世界中から集まったスタッフの素晴らしい交流で生まれた映画 『アズールとアスマール』ミッシェル・オスロ監督インタビュー
アラビア人の乳母ジェナヌの子守唄で、まるで兄弟のように育った青い瞳のアズールとアスマール。
大きくなった乳母の歌っていた子守唄の国を訪れるため、アズールは遠く海を渡る。
しかし、この国の人たちはみんなが黒い瞳で、アズールの青い瞳は不吉の“呪われた目”だった。
物語の舞台は中世イスラム世界。北アフリカのマグレブ(現在のモロッコ・チュニジア・アルジェリア)がモデルとなっている。当時は、医学、数学、天文学、芸術、科学などヨーロッパをはるかに凌駕するイスラム文化が反映していた。私たちがヨーロッパから輸入したと思っている文化のルーツは、イスラムにあったのだ。
エキゾチックな色彩美と装飾的な絵画スタイル、3DCGによる人物描写。様々な対比などの映像をさらに印象深く盛り上げているのは、『ベティー・ブルー』、『ラマン』、『イングリッシュ・ペイシェント』を手掛けてきたガブリエル・ヤレドの音楽である。レバノンで生まれ、ヨーロッパで過ごし、アズールとアスマールの世界を体験してきた彼ならではの感性がもたらす相乗効果にも、是非注目してほしい。
——監督がアニメーションの創作を志すきっかけは?
アニメーションはおそらく2歳から始めていると思いますね。今、私がしていることは10歳頃に楽しんでいたことと同じだと思います。絵を描いたり、演奏したり、創作したりして遊び、人に楽しんでもらうことが好きでした。声を使ったり、音楽やダンスを使ったりして物語を作っていたので、今振り返ってみると、昔から映画作りのベースをやってきたのではないかと思います。10歳との違いはお金が入ってくるということでしょうね。小さい頃、アニメーションは自分から遠すぎる世界でしたが、きっと芸術家になるだろうという直感がありました。
——では、子供の頃、他に興味があったこと、なりたかった職業は?
歌手、ピアニスト、陶芸家、画家、今は全然思っていませんが、面白いアイディアを見つける作業ということで宣伝の仕事もしてみたいと思っていました。他にも、仕立屋、体操選手など、とにかく芸術的な仕事には全部興味がありました。ショウウインドウのデザインは小さなスペクタクルを演出するようなものだと思います。また、人形使いにもなりたいと思っていましたが、それはすでに実現していて、専用のマリオネットを作って遊んでいました。「そんなにたくさんのことはできないから、どれかを選ばなければいけないよ」と、よく言われていたのですが、全てできていると思いますね。
——アズールとアスマールという登場人物の名前は2人ともAから始まり、Rで終わっています。これらの名前の意図について教えてください。
どの名前にも意味があります。アズールは青という意味で、アズールの瞳の色で美しさの象徴であると同時に不吉なものでもあり、彼にとって大切なものです。他のアラビア語の名前についてはアラブ語を話す人に聞いて探っていきました。ある時、辞書を開いて茶色の意味を聞いたら、「アスマール」でした。そうして“青”と“茶色”という2人のヒーローの名前になりました。乳母ジェナヌは天国や庭園を意味し、母親の役割にはぴったり合う名前です。シャムスサバ姫は“朝の太陽”、賢者ヤドアはヘブライ語で賢人という意味です。クラプーについては、フランス語に存在する、ガマガエル(crapaud)、蚤(puce)、汚い人(Crasseux)、という三つの単語を組み合わせて遊んだわけです。クラプーは英語吹き替え版の際に名前を変えようかとも考えたんですが、Crapはゴミ、Poopは排泄物という意味なので、結局はそのままにしました。でもスペルはフランス語のままで使っています。
——マグレブ(北アフリカ、主にアルジェリア、チュニジア、モロッコ)とフランスの歴史について
マグレブというのは昔から文明がある地域です。カルタゴという都市を作り、非常に重要な文明で西洋の言語を発明し、その後、ギリシア人とローマ人が入ってきてローマ的な国になってきました。それからキリスト教の国になりました。聖オーギュストはキリスト教において非常に重要な聖人ですが、彼も北アフリカ出身です。さらにその後、ムスリムの信仰がありました。19世紀から20世紀になると、フランス人はアルジェリアを完全な植民地として占領し、チュニジア、モロッコもフランスの影響下にありました。モロッコとチュニジアではフランスの占領から逃れるための独立運動があり、アルジェリアでもフランスとの激しい独立戦争がありました。そして最終的にフランス政府がアルジェリアの独立を認める形になりました。
——現在のフランスとマグレブの間が抱えている問題について
現在、戦争や植民地時代の記憶があるので、今でもフランスとの関係はあまり良くはないですね。一方でアルジェリア国内の情勢が非常に悪く、経済的にもうまくいっていないので、移民を希望する人が多数います。ですから、フランスにおいては、アルジェリア人とモロッコ人の移民がすごく多いんです。その移民とフランス人との交流がうまくいく場合と全くうまくいかない場合があるんですね。先日も移民の人達による暴動がありました。どの国にも富裕層と貧困層があって、元々住んでいる人と移民が住んでいるということがあるので、どの国の話にも置き換えることができると思います。『アズールとアスマール』はフランスの現実に近いものがあるので、この映画を見て感動する人が多い。マグレブ出身の人達もこの映画が好きです。
また、暴動というのはある限られた地域だけで行なわれていることで、フランスは以前から様々な国と交流がありましたし、人種に関して偏見を持っている国ではありません。『キリクと魔女』のキリクは黒人の男の子が主人公ですが、大人気でしたね。
パリに住んでいる時はローラーブレードで街を移動しているのですが、一切危険性を感じることはなく、平和なんですね。日本やイギリスなどから電話がかかってきて、「大丈夫ですか?街が燃えているようですが。」と言われ、その電話で事件を知ったくらいです。再度暴動があって、電話を頂いた時には、「CNNの見過ぎですよ」と言いました。もしそのような戦争記者が私についてまわっていたとしたら、郊外で見るであろうものは、北アフリカ出身の人が懸命に努力し仕事をして、何か新しいものを創造しているところを見たでしょうね。
この映画のエンドクレジットの最後に、「この映画は仲の良い人達で作られました」と記し、彼らの出身国を羅列しました。世界中の人達がこの映画を通して仲良く仕事できたわけです。映画の中で登場する人と人との平和な交流と比べてみても、映画を製作している時のスタッフの方が素晴らしい交流だったと思いますね。
——物語で描かれているように実際マグレブには青い瞳は不吉だという迷信が存在しているのですか?
はい。大多数ではありませんが、北アフリカでもまだ信じている人がいます。昔の時代に、青い瞳を見たことがない人が、ビックリして身を守るために不吉なことだと言ってしまったんだと思います。この迷信は人種差別のばからしさを映画の中で表現するのにすごく適していたと思います。
——『プリンス&プリンセス』ではアイディアを出しながら物語を生み出す製作過程が描かれています。監督も同じように色々なスタッフとアイディアを出しながらストーリーを組み立てているのでしょうか?
いいえ。全ての映画に関して、私一人が全てのセリフとストーリーを考え、メインの登場人物を描き、絵コンテも描きます。それをベースにしてたくさんのスタッフが加わって最終的にアイディアを組み合わせていきます。例えば、奴隷狩りのシーンでは、最初、グレーの岩肌にしようと思っていたんですが、スタッフの女性が観客をびっくりさせるために黄色を使おうと説得され、最終的にはOKしましたね。常にスタッフとの対話の中から生まれていくという感じです。
——この作品の中で素晴らしい音楽も印象的でしたが、ガブリエル・ヤレドが担当していますね。どういう経緯で彼との作業を進めていったのでしょうか。
まず、ガブリエル・ヤレドは非常に良い音楽家であり、映画音楽の天才だと思います。レバノン人としてレバノンで育ち、地中海を挟んで両側を知っていたということも重要でした。音楽が必要となる時期から一年以上の期間を彼に与えました。作業するにあたって、実際のフィルムのスピードのものにセリフを録音し、タイミングも正確にあっている状態のものを渡しました。そうやって彼が作った音楽を、彼との会話の中で決定していきました。歌とダンスの部分だけはタイミングを合わせなくてはいけなかったので、声の録音の前に完成させるようにお願いしました。楽曲を送ってもらうたびに素晴らしさを感じました。それは映画をより良いものにしてくれる音楽でした。
——監督が描く子供は生き生きとしています。すばしっこかったり、柔軟性に富んでいたりしますが、描く上で心がけていることはありますか?
たくさん絵を描きますけど、特に意識はしていません。シャムスサバ姫はキリクの化身ですよ。
執筆者
Miwako NIBE