人は矛盾していて可愛らしい存在!映画『おろかもの』芳賀俊監督インタビュー
画面一杯に映し出される、冷徹に何かを見つめる女性の顔。様々な感情が渦巻く目が一眼レフのファインダーを覗く。その先には男女の姿。次々に切られるシャッター。彼女が誰で、誰を観ているのか?猛烈に知りたくなった瞬間に映画『おろかもの』の世界にどっぷりとハマった。
冒頭から観る人ぞっこんにさせる本作は、各地でファンを増やしながら、3/12(金)より京都みなみ会館、3/13(土)よりシネ・ヌーヴォ、4/17(土)より神戸アートビレッジにて、上映が始まる。若手映画監督の登竜門である田辺・弁慶映画祭にて、グランプリを含む史上最多5冠を受賞。SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2019にて観客賞を受賞し、ドイツ・ニッポンコネクション2020にも正式招待という快進撃も納得だ。
高校生の洋子(笠松七海)は、結婚を目前に控えた兄の健治(イワゴウサトシ)の浮気相手・美沙(村田唯)の存在を知り、何食わぬ顔でいつもの生活を続ける兄に苛立ちを募らせる。一方洋子は、健治の婚約相手・果歩(猫目はち)に対して、兄と自分の間に突然入ってきた異分子して不満を感じていた。
衝動と好奇心に突き動かされて美沙と対峙した洋子は、美沙を知る中で口走る。
「結婚式、止めてみます?」2人の奇妙な共犯関係が始まった。
映画『おろかもの』は、田辺・弁慶映画祭でグランプリを受賞した映画『空(カラ)の味』で撮影を務めた芳賀俊さん。監督作品『ボーダー』が映文連アワードで準グランプリを受賞した鈴木祥さんの2人が共同監督を務めた。
今回は代表して芳賀監督にお話を伺った。
『おろかもの』組のアベンジャーズ!
芳賀監督が撮影を担当した『空(カラ)の味』で助演を務めたのが笠松七海さん。ファインダー越しに笠松さんを見つめて、あまりにもスクリーン映えするその顔に創作意欲を掻き立てられたという。一方、芳賀監督と大学で同期だった村田唯さん。撮影助手で彼女の映画に参加しながら、女優として撮ることが10年来の懸案だった。脚本の沼田真隆さんに、この2人を主演に面白い映画が作れないか、と持ち掛けた。
芳賀:最初に沼田君が冒頭のシーンとクライマックスの結婚式のシーン、この二つのあらすじを出してくれて。読んだとたん面白い!となって、制作を決めました。
芳賀監督は最強の布陣にすべく、大学で親友だった鈴木監督に声を掛けた。生き別れた兄弟が大学で出会った、というくらい考え方がとても近いと言う3人。体が1つ、頭が3つのキングギドラのような働きで『おろかもの』を形にしていったという。
芳賀:キャストは、アベンジャーズのように(笑)自分たちが惚れ込んだ実力派の俳優たちに集結してもらいました。
――主演の笠松七海さん。冒頭のシーンを見てグッと惹きつけられました。とんでもないインパクトでした。
芳賀:始まりから観客の皆さんを掴んで離さないような映画にしたいなと思って。笠松さんは何か見る姿が凄く映える女優です。沼田君から、主人公の洋子が結婚間近な自分の兄が浮気をしているのを目撃するシーンから始まると聞いて。その瞬間から真正面から撮ろうとずっと決めた、渾身のショットだったんです。そういう風に言ってもらえてすごく嬉しいなと思います。
『おろかもの』は人間賛歌
――『おろかもの』っていうタイトルに愛情を感じます。
芳賀:最初は過激なタイトル案が出て、『村に火を放ち白○になれ』とか、『バージンロードを逆走せよ』なんていうのも(笑)。漢字の『愚か者』だと、人をジャッジしているようなニュアンスがあって。『おろかもの』と平仮名にして可愛らしい書体にすることで、人間そのものを肯定したいという思いを込めました。
何かに愛情を注いでいる人ってどこか愚かだと思うんです。例えば、僕はこの映画を撮るために財産を放出して人間関係を総動員してやったので、傍から見たらすごく愚かな行為に見えると思うんです。
愚かであることって、今の世の中では物凄く叩かれて断罪されて、人々のストレス解消の道具にされているなって思うんです。それがすごく嫌で。そういう息苦しい社会への反発みたいな気持ちもあってこういうタイトルにしました。
――そうですね。今すごく不寛容な風潮がありますので、不倫について当事者以外が断罪したり。
芳賀:公開処刑みたいなことが日頃から起きていて、これって本当に豊かな国なんだろうかって疑問で。今は社会的に余裕がなくなって、物事を簡単にしてしまった方が楽だと思うんですよね。人のいいところと悪いところを配慮して考えるのは大変ですけど、それを放棄すると視野が狭くなってくる。この作品は観察力に優れた主人公の視点を通して、人は矛盾していて可愛らしい存在であることが見えてくるストーリー。人間賛歌になればいいなと思って作りました。
指先には感情が現れる
――笠松さん演じる洋子は観察力が優れていて、手の動きや癖でその人が思っていることを感じ取るシーンがありますね
芳賀:人って指先に感情が現れると思っていて。『アンナ・カレーニナ』って作品でも手の癖に人間性が表われるみたいな描写がありましたけど、そういったことを見て取れる登場人物にしたいなと思って。
――洋子が行動を起こすことで、表面的に見えているものがどんどん変わっていくのが面白いなと。女性は色々ぶつかり合いながらも分かりあっていきますが、お兄さんについてはみんな踏み込もうとしないんですけども(笑)これは何故でしょうか。
芳賀:この作品って綱渡りするような感覚で撮影や編集を行っていたんですけども、イワゴウさん演じる健治っていうキャラクターが、すごく難しいんです。イワゴウさんの笑顔を見ると、とても憎めない。それが彼の魅力だと思っていて。健治をジャッジして、男性を全てクズとして扱ってしまうと、ある意味人じゃなくなってしまい、その瞬間に描きたかったものとはかけ離れていく。彼に徹底的に復讐して欲しかったっていう意見もたまにもらったりするんですけど、やりたかったのは人間性の断罪じゃなくて、傷ついた人の隣にその傷が少しでもわかる人がいるだけで、一つの救いなったらいいなっていうことでした。
人間は矛盾した存在
芳賀:この映画の描かれてない部分には、健治と果歩にとってすごく大事なことっていっぱいあったと思うんですね。二人は本当に愛し合って、歪ながら尻に敷かれながらも良い夫婦になるんじゃないかと。
実は自分の家庭環境とかすごく反映されていて、この映画と同じような全く同じような事が起きたんです。性別は反対なんですけど
――そうだったんですね!
芳賀:健治を自分の肉親のつもりで描いた部分もあって。僕自身が果歩にすごく似てるって言うか。今になってみると果歩の気持ちも理解できるし、健治の気持ちもすごくわかるなって。どんどん後から理解が深まってきて。
『おろかもの』は芳賀監督の実家で撮影されたという。
芳賀:自分の両親が部屋にやって来て差し入れでご飯食べさせてくれるんです。果歩と洋子の羊羹のシーンを撮る直前に、猫目さんが果歩のキャラクターの強さを演じるのがすごく難しいって話になりまして、その時にちょうど夕飯を持ってきた父が「実は果歩の役っていうのはお父さんなんだよ」って(笑)。
――なんと赤裸々な(笑)。
芳賀:猫目さんも「え!そうなんですか」ってなって。幸せそうに見える夫婦も裏ではそういうことがあって、ものすごく矛盾している。でもそれって人間じゃんみたいな話をして。監督の森達也さんが、コップって上から見ると円で、横から見ると台形みたいな形。コップごときで見る角度によって全然違うのに、人間なんて大いに矛盾するでしょうって仰っていて。それを聞いた時にすごく感動して、矛盾していいんだって。
分かっている人が側にいてくれるだけで
――先ほど分かっている人が側にいてくれることで、というお話が出たんですけど、劇中で洋子が寝ている美沙の眉間のしわを伸ばしてあげるシーンがありますが、泣けました。この関係性があるからラストの展開に繋がったんだなってすごく説得力がありました。
芳賀:ありがとうございます。僕もあのシーンはすごくお気に入りで。大変なことがたくさんありましたが、全員が持っている力を150%発揮した現場でした。あそこは撮影最終日の最後に撮影したシーンで、みんな色々な気持ちが溢れ出す瞬間の撮影だったので、特に多幸感が溢れたシーンになりました。
――美沙を演じた村田さんはいかがでしたか。
芳賀:村田さんはまさに情念の女優。彼女の痛みを感じている顔や瞳って頭から離れなくなるような強い作用を持っています。村田さんは美沙を救うために何かできないかと思いながら演じてくれたんです。一つの役に対して人生単位で愛を捧げる役者って他に見たことなくて。物凄い熱量のある芝居を切り取れたと思います。
――笠松さんと村田さんのコンビネーションがすごく良くて、それがまた映画の魅力になっていたなあと思いました。
健治の婚約者の果歩さんが非常に強烈で、決して耐えている女ではないことを体現されていました。
芳賀:猫目はちさんも本当に瞳が強い役者さんです。瞳が凄すぎて、セリフの何十倍もの情報量があるんです。脚本にあったセリフが削れて半分になったくらいで。役者の物語る力を実感した女優さんで、本当に素晴らしかったと思います。
――洋子とクラスメイトの小梅(シャオメイ)のやりとりがすごく楽しかったね。
芳賀:台湾人の交換留学生役で、演じてくれた葉媚(ようび)さんは台湾の方です。この映画の風通しを良くするキャラクターとして作りました。葉媚さんは自分の役割を理解してくれて、いわゆるエンターテイメント性を体現してくれたのが、最高でした。僕も何回か映画館で観客の皆さんと一緒に見た時に、小梅のシーンで笑いが起きて嬉しいなと思いました。
――外からの視点が入ることで、三人の関係性が余計に面白く感じましたし、日本人同士の友達関係じゃないことで、純粋に言葉を伝えるために空気の読み合いなしで喋れるんじゃないかと。そこがまた面白いなと思いました。
化学反応が起きたシーンは?
――撮影現場で化学反応が起きた瞬間はありましたか。
芳賀:化学反応が起きたシーンしかなかったですね。僕は撮影する前に精密に絵コンテを書くんですよ。ロケハンもして精密に組み立てて。でも現場では、その計画を役者の力で破壊されたいんです。自分の小細工が吹っ飛ばされて、素晴らしい芝居が起きる。それは監督としてカメラマンとして幸せなことでしたね。
――特に印象に残ったシーンなどありますか?
芳賀:凄いなと思ったのがお墓のシーンです。脚本では淡々と話すんですが、映画では洋子が健治に花を投げつけて殴りつけます。あれは本番中に七海がいてもたってもいられなくなって手が出てしまった。それに対して脚本にない「ごめんね。ありがとう」っていう言葉が健治から出てくるんですよ。まさにイワゴウさんの人間力の高さと言うか。家族ごっこではない関係性が築かれていく2人の姿が見えたシーンでしたね。
――最後に観客の方々にコメントをお願いします。
芳賀:僕自身もたくさん映画に救われてきました。今の時代はとても大変な状況ですし、沢山の良くないものが炙り出されて、どんどん生きづらい世の中になっている気がします。この映画は不寛容な時代に対して、色々な呪いから人々を少しでも解放できたらいいなと思って作りました。大きなスクリーンでご覧いただければ、極上の映画体験になるという確信があります。ぜひ劇場までお越しください。
舞台挨拶情報
【シネ・ヌーヴォ】
3/13(土)18:20の回舞台挨拶/芳賀俊監督・イワゴウサトシさん、村田唯さん(リモート)3/14(日)18:20の回舞台挨拶/芳賀俊監督
【京都みなみ会館】
3/13(土)13:20の回舞台挨拶/芳賀俊監督、笠松七海さん・村田唯さん(リモート)、イワゴウサトシさん
3/14(日)13:20の回舞台挨拶/芳賀俊監督、村田唯さん(リモート)