心のなかで浮遊する『戀之風景』を描いて——キャロル・ライ監督インタビュー
2002年のゆうばりファンタスティック映画祭ヤング・ファンタスティック・コンペティション部門で特別審査員賞(対象作『金魚のしずく』)を受賞した香港のキャロル・ライ監督が、長編2作目となる『戀之風景』をNHKの出資により完成させ、2003年末のNHKアジア・フィルム・フェスティバルでその全容を公開した。
カリーナ・ラム、リュウ・イェ、そしてイーキン・チェンというキャスティングの豪華さに、新進気鋭の女流監督のティーチインつきの上映とあって、前売りチケットはあっという間に完売。急遽追加上映されるほど。物語は、亡き恋人の残した絵のロケーションを求めて中国・青島(チンタオ)にやってきた女性の繊細な心の動きを、彼女を見守る郵便配達の青年との交流を通して描いている。台湾の人気絵本作家で日本でも多くの翻訳が出ているジミーの提供したイラスト、アニメーションが作品の重要ポイントになっていることも知る人ぞ知るところ。前作以上に美しく清々しい作品に仕上がった。
アジア・フィルム・フェスティバルで来日したキャロル・ライ監督は、単独インタビューの場で彼女自身の恋の思い出まで語ってくれた。彼女の描く恋の風景とはどんなものなのだろうか?
$blue ●第5回NHKアジア・フィルム・フェスティバル(2003年12月13〜21日)にて上映
●2004年秋一般公開予定$
——この『戀之風景』という作品の脚本はいつくらいから書いていらしたんですか?
「前作『金魚のしずく』が完成したころから構想はありました。2001年に『金魚のしずく』でカンヌに行ったときに数人のプロデューサーが、何かいいアイデアはないかと声をかけてくれて、自信満々でいいのがあると答えてたんですよ。当時は、いろいろな映画祭に行かなければならなくて、ひじょうに忙しく、落ち着いて書くことができなかった。実際に書き始めたのは、2001年の7月ごろ。2002年の終わり……実際は2003年の1月に本格的に撮影を開始しました。『金魚のしずく』の後、他のジャンルの映画も撮ってみたいという気持ちが非常に強くなって、ラブストーリーを撮ろうと思ったんですが、アイデアそのものは一気に沸いたわけではなくて、徐々に徐々に溜まっていってこういう形になったわけなんです」
——この映画の英語のタイトルは“floating landscape”で“恋”に当たる単語が入っていませんね。それはどうしてなのですか?
「実は、このlandscapeという“風景”が重要だと思いました。じつは英語の題名が先にあったんです。人間の中にはまさにfloating landscape——どこかに浮いているような風景がある。今回の映画の中でもこれを忠実に守っていると思います」
——ヒロインが、死んだ恋人のことを忘れまい忘れまいと必死になっている様が、ものすごく切ないですね。
「よく今の人たちは言うんですよね。『もう忘れなさいよ』と、『前向きに次の恋人を作ればいいじゃない』と。そう言いますけれども、実際は簡単なことではないですよね。やはり人間ですから、そう簡単に忘れることはできないし、やはり一定の時間は重要なのです。そういった意味でこのへんの時間を描いているわけです。
英語の題名について言うと、この映画が仮にアジアの他の地域で上映されるとしますね。そうすると、英語のほうがきっと先行すると、役に立つかなと思ったんです(笑)。実は、日本では別の訳の題でという案も挙がりました、“心象風景”という。我々からすれば、“心象”というと霊感とかホラーみたいな方向にいっちゃう。中国語の『戀之風景』という感じも悪くないと思いますよ。
結局、恋人たちの風景とは何かを描きたかったんですよ。私がもっと若かったとき、ある日、ボーイフレンドが私の誕生日に絵を1枚プレゼントしてくれました。香港では誕生日に絵をプレゼントするような人はあまりいないんです。それで、友人が彼に聞きました。『なぜ、キャロルに絵をあげたの?』『だって、僕は自分の好きなものを彼女にあげたかったんだ』それと似たような感じですよね」
——前作では赤い色がヒロインの服装にちらちらと入ってきていたのは印象的でした。今回も映像の美しさが印象に残ったのですが、視覚的なこだわりはいかがですか?
「この視覚的な部分の効果は、非常に重視しています。たとえば、まず映画を撮る前に、この映画はどういう色を基調にしようかということを考えておかないと始まりません。次に、音楽についてもどういう音楽を使いたいというイメージもはっきりと持っています」
——音楽も、特に最後のアニメーションのところに流れる音楽がひじょうによかったのですけど、今回の視覚的なところで特に気を使っていかれた点をうかがえますか?
「アニメのところのフランス語の歌ですよね?」
——そうです。
「いま、エンディングのアニメの話が出ましたので、この部分がどういうふうに作られたかお話しすればよくわかるかと思います。私自身、とても気をつけてやらなくてはいけないことは、この映画を見てどういうフィーリングを持つかなんです。このアニメの部分の原画は、台湾のたいへん著名なジミーという絵本作家が担当してくれました。アニメの部分は、大きく言えば二つのグループに分かれて作っています。アイデアは私のアイデア。私がまず、ジミーさんにこういうストーリーでこういうイメージでこういう感じでやりたいと伝えます。彼は、すぐに把握してくれて、原画を作りました。その原画に基づいて、ほかのアニメーターが発展させ、最終的にこのようなアニメーションが完成したわけですね。そういうふうにひとつのオリジナリティがあって、そこからどんどんどんどん発展していく。そういうことにとてもこだわります」
——アジア・フィルム・フェスティバルのティーチインで、10枚の絵を描かせたと言われましたが……。
「10枚描いてもらって映画の中では6枚しか使いませんでした。彼女が1枚1枚、絵をめくるところで6枚しか使わなかったわけです。後半でアニメーションもあるわけですし、全部見せてしまうと観客が退屈ではないかと考えて、半分くらい見せて残りは別の使い方を考えました。アニメーションで見せたかったのは、黄色い部分で目を覆って杖をつき森の中で何かを探し求める絵——この絵のオリジナルは私自身も震えるくらいすごい何かを感じました」
——ジミーさんはどんな方ですか?
「彼はひじょうに恥ずかしがりやで、常に自分のやることに専念するタイプですね。しかも、非常に視野が広い。いろいろなことに興味津々で知識も豊富です。いろいろとこだわりがあって、彼自身はどちらかというとストレートで好きは好き、仮にこれが儲からなくても別にいいんじゃないかというところも持っています。ひじょうに感情豊かで敏感な人だと思います。マネージャーが一生懸命彼の作品を紹介しようとしているんですよ」
——特にお好きな作品はあるんですか?
「中国語の題名では“お月様が見えなくなった”という題名なんですけど」
——日本では「君といたとき、いないとき」というタイトルで出版されていますね。
「ぜんぜん違いますね。すごく面白い物語ですよ」
——キャスティングのことですが、最初にキャスティングをしたのはリュウ・イエさんだということですね。一緒にお仕事されていかがでしたか?
「安心させてくれるんですよ。人に心配をかけない俳優でしょうか。もちろん実力もありますし。私は、現場でヘラヘラしているタイプの役者は好きじゃないんですよね、はっきり言って。現場では、彼も冗談を言ったりしている。ところがですね、私が“アクション!”と言うとがらりと変わってすぐに芝居に入り込む、プロなんですよね。そういうところでは、ぜんぜん心配ないんですね。彼自身もひじょうにハイレベルですから、私がここはこうやって欲しいと条件を厳しくしてもちゃんと応えてくれます」
——イーキン・チェンさんは、既成のイメージと違って新鮮でしたね。どのような演技指導をされたのですか?
「私もキャスティングするときには一人一人のいろいろな作品を見たりして確認しますけれど、見た作品から彼らのイメージを頭のなかにインプットしないようにしています。そうすることによって、自分の映画の演出のときに彼らの以前出た作品のイメージが入ってこないのですね。そこで、自分なりのものを作り上げようとしています」
——カリーナ・ラムさんは一緒に仕事をしてみていかがでしたか?
「彼女は、まだすごく若い新人なのですけど、心の中ではいい仕事をしようという気持ちのひじょうに強い人です」
——何か撮影中のエピソードとか伺えますか?
「カリーナはふくよかなほうですよね? それで衣装担当のウィリアム・チャンさんと私は彼女にダイエットしてほしくて、彼女がダイエットをして痩せてから衣装を作る、ということにしたんです。ご存知のように青島という街は美食の都です。彼女は、美味しい食べ物を目にしても食べられない。一方、リュウ・イエはひじょうに大食いで現場でいつも2人分の弁当を食べるんです。彼はばくばく食べて、で、隣りのカリーナは何も食べられない。ちょっと可哀想なお話です」
——さて、最後に、今回はNHKの出資もあって同様に出資を受けたアジア・フィルム・フェスティバルの他の監督の作品もご覧になったのではないかと思いますが、他の監督の作品で心に残ったものなどありましたらお聞かせください。
「皆さん、人間性というものをとてもよく描いていますね。しかも非常に写実的。映像的に強く印象に強く残ったのは、『アフガン零年』のなかの少女とお香を売る少年の関係です。周囲が「女の子だ、女の子だ」と騒ぐなかで「木に登れ。女は木に登れないだろう。登ったら男だ」とかばう。で、少女は登るんですが、でも、泣いて泣いて。このへんが本当に人間的で印象深かったんですね。『ハンター』という映画のエンディングの場面にも感動しました。間(ま)と青年になった少年をクローズアップを見たときにジーンとくるものがありました。結局、人間そのものなんですね。しかもありのままの姿というものが、こういうふうにリアルに描かれたということに感動しました」
——ありがとうございました。
執筆者
稲見公仁子
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