「今回の経験は、自分がこれからも映画を作っていくうえでも、かなり色んな可能性が広がったと思います。」と自ら語る石井聰亙監督の最新作『鏡心』は、通常の映画館での上映形態から離れ、美術館やお寺などこの作品にふさわしい上映の場所を巡ってゆくロックバンドのツアーのようなエキシビジョンツアーという形態で行われる。
 市川美和子演じる主人公の女性の迷走し混沌とする内面世界をデジタルハイビジョンの映像によって繊細に描き出し、彼女が自室から突如トリップしてしまう静謐でダイナミックな大自然が咆哮する異世界との出会い、そして魂の回復をテーマとした本作は、デビュー作『高校大パニック』以降、『爆裂都市』『狂い咲きサンダーロード』『ELECTRIC DRAGON 8000V』などロケンロールな疾走感ある映像で常に新しいものをメディアに提供してきた石井監督だが、人間の内面世界での躍動を描く本作は新境地とも呼べるこれまでにない更に豊かで突き進んだ世界観を切り開いたといえる。ほぼ自主制作として少人数のスタッフで完成させ、インディーズ出身の監督自身が自らの原点に返って、映画と観客との新しい出会いを提起したのがこの『鏡心<3Dサウンド完全版>』だ。

※『鏡心』はエキシビジョンツアーとして全国で上映!
 5月28日(土) 京都造形芸術大学 映像ホール
 6月4日(土)・5日(日) 大阪・應典院
 6月11日(土)・12日(日) 神戸アートビレッジセンター
 6月17日(金)・18日(土) 立川・CINEMA・TWO(シネマ・ツー)
 6月25日(土) 福岡アジア美術館

『鏡心』公式ページ

 
 








−今回の展覧会として上映していくという形態はすごく面白い試みですね。そもそもこういった形での上映を企画したきっかけは?
「今回の作品はデジタルで作っているというのもあるけど、作品の内容も特殊なので通常の映画館で上映するのは難しいとまず思ったんです。映画を再生するデッキやプロジェクターは特殊な機材なので持ち込まないと無理なんですよね。そこで思い切ってこの映画にふさわしい方法をとってみました。今回のことで実際やってみなければわからなかったことがたくさんあって、いろんな可能性が見えてきたと思います。」

−「観る」というより、映画をみるという行為自体を空間で「体験」するという方が近い感じかもしれないですね。
「映画館にいくということ自体がもともとは特別なことで、日常を離れた体験をすることだったんですが、最近ではそれ自体が流れ作業の一環でしかなくなってきているような気がします。映画の内容や種類によって、どこの場所で、どういう期間上映されて、どういう時間帯でっていうのがもうあらかじめ決まっちゃっているようなところがあって、映画自体が消費されていっているところがある。昔は人と映画の幸せな出会いというのがありましたよね。この作品で、そういうことをもう一度見つめなおしたいという気持ちからはじまりました。僕も最初はインディーズから始めたし、フィルムもって映画館に上映してもらいに行くなんてことをやってましたから。そういう原点に返って、もう一度場所とお客さんとの出会いを見つめなおしてみようと思ったんです。」

−この作品はもともと海外の映画祭の企画で依頼されて製作したもの(『三人三色』)のディレクターズカットとして作り直されたものですよね。本作との違いは?
「作品のモチーフはその時に考えたものだったんですけどなかなか映画祭の規定に合わせて作るのが難しくて。そのままでは自分としても不本意だったので、テンポや音楽を作り直して、自分の納得のいくようなものにしたかった。作品の内容もプライベートな形式をとってのフィクションという形ですし。ある種似非ドキュメンタリーのような。そういう手法をとったのは、お客さんに本当のことと思って感じて欲しいっていうのがあったからです。そういう体勢で新しいチャレンジをしてみたかった。」

−ラストでは渋谷のごみごみした街頭からチラッとみえる空や雲が、主人公が夢の中で見るバリの大自然の風景との共感するような感覚があってすごく不思議な感じがしました。
「この映画で得た実感なんですけど、渋谷のような繁華街では息苦しいと感じることが多く、その理由も客観的に人が多いとか色んな要素がそれを感じさせているんだと思うんですが、それを乗り越える方法というのは自分次第だと思うんですよ。ああいったラストになるとは実は僕もはっきりと思っていなかったんです。フィクションを用意するんじゃなくて、その枠の中に作品が出来ていったという感じ。だから出来上がってみて「みんなで作った!」という実感がすごくありますね。」

−市川美和子さんが演じる主人公の深く自分をみつめる主人公の内面がこの作品のメインテーマになっていて大変難しい役だと思いますが演技については指導されたりしたんですか?
「あまり演技指導っていうようなことはしない方ですね。市川さんは自然に役に入っていくタイプの女優さんでした。役に合わせて自然と自分をそういう状態にもっていくことのできる役者さんだと思いますね。だから撮影の時はほとんど映画の中みたいに感情が高ぶっているような状態でした。日本映画の場合、一人の人間の内面をとことん突き詰めて描くっていうのはほとんどされていないと思うんです。だから今回の経験は、自分がこれからも映画を作っていくうえでも、かなり色んな可能性が広がったと思います。この方法論でアクションや別のジャンルにも広げていけるんじゃないかと思うし。」

−今までの作品は身体的にかなり躍動的な要素が強く、そういうところで「生」を体現してきたと思いますが、今回は反対に表面的には静かだけどその心のなかたるや過去の作品に負けず劣らずすごく揺らめいている。
「そういう意味ではすごく情報量の多い作品だと思います。人間て、色んなことを考えてそれがダイナミックに動いている。そういうことが僕はいますごく面白いと思うんです。目に見えるものではない、そういうものを描きたかった。」

−今後は内面的な可能性に作品のテイストを広げていくような方向になっていきますか?
「いや、またまったく逆のものになるかな。揺り返しの方が大きいかも(笑)。次は激しいサスペンスアクションに取り掛かろうとおもっていて構想中です。」

執筆者

綿野かおり

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作品紹介『鏡心・完全版』
作品紹介『三人三色』