『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』の士郎正宗原作の映画『アップルシード』(04)から3年。

プロデュースは世界的な映画監督、ジョン・ウー。ストーリー構成からキャラクター造型に至るまで、豊富なアイディアを提供している。音楽監修は、世界の音楽シーンで活躍する細野晴臣。彼の呼び掛けで、テイ・トウワ、rei harakami、m-flo他錚々たるアーティストが参加し、細野自身も、元YMOの坂本龍一、高橋幸宏とともに“HASYMO”として新曲を書き下ろしている。さらに、イタリアを代表するファッションブランド・PRADAのデザイナーであるミウッチャ・プラダが、主人公・デュナンの衣裳2点をデザイン。プラダが映画へデザイン提供することは世界初の試み。また、原作者の士郎正宗も、本作のためにオリジナル・デザインを描き下ろし、その世界観の補強にひと役買っている。

世界的なクリエイターたちが集結し、全く新たな作品『エクスマキナ』を作り出した荒牧伸志監督にお話を伺った。









アップルシードに比べて、画の雰囲気が変わりましたね。

「やはりパワーアップさせたかったんですよ。3DのCGアニメではあるんですけど、ベースが漫画なので、むやみに顔の形をリアルにするようなことは避けようと心がけました。色調に関しても、渋くしすぎないように色の彩度などもある程度キープして、華やかさを出しました。ダークにすると、画としてはかっこよくなるんですけど、観ているうちに単調になってくるんですよね」

続編ということで、前作で作ったものに手を加えて作業を効率化させることも出来たと思うんですが、今回はあえて1から作り直したと聞きました。前作の評価が高かっただけに、それは冒険だったと思うのですが。

「確かにそれは悩みました。でも逆にスタッフの方から、新しく作りましょうと言ってくれたんです。引き続きやるにあたって、同じことはやりたくないと。それがあって僕もふんぎりがつきました」

前作『アップルシード』の制作もかなり修羅場だったと聞いてますが、今回も大変だったんじゃないですか?

「シーンも増えているし、キャラクターも増えていますからね。作業量としては2倍、3倍くらいに増えていると思います。もちろんスタッフはある程度増えてはいますけど、だからと言って2倍3倍に増えているわけではない(笑)。ただ、今回大きいのは、『アップルシード』を作ったという経験なんですよ。前は見えないトンネルを手探りで掘り当てていったような感じだったわけです。でも今回は、全体の作業行程の中で、現在はこのあたりであろう、というのがちゃんと見えていて。それがスタッフみんなの共通認識としてあったので、そこらへんの違いはありましたね。精神的な余裕がありましたから」

前作におけるクラブのモブシーンが監督にとって不完全燃焼だったと聞きました。今回は3000人以上が登場するモブシーンがあるということで、リベンジの気持ちがあったのではないですか?

「それはありますね。スタッフみんながそういう気分を共有していたので、それは本当に助かりました。みんなサポートもしてくれましたしね」

モブシーンの他にパワーアップさせたシーンは?

「街のビジュアルですね。もちろん前作でもある程度の評価はしていただきましたし、スタッフも頑張って素晴らしいものを作ってくれたんですけど、僕としてはもっとデザイン化された街を作りたいと思っていたんですよ。僕は基本的にデザイナーなので、細かいところまで自分で作り直すくらいの気分があるんですよ。そういう意味では満足してますね。あとは、インターフェイスならインターフェイスのデザイン、小物なら小物のデザインというように、たくさんのデザイナーに手伝ってもらって、ある程度分業化が出来たところも良かったですね。インターフェイスやモニタ画面などはかなり凝ったことをやってますんで、そのへんは贅沢にやれたと思います」

情報量が多いので、何度観ても発見がありそうですよね。

「そうですね。それと今回は表情の部分にもこだわりました。前は僕らもどこまで出来るのか手探りだったところがあるので。これは言い訳になっちゃうんですけど、作業の中で顔の表情をつけるのは最後の方になっちゃうんです。どうしても日程的に最後のしわ寄せが来るところなんですよ。それでも前作はスタッフみんなで頑張ったし、そんな中でもここまで出来るのか、という手ごたえはありました。でも一方で、そのまま時間切れになってしまったという悔しさもあるんで、スタッフとしてはもっとやれたんじゃないか、という気持ちもあるわけです。みんなの気持ちはよく分かってたし、だからこそ今回は特に表情に力を入れようと思ったんです。
 そういうこともあって、声優さんにはプレスコでお願いしたんですよ。つまり先に台詞を録音して、その台詞に合わせて映像を作り上げていくということですね。ただ喋るシーンだけではなく、それ以外のアクションシーンもやっていただけたんですよ。息遣いに合わせた動きや表情などを作ることが出来たんですよ。そういうところが案外効いているんじゃないかなと思うんですけどね。

プレスコ(先に台詞を録音する)というのは、ハリウッドのアニメなどがそうですよね。

「ただハリウッドの場合は台本が出来た時点で収録をすると思うんですが、僕らが収録したのはアニマティックスのときなんです。つまり表情も何もついていない状態の映像で、ある程度ラフな動きが決まった状態でプレスコを行ったんですよ。口の動きに合わせて台詞を喋らなくていい分、ある程度幅を持ってタイミングがとれますからね。日本の声優さんにとっては一番いい形かなとは思っています。かなり無理を言ってやらせてもらったんですけど。そこから表情を埋め込んでいくという作業が出来たので、それはすごくよかったですね」

今回はHD(ハイデフ=高密度)アニメーションだとの触れ込みですが、HDアニメーションとはどういうものなのですか?

「単純にハイビジョンという意味合いで、半分造語みたいなものなんですけども。たとえばXbox 360が来たときに、ハイデフと言っていたノリですかね。アニメの構成の場合、階調と線しかないため、たとえば解像度が上がったとしても、印象はそんなに変わらないんですよ。
でも今回は特に自分たちでやっていて気づいたんですが、いわゆるHDのモニタでチェックするときと、それを普通のテレビの画面に落として見たときと、全然印象が違う。サイズの問題だけではなくて、ディテールが違うという。表情も階調を無段階にしている分、細かく見れば見るだけ、細やかな質感が出て、いろんな発見があるんです。あとは服の質感もちゃんと表現できるようになりましたしね。確かにそこまでやるべきかどうかは随分悩んだんですけど、やってみるとすごい存在感が出てくるんですよ。CGという硬くて冷たい印象のものに、もっと肌触りを出すにはそういうことが有効なんじゃないかなと」

特に衣装デザインがプラダですからね。

「プラダさんにここまで出来るんだよ、ということをプレゼンテーションすることになって、そのへんは満足していただいたようです。たとえ映像の表現力が上がったとしても、デザインに詳しい人じゃないと、テキスタイル(生地)の質感がうまく出せないな、と悩んでいたところもあったので。そういうときにプラダさんの話があったので、渡りに船というか、最高の大船が来ちゃったという感じですよね(笑)」

音楽に細野晴臣さんが参加しています。

「やはりあれだけアイディアを持っていて、長くやっていらっしゃる方ですから。しかもある種、素直じゃないというか。物腰は柔らかいんだけど、作ってくるものは奥深いというか。そのへんが面白いですよね。直接やりとりしても一筋縄じゃいかんなと思いましたからね。ただ、最終的には映像に貢献しようという意識は一貫されてますからね。例えば激しいシーンなのに、逆に静かな感じに仕上がってきた時があったんですよ。最初は驚きましたけど、当てはめてみると、きちんとはまってるんですよね。しかも前後の流れの中でうまくはまるように考えられている。
細野さんも最初は『3,4曲提供するだけだから』みたいに言っていたんです。ある種投げっぱなしで、あとはうまく使ってねというスタンスだったのが、途中から『ここは画に合わせるよ』と言ってカッティングしてくれたり。かなり詰めた感じでアレンジも加えてくれたので『だんだん劇伴みたいになってきたな。でも楽しいんだよね』と言ってくれたので、そりゃもう是非ともお願いします、と。逆に言うと、そこまでノッてくれんだと思うと、こちらとしてもいい画を出さなきゃと思いますよね。かっこいい言い方をすると、そこらへんは刺激しあえたのかな、と」

前作のサントラには坂本龍一さんが参加されてました。今回は細野さんと一緒にHASYOという形で参加されていますね。

「HASYOには今回、3曲くらい提供していただいたんですけど、1曲、最後のギリギリに来た曲があったんですよ。すごくいい曲なんですけど、もう使いどころがなくて」

それはもったいない!

「でも何とかして使いたいと思ったんで、12秒くらいのシーンで一瞬だけ流れるんですよ。サントラにはちゃんと収録されると思うんで、曲は堪能できると思います」

ちなみにその12秒のシーンとは?

「途中でエスカレーターを降りながら、みんなで喋るシーンがあるんですが、あの冒頭の部分で街の状況音のように流れるところがあるんですよ。なかなか贅沢な使い方なんですよね。こんなことをしていいのかという気もしますが(笑)」

映画ファンとしては、ジョン・ウーがプロデュースに参加した、ということもすごいことだと思うわけですが。

「僕も同じ気持ちでしたよ。最初に話を聞いたときも信じられなかったですからね。実際に会ってみると、普通の映画好きなおじさんという感じで。そういう共通項で一緒にやれたんで良かったですね。もちろん本人からはハリウッドのヒットメーカーだというオーラはあるんですけど。
僕らが描いた絵コンテにもきちんと目を通してくれて、付箋を貼って、ここはこうした方がいいというようなメモをいっぱい書いてくれました。まる3日くらい集中してそういう打ち合わせをやったんですよ。本当にすぐ近くに向かいあって。コンテを突き合わせながら。そんな感じだったので、非常に満足感があるんですけど。本当は後半のあたりでもう一度会えると良かったんですけどね。ただその頃になると彼も自分の映画が始まって、北京の奥地でずっと撮ってましたからね。もうこれっきりなのかなと思っていたら、突然ビデオレターが来て、スタッフに対してゲキを飛ばしてくれたんですよ。『僕も君たちと一緒に映画を作ることが出来て、嬉しく思うよ。頑張れ』というような。スタッフも感激してましたね。非常にいいタイミングでそれを送ってもらえて、非常に嬉しかったですね」

スタッフのモチベーションも上がりますよね。

「それと自分自身も不安な部分があったんですが、彼がバックアップしてくれるんだと思うと力になりますよね。それはすごくありがたいことです」

執筆者

壬生智裕

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