ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2020 において、審査員の満場一致でグランプリに選出され、シネガーアワードと合わせてW 受賞となった映画『湖底の空』。関西では7/23(金)より京都みなみ会館、7/24(土)よりシアターセブンにて公開中だ。(舞台挨拶情報は記事の最後に掲載)

©2019 MAREHITO PRODUCTION
中国・上海に暮らすイラストレーターの空(イ・テギョン)は、出版社に勤める日本人の男性、望月(阿部力)と出会う。そんな空のもとに日本人の父と韓国人の母の間に生まれた一卵性双生児の弟・海(かい)が訪ねてくる。性に問題を抱えていた海(かい)は性別適合手術を受けて女性となり、名前を海(うみ)と変えていた。海は空と望月の恋愛を後押ししようとするが、空は何かに追い詰められ、精神的に不安定になっていく…。
監督は『マレヒト』(95)、『L'Ilya~イリヤ〜』(00)、『⾆〜デッドリー・サイレンス』(04)の佐藤智也監督。韓国インディペンデント映画のミューズ、イ・テギョンさんが、空と海を一人二役で演じる。望月に「花より男子」の美作あきら役で注目を集め、その後台湾の映画に出演するなどワールドワイドに活躍する阿部⼒さん。空と海の両親役に、⽇韓の演劇・映画などで活躍中のみょんふぁさん、武田裕光さん。

ゆうばり国際ファンタスティック映画祭の受賞によりプチョン国際ファンタスティック映画祭に招待されたことをきっかけに、韓国映画人との縁がつながり、韓国で映画を撮ろうと考えるようになった佐藤監督。加えてハリウッドにどんどん進出している中国のエネルギーも感じ、一緒にやりたいと考えたことで三カ国の合作が実現した。

佐藤智也監督、主人公・空と海の母親役のみょんふぁさん、父親役の武田裕光さんのインタビュー第1弾。俳優・キャラクターについて語って頂いた。


■静と動を演じられるイ・テギョンさん

©2019 MAREHITO PRODUCTION


――一人二役というだけでなく、性を行き来する難しい役を見事に演じたイ・テギョンさんですが、主人公に抜擢した経緯を教えてください。

佐藤:韓国の俳優さん達は、韓国のキャスティングディレクターに必要な情報を伝えたところ、全ての候補を用意してくれました。主人公に関しては20人ぐらいの資料が届きました。写真と動画でかなり判断できますので、そのうちの何人かとソウルでオーディションという形で会わせてもらってイ・テギョンさんに決まりました。

――イ・テギョンさんのどこに惹かれましたか?

佐藤:韓国の俳優さんは本当にみんな演技が上手なんですよ。授業としても演劇を学んだりするためでしょうか。
その中でテギョンさんは一見おとなしい印象があるんですけど、動画では感情の起伏が激しい演技もしていて、静と動を切り分けて演じられるんじゃないかなと思いました。ご本人のオーディション時の熱意もすごかったんですよ。水泳の練習を始めたり、シナリオの書き込みもぎっしりしてあって。そういったやる気をプラスに考えてお願いしました。

佐藤智也監督

――ご本人は脚本のどういったところに惹かれたんでしょうか。

佐藤:とにかく空の気持ちがすごくよくわかると。自分も空に近いところがあるというんです。自分を精神的に追い込んでしまって、元気がない日を設定して閉じこもったりするなど、空の気持ちが分かるし気持ちの変化が描かれているので、是非この役をやりたいと思ってくれたということです。
(※くわしくはパンフレットをぜひ!)

気に入って何度も足を運ぶ観客が多いという『湖底の空』。もし2度目を見るなら、ミステリーの謎が解けた状態で俳優の演技に注目して欲しいという。

佐藤:イ・テギョンさんが空と海の微妙な違いや相手に表情を窺うところなど、すごく繊細に演じているのでじっくり見て頂けたら。

――空に惹かれる望月役の阿部力さんはどのような経緯で?

佐藤:望月は、中国語の台詞が多いことと主人公の相手役なので、2枚目系の方が良いとスタッフに相談したら、即答で「それは阿部さんがいい」と。そのスタッフは昔『花より男子』で阿部さんとご一緒したことがあって事務所に交渉してもらいました。

©2019 MAREHITO PRODUCTION

――阿部さんの魅力はどのようにお感じになられましたか?

佐藤:最初に阿部さんにお会いした時に『ベティ・ブルー』や『ニキータ』で主人公の恋人を演じたジャン=ユーグ・アングラードのように、精神的に荒れている女性に対してアドバイスするんじゃなくて、一歩引いて待ってあげるみたいな役柄ですとお伝えしたんです。
阿部さんは台詞回しがとても上手で、結構長台詞も与えてしまったんですけど、熱くなりすぎず突き放し過ぎることもなく、丁度良い距離感で演じてくれましたね。


■みょんふぁさん、武田裕光さんのキャスティングについて

みょんふぁさんは10年以上前から演劇を中心に活躍。1年に6~7本、2ヶ月に1回ほどの割合で舞台に立ち、佐藤監督はその姿をまめに観ていたという。

佐藤:どの役も自然に見えて、その魅力がすごいなと思いました。『湖底の空』では母親が30代から50代の姿になるので、みょんふぁさんにキャスティングできて良かったと思います。

武田さんは韓国に住んでいる日本人という役で、韓国のキャスティングディレクターが探してきまして。繊細そうなイメージがぴったりでした。


■きっかけは『Dr.スランプ』のあかね役!?

みょんふぁさん

みょんふぁさんに俳優を目指したきっかけを振り返って頂いた。
「小学校6年生の学校祭でアラレちゃんのあかね役をやったことかな???」
韓国舞踊を習っていたため舞台に出ることは好きだった。特に演劇に目覚めた!という感覚はなかったものの、その後中1で演劇部に。演劇のために大阪芸大に行きたいと考えたが親の猛反対があり、ピアノ学科に入学しそのまま演劇をやろうと企んだ。高1からピアノを始め、見事大阪芸大のピアノ学科に入学を果たした。
卒業後は劇団そとばこまちに入り、2年ほど活動したのち退団。10年間俳優業は封印し、司会などイベントごとに携わった。30歳を超えて演劇をやりたいという気持ちが再燃し、上京した。現在では舞台を中心に活躍している。


■韓国映画の匂いに惹かれて

武田裕光さん

元々日本で俳優として活動をしていた武田裕光さん。韓国映画に魅了され、3カ月限定の短期留学に。ある程度聞き取りに自信がついたが、このレベルでは仕事は難しいだろうと期限をもって一旦日本に帰国。その後日本で俳優業をしながら又韓国に行きたいという思いにかられたタイミングで、丁度韓国映画出演のチャンスが。オーディションに合格し、初めて韓国映画の現場に入った。
「現場の雰囲気がすごく良かったんです」
ひとつの物をみんなで作り上げる感覚が驚くほど心地よかった。また、日本の現場はお弁当が主流だが、ケータリング形式の食事が用意され、スタッフ、俳優が一斉に同じテーブルで食べる習慣にも惹かれた。その後韓国で仕事を続けることを決意した。

――言葉はご苦労されましたか?

武田:周りに日本人の友達もいないので、周りの人たちに色々と教わりながら。意外に言葉の苦労はなかったですね。

――好きになったきっかけの韓国映画は何だったんでしょうか?

武田:あの当時ってまだ日本になかなか韓国映画が来なくて、キム・ギドク監督、パク・チャヌク監督やポン・ジュノの初期の作品でした。海外の映画祭で受賞した監督の作品が主で、あとは東京国際映画祭に行って新しい韓国映画を見たりしました。


■描かれていない20年の日常を想う

©2019 MAREHITO PRODUCTION

――それでは『湖底の空』のお話に。みょんふぁさんは最初に脚本を読んで、空と海の母親をどのような女性として捉えられましたでしょうか。

みょんふぁ:冒頭は武田さんが演じた夫とも仲良くて、多分いろんな国際結婚の壁を乗り越えて結婚して子供を産んで幸せだったのが、あの事故によって色々変わっていきます。さらに子供が性に問題を抱えた状況を受け入れていくっていうのはすごい。しかも田舎の町って設定なので、すごい覚悟があったと思うんですよね。その瞬間、瞬間を一生懸命やっていった結果、逆に心を閉ざしていく人生を歩んでしまったなあと思っていて。伝えたい気持ちがまっすぐに伝えられず、自分自身でも見失っていく中で、海の存在を憎らしく感じた瞬間もあるかもしれない。それでも家族がいる(いた)その場から離れられない。

――複雑な思いを抱えて……。

みょんふぁ:そうですね。支えである人が側にいなくて、甘えられない状況になってしまう時ってそうですね。脚本を読んだ時にどんな女性っていうより、描かれていない20年の日常をどう過ごしているのかなっていうことを、まず思いました。小さな希望と絶望がずっと繰り返されていく中を淡々と、どちらかと言うと閉鎖的な村でずっと居続けるっていうことはすごく強い。家族に対する強い思いがあったんだろうなと思います。

――撮影現場でイ・テギョンさん、武田さんとの共演で印象に残ったことは?

みょんふぁ:テギョンは本当にとっても一生懸命な人です。彼女はすごく大変だったんですね。言葉に慣れない日本にも来て。さらに中国語も話して、一人二役もやって。
本当にびっくりするぐらいいい子でしたね。私は韓国語ができるので二人きりになると結構ぶっちゃけトークとかもしたんですけど(笑)。
この映画を完成させたいという強い思いが彼女にあるので、大体のことは肯定的に捉えていくんですね。すごく強いなと思いました。「ちょっとセリフ合わせしようか」ってなっても気迫が違う。

武田さんは言葉の使い分けも、日本語と韓国が混ざる瞬間も一緒で、それを面白がるのも一緒だったので楽しかったですね。アイデアを出し合ったり、関西のノリがあって楽しかったです。ダブル主演の阿部ちゃんもスタッフのみんなもすごく気さくで。小規模の撮影だったので全員が気楽な感じで親しくなりましたね。飲みも盛り上がりました(笑)。


■父親と望月の共通点

©2019 MAREHITO PRODUCTION

――武田さんは脚本を読まれて、二人の父親がどういう男性だと捉えて演じられましたか?

武田:監督に最初話をもらった時も自分で脚本を読んだ時も、父親と子供の関係性をまず考えましたね。売れないアーティストは何となく僕の中では想像がつくので、姐さん女房タイプの妻が引っ張って行く感じ。横で静かにうなずいて、子どもたちはそれを見て父親のことを認識している。でも自分のやりたいことを始めると周りが全く見えないタイプの男です。

脚本読んだとき一番見せたいなと思ったのは、望月との共通点です。空と海の会話の中で一か所だけ匂わせるところがあったと思うんです。容姿とか外見とか行動は全く違っていても、どこか父親を思い出させるような何かがあればいいなと考えました。
最後の方で監督から「ちょっと望月が見えたような感じがする」って言われて嬉しかったですね。

――みょんふぁさん、子供たちとの共演はいかがでしたか?

武田:みょんふぁさんとは本当にやりやすかったですね。経験も豊富なので自分も楽しくやらせてもらったし、現場でアイデアも出し合えたので。尻に敷かれている感じで、おまかせしようと(笑)。アクションが少ない感じの脚本なので、リアクションに徹したほうがいいと考えました。

子供たちに関しては、初めての父親役で色々考えたりもしたんですけど。現場でリハーサルをした時に、みょんふぁさんと同じように僕はリアクションに徹して、子どもたちがやりたいペースで自由にさせたほうがいいなというふうに考えました。


■人は自分を認めることで越えられるものがある

――難しいとは思いますが、観客のみなさんに『湖底の空』を一言で紹介してください。まず佐藤監督はいかがでしょうか。

多面的な物語のため配給会社も宣伝時のジャンル分けには苦労していると笑う佐藤監督。

佐藤:空と海の関係以外にも、アルツハイマーの母を抱えた中国人の一家や子供の頃に母親に捨てられた望月とか、いろんな要素を持ち込んでいます。一言で言うと「トラウマを抱えた人達」という感じでしょうか。

――ありがとうございます。続いてみょんふぁさんはいかがでしょうか。

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みょんふぁ:とても静かにひたひたと迫って来るんですよね。そういう意味では表面上はダイナミックな描き方ではないんだけど、体の内部にダイナミックなことが起きていると思うんです。やっぱり一言は無理ですね(笑)。

私も在日として日本で育って日本社会の中にいたからかもしれないんですけど、人は人と違うことによって優劣を感じてしまうし、他人と比較した時に他人から否定されていると感じたり、一番悲しいのは自分自身を否定してしまうことなんです。空は信念を持って生きているんだけど、どんどん人との距離が離れていく。他人に認めてもらうには自分で自己を認めてあげないと、過去とは繋がれない。そういったことに優しく焦点を向けてくれる映画です。
望月の存在っていうのが大きいんですけど、そのままでいいんだっていうことがひたひたと身体に伝わるじゃないかな。「自分でいいんだ」っていうところにみんなが立ち返っていけるといいなぁと思います。長ぁ~い一言ですね(笑)。

映画『湖底の空』インタビュー(2)制作編(佐藤智也監督・みょんふぁさん・武田裕光さん)に続く>>>


『湖底の空』舞台挨拶情報
【京都みなみ会館】
●7/25(日)13:30回上映後
佐藤智也監督(登壇)、みょんふぁさん(リモート)
●7/31(土)13:30回上映後
佐藤智也監督、イ・テギョンさん(共にリモート)
【シアターセブン】
●7/25(日)15:30回上映後
佐藤智也監督、みょんふぁさん
●7/31(土)10:30回上映後
佐藤智也監督、イ・テギョンさん(共にリモート)

執筆者

デューイ松田