ふわふわした若者たちのリアルな会話や空気を描きつつも意外とどぎついギャグがあったりとオフビート感あふれるセンスで「日本のアキ・カウリスマキ」とも評され海外での評価も高い若手監督・山下敦弘。デビュー作『どんてん生活』から近作の『リアリズムの宿』にいたるまで怪優・山本浩司を主演に、一貫して愛すべきダメ主人公を描いてきた彼だが、今月よりテアトル新宿で公開となる新作では美少女アニメの傑作と名高い「くりいむレモン」の実写映画化に挑戦した。
アニメ「くりいむレモン」は現在のアニメおたく界で隆盛をきわめている“妹萌え”の元祖ともよばれる伝説的な作品。これを、情けなくってちょっとせつない、男たちののんびりした(だらけた?)日常を描いてきたこれまでの作風からはずれて、実写化に挑戦した山下監督だが、その心境はいかに?エロさを過剰に押し出すのではなく、恋する2人の間にながれるドキドキ・苦しい・せつない、そんな空気を見せてくれた映画『くりいむレモン』。山下監督らしからぬ、一方で山下監督らしい新境地を切り開いたみずみずしいラブストーリーに仕上がった。

☆『くりいむレモン』は9月25日(土)よりテアトル新宿レイトショー、他全国にて順次公開!









—— 『どんてん生活』からはじまって最近の『リアリズムの宿』まで一貫して愛すべきダメ男を主人公に描いてきましたが、今回美少女アニメの実写化の監督というのはずいぶん系統が変わりますよね?
「ずっと大阪で映画を撮ってきたんですが、仕事として監督のお話をいただくのがこれでまだ2度目なんです。一本目が前回の『リアリズムの宿』で、つげ義春さんの原作でなにか、ということでお話をいただいて、1年くらいかけて製作したんです。そのときはまだ大阪に住んでいたんですが、大阪というのはまったく映画の企画というものがないんですよね。一年間ずっとバイトしながらぼーっとしていました(笑)。たまに東京きて、ちょこちょこっと仕事したりしながらやってたんです。」

—「くりいむレモン」のアニメはもともとご存知だったんですか?
「僕は内容はなんとなくしか知らなかったんだけど、僕の兄貴はみてて、むかしからちょくちょく噂をきいてたんですよ。「すごいアニメがあるんだよ」って。どんなんだろ〜なんて想像してましたね。」

—— そこからシナリオはどういう風に作っていったんですか?
「はじめにプロデューサーが書いたあらすじのようなものがあって、それではちゃんとドラマが出来上がってて、ここまでアニメから変えてもいいんだ、って思ったときにある程度映画としての形が見えたんで、やらせて下さい!ということになりました。そのシナリオを軸に、脚本家の向井くんと二人で細かいところなどを書いていきました。アニメとはだいぶ変えてしまったところもありますね。」

—— 亜美ちゃんはファンにとっての理想の女の子だと思いますが、山下さんにとっても理想像だったりしますか?
「うーん、どうだろう。最初「くりいむレモン」をやるって決めたとき、いっぱいあるストーリーの中から亜美ちゃんが主人公のシリーズにしようって思ったんですよ。で、実際に始めてみてお兄ちゃんと妹の話だって思いながらシナリオを書いていくんですが、・・・わかんないんですよ!妹が何考えてるのか(笑)。で、お兄ちゃんの方ばっか細かく書いてしまったり。だからそういう意味では、理想の女の子像というより僕が思う女の子って感じです。「女の子は何考えてるのかわからない」っていう。そういう自分の癖が出てしまいました。 」

—— じゃあかなりこの作品は手探り状態だった?
「そうですね。実際女兄弟もいないし、妹に対しての個人的な思い入れもないんで、だからかえって好き放題にできましたね。途中から「兄妹」という設定から、一人の男の子と女の子の恋愛という風になるように狙って考えました。お兄ちゃんと妹という関係を描きながらどんどんそれがどうでもよくなってくるっていう・・・。」

— 亜美役の村石さんは本田監督の『プッシーキャット大作戦』の海女役をみて決めたとか、
「はい、脚本家の向井と僕でみたんですが、かわいいし、その演じていたキャラクターもすごくよかったんですよね。本人に合ったら映画の印象とはだいぶ違っていたんですけど。この亜美ってキャラクターは妹っぽさが重要で、彼女にはそれをすごく感じましたし。」

— 水橋さんをお兄ちゃん役にキャスティングしたのは、ほとんどあて書きだったとか
「水橋くんが出演している『青い車』という映画の脚本を向井が担当していることもあって、現場に遊びにいったんです。撮影後飲み会もあってそこにもずうずうしくお邪魔させてもらって、最後までだらだら飲んでいたんですが、そのとき最後まで残っていたメンバーの中に僕と水橋くんと向井がいて朝までしゃべってたんです。それで「いいなー」って思って。ちょうど向井と「ヒロシ役どうしようか」っていってたときだったんで、水橋くんのヒロシっていいよねってことで一致して、彼に頼みたいと思いながら勝手にイメージしながら書いていたんです。」

— じゃあ水橋さんに会ってなかったらヒロシはまったく別のキャラクターになってたかもしれないですね
「はい。僕は、”理想のお兄ちゃん”て聞いても、なんだよ、理想って!なんて思ってたんですけど(笑)、水橋さんだったらすごく人間味のあるお兄ちゃんになるんじゃないかなって思いました。水橋さんなら原作のヒロシを崩せるんじゃないかって。」

— ベットシーンもあっさりしているようで実はエロかったりして、しっかり描かれていますが、村石さんは映画2本目ということもあるし苦労はあったのでは?
「えーと、村石さんももちろん大変だったと思いますが、僕自身も大変だったんですよ。今回みたいなきっちりしたベットシーンを撮るのもはじめてだったので。でも僕以上に村石さんはもっとはじめてなんだよなーって思いながらでした。すごくいろんな人に助けられました。」

— 監督も大変だったとなると、現場では水橋さんが一番経験者だったのでは?
「そうです、芝居の経験というのでは僕よりもたぶん映画経験は多いと思うので、水橋さんに助けられたのは多かったですね。すごく現場の雰囲気を汲んでくれて、「村石さんが緊張しているよ」、とかそういうことを僕にさらっと伝えてくれたりやりやすい環境を作ろうとしてくれましたね。」

— 二人がはじめて好きという感情を確認するあのシーンの長回しのドキドキ感は観ててたまらなかったです。
「あそこが一番重要なシーンで、ここが決まれば大丈夫って思っていたシーンです。オーディションでもやってもらったしリハーサルもすごくやりましたね。自分のなかでも集中力が一番高まっていました。すごく納得いくシーンが撮れました。」

— 山下さんはいつも長回しを多く使いますよね。
「今回でいえばあの告白のシーンみたいに、ワンシーンの中に起承転結があるのが好きで、基本的にあまりシーンを割りたくないんです。あのシーンは最初からワンカットでいこうと決めていました。ああいう撮り方になるとは想像してませんでしたが。」

— 居間で愛し合ってるところを帰ってきたお母さんに見られるまでのあの流れもワンシーンで見せているのが効果的でしたよね。
「あれはもう、完全にドリフの世界ですね。ドリフ世代なので。まぁ今思いついたんで言っただけなんですけど(笑)。あれはシナリオ段階ではああいう撮り方になると思わなかった。あの家でのロケが決まった段階で色々とアイデアが出ましたね。あの家じゃなかったらまた違う撮り方だったのかも。」

— もし違う家だったら山下さんのドリフオマージュも見られなかったと(笑)
「いえいえ、ドリフはもう、いたるところに染みついておりますから。」







— 撮影では事前に絵コンテとか作られるんですか?
「今回は作らなかったですね。カメラマンと打ち合わせしながらなんとなく決めていきました。いつもはもっと細かく決めてて、キャラクターの配置とか。だんだん細かくなくなってはきていて、今回は紙におこさず現場の雰囲気を入れて、ということができました。」

— 山下さんは日本のアキ・カウリスマキだとかよく評されますが、影響を受けているものは?
「うーん、難しいですね。逆に影響を受けていないものなら、僕は字をほとんど読まないので、小説や本です。基本的に映画やテレビとか漫画みたいな絵があるものじゃないとだめなんです。想像力ないのかな(笑)。映画だとやっぱりアメリカン・ニューシネマですね。」

— 確かに、『ばかのハコ船』で女の子が彼氏を探して田舎の一本道を走るシーンなんてまさにアメリカの荒野を行くような風情がみえましたよ!
「今回もアメリカンニューシネマの影響がもろに出てしまっているんですよ。特に後半の旅が。」

— 『リアリズムの宿』も寂れた温泉地が舞台でしたが今回も伊豆の温泉場ですよね。いなたい観光地好きですか?
「…好きです。絵になりますよねぇ。」

— 今回も温泉場で、生ナレーション付きのヘンテコな地獄めぐりの人形のアトラクション(?)をみて罪の意識にさいなまれるという…
「ははっ!そこまで感じ取っていただけたんですか。僕は単純に、行くところのない二人が仕方なく観にいった、みたいな感じにしか思ってなくてサラッといくはずだったんですよね。でも行ったら想像以上に面白くて撮りすぎちゃいましたけど。でもあのシーンに意味がつきすぎちゃうとやだなって思ってます。別に死のうだなんて思ってないのに、極楽だとか地獄だとかいってて。別にそういうんじゃないんですよ。」

— あのおかしなアトラクションは前からご存知だったんですか?
「伊豆に逃げる設定は最初からあったので、ちょっとああいうへんなところに行かせたいなとは思ってたので、インターネットで色々調べたらあの地獄めぐりの解説のアトラクションが出てきて、で、実際行ってみたら想像以上に面白くって。」

— 山下映画ではおなじみの山本浩司さんの出演シーンは、一瞬でガラッといつもの山下映画の世界に引き込まれてしまいますね。
「それがいいことなのか、悪いのかわからないですけどね。山本さんを出していいのかちょっと悩みましたけど。山本さんは面白いけど、今までのやり方とは違う方がいいんじゃないかとも思っていたので。」

— 水橋さんと山本さんとの共演はどうでした?新作VS旧作、山下映画だめ男主人公の競演シーンでしたが。
「正直いって、あそこのシーンでは山本さんばっかり気になっちゃって。水橋さんは受けの芝居って感じのシーンだったので、大丈夫だなって思ったんですけど、山本さんに関しては一個一個の動きとか細かく細かく見すぎちゃって心配になっちゃって。まわりのスタッフはなんでこんなこのシーンに時間かけてんの?って思っていたかも。いろんなこと考えてしまって。」

— それは具体的にはどういうことですか?
「今までの山本さんの面白さが出ているのかとか、根本的にこの映画に山本さんて強烈すぎるのかも、とか色んなこと考えていっぱい撮ってしまいました。」

— 実際にはそんなに長くないシーンなんですけどね(笑)。でも本当にあそこだけ今までの映画の世界ですよ。
「今回の山本さんのキャラクターは今までの映画のどのキャラクターにも重なりますよね。「どんてん生活」の主人公の3年後、とか(笑)。」

— 今後の活動は?
「『くりいむレモン』が初め、なんで俺のところにくるんだ?っていうのは不思議だったんだけど逆に楽しみところもあったので、また違ったものを作ってみたいですね。」

— では次回はパニックものとかどうですか?(笑)SFとか。CGばんばんつかったり。
「ああ!いいですね、どんどん新しいことやっていきたいです。」

— じゃあもう童貞は卒業ですか?
「いやいや、CGを使ったSFの童貞映画(笑)。結局童貞かよ、って。」

※現在9月9日より、韓国の人気女優ぺ・ドゥナ(『吠える犬は噛まない』『子猫をお願い』)を迎えて、女子高生がブルーハ—ツのコピーバンドを目指す姿を描く新作『リンダ リンダ リンダ』の撮影に入る山下監督。10月にはクランクアップし、年内完成を目指す。公開は2005年夏予定。こちらも楽しみ。まずは、『くりいむレモン』でニュー山下風味をご賞味あれ。

※『くりいむレモン』は9月25日(土)よりテアトル新宿、大阪第七藝術劇場(11月)、名古屋シネマテーク(11月)レイトショー他、全国にて順次公開!

(インタビュー・文:綿野かおり)

執筆者

綿野かおり

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作品紹介「くりいむレモン」