いきなり言ってしまうと、この『妖怪奇談』はホラーと呼ばれる映画では決してない。妖怪を人間が進化した姿と仮定したこの作品は、むしろヒューマンドラマという枠がすんなりとはまるほど、妖怪に変わっていってしまった女性3人の繊細な感情の変化を、映し出している。

その3人の中で、爪に想いを入れるあまり、爪が巨大な凶器に変化してしまった”かまいたち”を演じた伴杏里。今回は、その彼女にインタビューした。
撮影中、心霊現象にも出くわしたと言う彼女が、妖怪に変化してしまった1人の人間の葛藤、そして伴杏里という1人の女優の探求を語った。







——この映画のお話を聞いたときはどう思われましたか?
「まず亀井(亨)監督に、『描いている妖怪は、ごく自然にあることだと捉えてほしい』と言われたんです。人間が普通に生きている間に、突然変異で妖怪になってしまった。それには理由があって、私が演じたかまいたちの場合だと、爪に思いを入れすぎて爪が成長してしまった。だから、人間と妖怪の世界の差は、そんなにない。そういったお話でした」

——それを自分で演じるときに、抵抗はありませんでしたか?
「抵抗はなかったですね。撮影中も爪が何種類も用意してあって、日に日に長くなったり、短くなったり、最後にはすごい爪をつけたり。その爪の状況が、深刻になってくるほど考えることは辛かったですけど、抵抗はなかったですね」

——役作りでは特にしたことはありますか?
「私は普段からネイルが好きなので、その気持ちは一番にありました。あと、あくまで私は人間なんだっていう気持ちを強くもって演じてた。でも爪が伸びることによって、外見では妖怪。気持ちの面では妖怪ではないけど、外見からはそう見える。そういった気持ちと見た目のギャップをどう出すかということを考えました」

——あの爪はずっとつけてたんですか?
「あれは朝の6時くらいから夜の8時くらいまでつけてました。休憩中もずっとつけていたので、ほんとに何もできなかったです。ごはんも食べれなくて・・・。でも、爪が短いのからどんどん長くなるじゃないですか?上手になるんですね。器用になってる(笑)。だから食事のシーンでも、『お箸をうまく使いすぎちゃってるから、もうちょっと不器用にやってくれ』っていう指示がでたり(笑)。人間って与えられたものに対して自然と慣れていくんだなって。気持ちもそうなんですけど、爪が長くなって何もできないっていう状況に、体が自然に慣れてくれるんです。・・・それが怖い部分でもありますね」

——結構重かったんですか?
「あれすごく重くて、もう、肩こりでした(笑)。繁華街の撮影では、なるべく外に出ないでくださいって言われて。ほんとに血だらけで、爪も長くて(笑)。それにあの爪結構鋭いんですよ。ショートパンツとか穿いている時は傷だらけになってました」

“最後の方はほんとに、妖怪に対して、誰もがかわいそうって思ってた”

——現場の雰囲気はどんな感じだったんでしょうか?
「毎日いろんなことがあって、とっても濃い日々でしたね。ワンシーンワンシーン、爪の変化とともに内容がすごく激しく変化して。それにどんどん応じていくのが大変でした。でも亀井監督が、どんなに現場がピリピリしてるときでも一番みんなを和ませようとしたり、そういう空気を放っていて。一体感があってよかったですね。
現場はみんな体力勝負でした。24時間まるまる仕事みたいな感じで。なのにみんな愚痴言う人はいなかったです。トイレもないところなんですよ。みんなで我慢してましたね」

——ほかの出演者の方とは一緒にならなかったんですか?
「ほとんどならなかったですね。一日のうちの数時間だけ。とても大変そうでした。特にのっぺらぼうの方は(笑)。最後の方はほんとに、妖怪に対して、誰もがかわいそうって思ってたと思います。・・・私はかまいたちで、ほかの2人はろくろっ首とのっぺらぼうで。私だけが違うんだじゃなくて、私もその二人の仲間なんだっていうのがあって(笑)、なんか変な気分でしたね。客観的に見ると『あぁ、ろくろっ首だ。』『あぁ、顔がないのっぺらぼうだ』って思ったりするんですけど、ふと役に入ると、私もかまいたちなんだ、妖怪なんだって思ったりして。なんか悲しくなったりとか、でも仲間はいるんだなって思ったりとか(笑)変なこと考えてました」

——もしかすると、監督がこの映画で伝えようとしたことのひとつがそこにあるのかもしれないですね。
「そこらへんにいるのかもしれないですもんね。河童を信じるじゃないですけど、ほんとは見えてない人が自分だけ見えてて歩いているっていうのはきっとたくさんいると思うみたいな話もしたんですけど、そう言われると私もそうなんじゃないかなってすごく思っちゃうタイプなんですね。誰もが経験してると思う。それでこの撮影に入る前に亀井監督がお守りをくれたんです・・・怖かったです正直(笑)。でも何もなくてよかったなって思います」

——最初に渡されたんですか?
「一応って(笑)。でも照明は落ちてくるし、こういう撮影ってやっぱりなんかあるんですね・・・・・あっ!すごい話を思い出しました!心霊現象が起こったんです」

——撮影中に?どんな?
「これは亀井監督にも撮影が終わって一ヵ月後くらいにお話したら、すごいびっくりしてたんですけど。撮影が予定よりももっと夜遅くなるって言われて、1回長い爪をはずしてもらおうと思ったんです。一日お手洗いいってないし、何も食べてないし、ちょっときついなって思って。でも、そのためには宿に戻んなくちゃいけなかったんですね。その宿っていうのがロッジで、街灯も何もないキャンプ場にあったんです。そのときも懐中電灯で足元照らしながら歩いていかなきゃいけなかったくらい真っ暗なところで・・・。それで、宿について特殊メイクの方に、爪をはずしてもらってたんです。その部屋には他にスタイリストさんとマネージャーさんが後ろのほうにいたから全部で4人。で、あたしが窓側にいた。そしたら、微かに人の声みたいのが聞こえてきた。・・・・私の横にスチームアイロンが置いてあったから、最初はそれの音だと思ったんですよ。でも、よく聞くと、アイロンとは全然違う音だった。明らかにおじさんの声。それでおかしいなと思ったのが、私と特殊メイクの方で、他の2人は気づいてなかった。でも、特殊メイクの方には確かに聞こえたみたいで、2人とも『やばい』って感じの目で見合ってた。で、恐る恐るその後ろ見たら、相変わらず窓の外は真っ暗だったんですよ。でも後ろ見た瞬間から、どんどんその声が近づいてきた。窓の外から聞こえてた声が、しまいには私の真横まで近づいてきたんです。
それでやっとマネージャーさんもスタイリストの人も気づいて。4人で凍りついてました」

——何か言葉を言ってたんですか?
「はぁはぁ言ってるんですよ(笑)。だから特殊メイクさんがはぁはぁ緊張しながらやってるのかなぁとも思った(笑)。そしたら『僕じゃないです』って(笑)。
でも、お守りもっててよかった。妖怪来たんですよ(笑)」

“そのときにたぶん、自分自身が救われた”

——今回、妖怪になってしまった主人公たちが感じる悲しさをどのように表現していきましたか?
「ほんとに爪がこんなになっちゃって、周りのみんなの反応も・・・。そういう状況をリアルに考えてました。最後の電車のシーンも、これじゃ生きていけないなっていう極限まで追いやられて。実際にこんな爪だったら絶対に差別される、人間界では生きていけない。そんな風に思ってました」

——その電車のシーンなど、各エピソードの最後に他の妖怪の人たちとの交流がありますが、その出会いは妖怪たちそれぞれに何かをもたらしたんでしょうか?
「あの電車のシーンでろくろっ首さんが私にしてくれたことの意味を一瞬にして感じて。その意味を理解して生きなきゃいけないんだなって。それを今度はのっぺらぼうさんに伝えるわけですけど、そのときにたぶん、自分自身が救われたと思うんですよ。些細なつながりであっても、ものすごく大きなことを伝えてくれたり、影響を与えてくれたり、助け合ったりっていう気持ち。一人ぼっちになって、でも自分にできることっていうのはあるし、自分が生きている意味っていうのも必ずどこかにある。そんなことを演じていて感じました」

——今回の『妖怪奇談』でも、これまでの作品の中では『約30の嘘』や『ガチャポン』などでも異性からの視線を集めたり、または美を追求していったりというような役柄が多いと思うんですが
「周りからはそうされていても、自分が人に求めてることってまったく違うことで、実はすごくさびしい人間といったところが、それらの役柄と私で一緒かなって思いますね。
これからは、等身大で、明るい子とかも演じてみたいんですよ(笑)。伴杏里ってよく、『笑うんだね』って言われるんですよ。・・・そのまま普通の女の子と一緒。いろんな監督さんに、この子それはありえないでしょっていうのをいろいろ引き出してもらいたい。イメージを決めたりとかはしたくない。まったくありえないだろうなって思うことを私に当てはめていきたいんです」

——例えばどんな役をやっていきたいですか?
「そういったこれまでのイメージと真逆。そこに挑戦していきたい」

執筆者

林田健二

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