ラナートという楽器をご存知だろうか?船のような形をしたタイ式の木琴で本国でも弾ける者は少ない。そんな古典楽器を題材にした『風の前奏曲』は口コミで広がり、瞬く間にタイの社会現象となった。「ただの芸術映画ではない、(演奏シーンは)アクション映画のつもりで撮った」とイッティスーントーン・ウィチャイラック監督が言うように娯楽映画の要素もある。劇中ではこの古典楽器の気高き音色をリフレインしつつ、また別の時代ではそれを禁止し、自国のアイデンティティを失いつつあるタイ人をも描いた。「私たちは果たして正しい発展をしてきたのか、立ち返ってみようという意味合いも込めた」という。主演は行定勲監督『春の雪』にも顔を見せているアヌチット・サパンポン。誇り高きラナート奏者を演じた彼だが、インタビューではやんちゃな素顔を見せ、場を和ませた。

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ーーラナートは今のタイではどういう位置づけに?小学校で習ったりするものですか?
ウィチャイラック監督 タイの伝統音楽なので教育機関では教えてます。小・中学校の時もラナートのクラブはあったな。ただ、部員数は少ない(笑)。いわゆる欧米のブラスバンドだと100人近い部員がいるのにラナートはせいぜいが10人くらい。僕自身、ラナートを意識してはいたものの、真剣に聞いたのはこの映画を撮ることになってからだった。
アヌチット・サバンボン 僕もほとんど触れる機会はなかったね。まず、大きすぎてギターみたいに持ち歩けない、楽譜もないで、気軽な楽器ではなかった。出家式とか何か特別なイベントで聴くものというイメージを持っていたよ。ラナートは弾く前に合掌するものなんだ。勝手に触ると何かにのりうつられる(笑)。さっき、誰かがラナートを触ってたけれど危ないんじゃないかなぁ(笑)。

 −−サパンボンさんは劇中で天才的なラナート奏者を演じるために猛特訓したとか。
 運がよかったのはユーモアのある先生にあたったことだね。最初の日、両手で同時に弾く練習をしたんだけど「君はすごい!普通なら何ヶ月もかかることだぞ」ってのせられた。でも、どんどん難しくなってね。いつも僕の腕より何段階か先のことをやらされた。なんで能力に合わせてやってくれないのかなって思ったけど(笑)。

 −−その演奏も撮影では演じているように見えてはいけないし。
サバンボン うーん、今でも思うのはなんであんなことができたんだろうってこと。主人公は5才からやっているという設定だったからね。実際の演奏は吹き替えではあったんだけど……。僕は音階さえ間違えなければよかったんだ。
ウィチャイラック監督 フィルムはふんだんに使ったしね。
サパンポン 僕のせいだけじゃないよ(笑)。違う曲が流れたりもしたじゃない。
ウィチャイラック監督 まぁ、そうだけどさ。ラナートの吹替が難しいのは鍵盤一個間違えただけでもわかっちゃうってこと。ギターならバレないのにね。

 −−劇中の競演会は音楽というよりも格闘技を見ているようでした。
ウィチャイラック監督 そう、それが僕の意図したことだったんだ。スタッフにも念を押した。これは文化芸術だけの映画じゃない、アクション映画だからって(笑)。

 −−演じる側も体力がいったのでは?
サパンポン ラナート奏者の二の腕は絞まるし、筋肉はつくよ。クンインを演じたナロンリット・トーサガーは実際にラナートの巨匠なんだけれど引き締まってると思うよ。ラナートで引き締まる、そういうビデオを出してもいいくらだね(笑)。だけど、奏者は日常生活で重いものを持っちゃいけないとされているんだ。僕なんかもよくやっていたバトミントンをやめたし、家族にも「手を大切にしなきゃいけないから家事はできない」と言ったよ(笑)。

 −−本作は2つの時代がクロスしています。ラナート全盛期の人が人らしくあった時代と伝統音楽に禁止統制がなされ、タイ人のアイデンティティが滅びかけた時代と。こうした構成にしたのは?
ウィチャイラック監督 90年代後半の経済危機がこの映画を作るきっかけのひとつになった。見渡してみれば町中は背の高いコンドミニアムばかり。私たちは正しい発展をしてきたのか、もしかしたら別の発展の仕方もあったんじゃないかって。タイの王様が国民にアドバイスしたことがある。「ほどほどの経済を」ってね。この映画の意味も一度立ち止まって人として今の発展を考えてみようってことにあるんだ。
 
 −−サパンポンさんは行定勲監督の『春の雪』にも出演していますね。
サパンポン もともと日本映画はよく見る方。特に『ピンポン』が好き。これって『風の前奏曲』にちょっと似てると思わない?『今、会いに行きます』も好きだったから、竹内結子さんと共演できて嬉しかった。妻夫木さんもね。でも、本当は一番会いたい日本人は上原多香子さんですけど(笑)。
ウィチャイラック監督 監督については何も言わないのかい?
サパンポン だって僕は俳優だからね(笑)。

ーーウィチャイラック監督は日本映画では?
若い世代でも素晴らしい監督がどんどん出てきてるよね。最近では『誰も知らない』が面白かったし、『茶の味』や『スウィング・ガールズ』、『リリィ・シュシュのすべて』、『ラブレター』なんかも大好きだよ。

執筆者

terashima