この10月に前作『そして僕は恋をする』以来4年ぶりの待望の新作『エスター・カーン めざめの時』が公開されるフランス映画界の寵児アルノー・デプレシャン監督の、旧作の特集上映”アルノー・デプレシャン レトロスペクティブ”が現在池袋のシネマ・ロサで好評上映中だ。8月10日には『魂を救え!』『そして僕は恋をする』の二長編とデプレシャン監督作品全作品の日・仏予告編を一挙に上映する特別オールナイトが開催され、作品の上映前には『エスター・カーン めざめの時』のプロモーションで来日中のデプレシャン監督と『月の砂漠』の青山真治監督が来場してのトーク・ショーが開催された。
 オールナイト上映であるにも関わらず、当日会場には熱心なファンがつめかけ、立ち見も出る盛況ぶり。多くのファンを前に舞台に立ったデプレシャン監督は、「すごくドキドキしています」とかなり緊張されていたご様子。しかしトークが始まると、新作を中心に映画についての熱い思いを力強く語った。







 かって開催された“アルノー・デプレシャン映画祭”のパンフレットで、青山監督はデプレシャン監督を“大いなる生意気”と書いたことがあった。「彼のような映画をどうして作れなかったのだろうと、非常に嫉妬したんですよ。カッコよく、理知的で野心的、こういう映画を撮る人はゴダール以降ではベルトリッチ以来久しぶりに出た。僕がそうなりたかったのに、畜生って(笑)。それが生意気という話しになったんだ」。
 この言葉を受けてデプレシャン監督は、「青山監督の作品は何作か観ているけど、僕は嫉妬はしません。ただ、素晴らしいと感心するばかりです。フランスで『ユリイカ』を観た時に、監督になろうとパリに出てきた頃に観たニ作品、ゴダールの『勝手に逃げろ人生』とヴェンダースの『ベルリン天使の詩』を思いだした。この二作品にはその後20年間の全てが入っていました。最近見た『ユリイカ』と『冬冬の夏休み』は、先に上げた二本と同様特権的な存在で、今から20年後までの全てを描いた、世界の会話であり世界の夢です」と青山監督作品についてコメント。また“生意気”ということに関しても、「生意気な映画を作りたいとは思っています。自分自身高慢なところもありますから、映画の登場人物が恥ずかしいと思い、また高慢に誇り高く思うように考えています」と意識的。
 そんなデプレシャン監督に、青山監督は賛同し同様の世界を目指しているという。「彼自身がどうであるかと同時に、登場人物たちのテンション・生意気さが好きなんです。彼が僕の映画について言ってくれたけど、世界を感じるということを映画でやる人に一番最初にあったのが、デプレシャン監督でした。それが、『魂を救え!』という作品を観て感じたことであり、直に話しをきいたことです。世界はこのようにあるというカラクリを映画の中に込めた作品を作るのがデプレシャン監督であり、僕もまたその道をめざしたんですよ」。








 10月から公開される『エスター・カーン めざめの時』だが、次代背景・登場人物の数などこれまでのデプレシャン監督作品とは一味違う要素が散見される。作品を観た青山監督は劇中の初舞台の場面で、カメラの回転音がかすかに入っていたことに、「映画を観ることで、世界を感じる瞬間が訪れを感じ、映画を観ることの醍醐味に嫉妬した」という。
 その場面以外でも、実はエスターと父親がテムズ川のほとりを歩く場面でも、下が砂利だったためにカメラを抱えたデプレシャン監督自身が近づく音が録音されていたという。しかし、この音はデプレシャン監督が席をはずした時にミキサーによって消された。「私はどうしてそんなバカなことをしたんだ、観客もエスターに近づくのを感じなきゃならないのだから、足音は必用だったんだ。だから、音を戻しなさいとね。この場面は、3人の登場人物がいる。エスターと父親と、観客だから」。デプレシャン監督の言葉に青山監督は、「それは僕らも考えたりしますが、実際にミキサーの方に言ってしまう奴を、生意気というんだと思います(笑)」と話しながらも、その態度には非常に納得した様子。「デプレシャン監督の映画は、何よりもまず、人間の成長というか人生に重要な何かを掴む瞬間までの映画だと思う。前作『そして僕は恋をする』との共通点で、一番最後にとにかく“彼女・彼はそうなった”で終わり後はどうでもいい。物語を語るに当たりオチをつけたくなるにも関わらず、彼の作品ではどうなったかはどうでもよく、それが潔く感動的です」とその魅力を語る青山監督だった。
 その後も会場からの質問などを交えながら、『エスター〜』にちらっと顔を出す『プリティ・ウーマン』!の匂いや、作品中に投影された映画監督に憧れていた子供次代の話しなど様々な話題が続出。最後は、デプレシャン監督からの青山監督との共通点の話しでトークショーは幕となった。
 「『ユリイカ』のような重々しい作品を作れる青山監督と私は、同じ事をしていると言えます。それは、重々しく、激しく、哀しく、唐突な映画を作っていたとしても、ヒッチコックの言葉を借りれば、私達は人生の断片を映画として提供するのではなく、ケーキの一片を提供しようとしている点だと思います。青山監督の映画で、ケーキの一片になっているのは映像の素晴らしい美しさです」。

 なお、池袋シネマ・ロサの“アルノー・デプレシャン レトロスペクティブ”では、『そして僕は恋をする』が8月17日まで連日20時より1回、レイト上映中。デプレシャンの単に甘くない極上のケーキをこの機会に賞味してはいかが。また、『エスター・カーン めざめの時』は、10月上旬よりシャンテ・シネにてロードショー公開予定。

執筆者

宮田晴夫

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