つまり瞬間を切り取ろうとする。映画の方は、ある時間の流れを出そうとする。そして最終的には物語を語らなければならない。そこに写真と映画の大きな違いが出てくるんだ。1つのフレームの話ではなく、毎秒24フレームの話になる。それが1つのショットとなり、物語を語るには、そのショットをまた繋げていかねばならない。ある時間の流れのかたまりの中で物語を語るにはカメラをどこにどの位置に置くかが重要になる。さっきも言ったけど、基本的にテクニックは同じなんだが、ただ気をつけなければならないのは、映画には前後に何か別なフレームが存在するということさ。

Q:写真家から映画監督に進出した理由は? そして映画監督になったメリットは? 

A:今の段階では、まだメリットは明らかになっていないな(笑)。写真家でありながらも僕は常にフラストレーションを抱えていた。僕が撮ってきた写真はストーリーを導いてくれるモノで、そのストーリーはカメラの技術的な手腕や重要なアイデアから成り立っていたんだが、仕事によっては3〜4ヶ月の時間を要する。ある時、それならば自分の物語を語れる短編映画を時間をかけて作ったほうがイイのではと思い始めた。そこまでスチール写真に精力と時間を傾けることができるならば、映画だったらもう既にできあがっているんじゃないかってね。そして最終的に、自分が本当にやりたいのは映画監督だって気づいたんだ。『フローズン・タイム』は長編第1作目で、2本目の映画を最近作り終えたんだが、今は映画監督でいる方が写真家でいるより、ずっと幸せだと感じているよ。これもメリットかな。

Q:監督の美意識について教えて下さい。

A:全てのモノに美が宿っていると思うし、そうでなければならないとも思ってる。ただ映画の中で、それを微妙な形、曖昧な形で描くのはとても難しいと思う。実にはかないモノだからね。とても奇妙なコンセプトではあるが、人の好みはそれぞれ異なるし、個々が感じる美には差異がある。なので、僕にとっては多少の強迫観念にもなっているし、時には心を悩ますモノと化しているよ。

執筆者

Y. KIKKA

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