12/21(土)シアター・セブンにて映画『TRAVERSE トラバース』が公開される。主演に愛知県豊橋市を拠点に活動する空手道豊空会 創始師範の田部井(タメガイ)淳さんを迎え、ワイヤーやCGを使わないことにこだわり、武道空手を駆使したアクション映画が完成した。

ジャーナリストの妻が自殺し、苦悩する武道家の男。さらに養女が拉致されたことで男は謎の組織との戦いに巻き込まれて行く。

映画『トラバース』の魅力について、脚本も手掛けた関西在住のベテラン、岡田有甲監督にお話を伺った。


田部井淳さんの演武に魅了された

――『トラバース』は元々岡田監督の企画だったんでしょうか?
岡田:いやいや、ぶっちゃけアクションは撮影が大変だから、できるんなら避けたいなと(笑)。好きなんですよ、見る分には。それが回りまわって(笑)。昔にジャッキー・チェンの『大福星』とか日本人スタッフの助監督として行ったりしてたから、今回のキャメラマン猪本雅三から声が掛かったんですよ。彼とは、助手時代から30年以上の付き合いになります。
原作が Web小説でね。壮大な話でホテルは壊すわバズーカ砲をぶっ放すわ…で面白かったんだけど、予算の兼ね合いでどう撮ろうかと考えていたところに田部井純氏(空手道豊空会 創始師範)が主催する「カラテSUPERライブ」っていうのがあって見に行ったんですよ。演武を見ているうちにこれは面白いと思って、その日のうちに「やろう!」と猪本雅三に電話入れました。演武を見た時からワイヤーやCGを一切使わない。生身で行くと決めていました。原作の設定の親子の話だけは残して、原作の方にはごめんなさいって話はしましたけども。タイトルは登山用語でもあるトラバース。“乗り越える”っていうことで。スタッフに提案したんですよ。語感が強いからこれでいこうとなりました。

これなら映画に出来る!

――田部井さんの演舞を見た時に、一番惹かれたのはどういったところですか。

岡田:普通の空手ではなくて、道、武道を極めたいと思ってる男で、棒を使ったり、鋲を投げたり、もちろん空手もあるし、様々なアクションが入ってくるんですよ。色々な技が見れたんで、これなら映画に出来ると。
それにインスパイアされて映画では特殊警棒も使いました。。

――オファーされて田部井さんの反応はいかがでしたでしょうか。

岡田:20代の頃に某アクションクラブでアクション映画の主演に抜擢する時期があり、色々なしがらみが疎ましく感じたのか、豊橋に戻り道場を開いて、それから30年ですよ。おじさんのアクションは海外の映画でもあるし、若かりし頃の夢を現実にできると思ったんじゃないかな(笑)。

――田部井さんはどのような方でしたか?

岡田:武闘家っていうのは礼儀正しいし、素直なんですよ。だからやりやすかったですね。涙もろいし、熱い男ですよ。俺は好きですね。師範も俺のいないところでは、オヤジとか叔父貴とか言ってるらしいけども、そう呼んでもらって嬉しいですよ(笑)

師範には娘がいるんですけど、役の中の養女を演じた恋(れん)を自分の娘にするのに7ヶ月稽古しましたね。二人で練習せい、親子になれって話をしてました。だからかわいがってましたよ。恋は俺の言うことより師範の言うことをよく聞いてましたね(笑)。

――空手の師範が主役ということで、「映画としてアクションを見せる」ということでのご苦労がおありだったかと思うんですが。

岡田:そこのところは、アクション監督の白善哲本物に任せました。格闘家の動きとアクション全く違うんですよ。本物は殴りに行くから、身体が前のめりになる。前のめりになったら受け手は返すときに、間合いが詰まりすぎて勢いのあるパンチが出せない。だから体を引いて闘わないと駄目なんです。これも芝居と同じくらい稽古していました。本人は筋肉の使い方が違うから大変と言ってましたね。それでも7か月後には映画として見せるアクションをやりましたからね。受け手のアクション部もしっかりやってくれて。やっぱり本物は早すぎるし強い。写すにしてもこちらが対応できないという。少しスピードを緩めろという話をしていました。受ける時にずれるんですよね。

――一番最短距離で来るような感じなんでしょうか。

岡田:それにスピードが速いです。蹴りにしても何にしても。見せるためのものじゃないからね、本物は。アクション部の連中は、やっぱすごいって話をしてました。

――拝見して凄く気になったのが、田部井さんが戦う前に緩く肩甲骨を回すような動作をするじゃないですか。ウェイブをちょっと連想したんですけども。

岡田:あれは全然演出してないんですよ。なんか考えろっていう話から、水になるような感じで。自分でも準備体操とか結構やってるんですよね。それをやりたいっていう話でね。かなりカットは割りましたけど。

CGを使わないことにこだわった訳

――今は CG や VFXで派手に見せることが普通になっていて、昔カンフー映画流行っていた時代とかなり状況が違うと思うんですが、今なぜこの映画を撮ろうとなったんでしょう?

岡田:60年の終わりが僕はちょうど中学から高校に上がる頃で。映画館でブルース・リーを観て、血湧き肉踊ったような気持ちになったので、やるならあの時の気持ちが呼び覚まされるようなものと決めてましたね。東京で上映した時にアクション好きな子が3日続けてきてくれて、質問されたんですよ。「ブルース・リー対するオマージュですか」って。あの当時の映画に対する思いは俺の中で大きいからこうなったけど、ブルース・リーを真似しようと思わなかったんですね。あの時の時代を切り取りたかった。
アクション監督がクランクインする7か月前くらいに「監督、どういうアクションで行きますか?」って聞くから「チャンバラ映画を見ろ」って話をしたんですよ。あの間が欲しいって。空手の中でチャンバラ映画のように最後は見得を切る、それを入れてほしいということ言い続けてましたね。

――それで敵役がああいう形に。

岡田:そうそう。それで敵役が負けるのは映画だから分かってるけども、敵役の笠原紳司には「最後の最後まで立ち向かえ」っていう話はしましたね。喧嘩腰でやっていいからって言い続けて。

――それがラストの臨場感につながったんですね。

岡田:それは二人とも見事に演じてくれたから。泣け、負けるなって何回も言い続けたから、それなりのシーンになったなぁと、自分でも満足しています。

香港映画の匂いがする『トラバース』

――『トラバース』は、昔の香港映画のようなコメディ的シーンもありましたが、その辺は意識されたんでしょうか。

岡田:それはありましたね。企画の時から言ってたんですけども、僕自身が14、5歳の頃にアクション映画が好きだったから、子どもが見て楽しい映画にしたかったんですね。実際来てくれるのは大人が多いんですけども。映画館を出てくる時に子どもがヒーローになり切っているような。そんな光景を想像しながら撮ってました。

豊橋で生まれた『トラバース』

『トラバース』は豊橋で撮られたそうですが、いつぐらいから撮影に入られたんですか?

岡田:去年の11月の頭です。オール豊橋でコンパクトに。予算がなかったので余計なことをしないという。

――豊橋に田部井さんの道場があるからですか?

岡田:そこにこだわった訳ではなく、僕がシナリオハンティングやロケハンも含めて豊橋に足を運んでいるうちにここで行けるぞっていう話になって。無駄なところに飛んで撮ると時間もお金もかかるしね。

――海もあって豊かな感じがしましたね。

岡田:あれは浜名湖なんですけど、山を越えたら豊橋から30分もかからないからね。

――それで上映は愛知が皮切りになったんですね。

キャストについて

――他のキャストについてもお伺いしたいんですけども、娘役の恋さんはどういったところを見込んでキャスティングされましたでしょうか。

岡田:独特の雰囲気ですね。映画は初めてなのでお稽古で時間がかかることは分かっていましたけど。彼女の持っている間は俺の演出の間じゃないけど、それはそれで楽しみましたね。お稽古の時は随分言いましたけども。

――監督の間はどのような感じですか。

岡田:ポンポンとリズム良く帰ってくる感じですね。彼女は反応が遅いんですよ。それは台詞が入ってないからではなくて、言われた時の気持ちに持っていくための間で。それに途中から気が付いたんです。恋なりに一生懸命キャラクターとして反応するための間であると。この間を大切にしたいなと思いました。

――撮影の最初の最後ではどう変わられましたでしょうか。

岡田:順撮りじゃなくてラストシーンは3日目か4日目だったんですね。クランクインする前に「これで大丈夫」って二人には言いました。それまでは辛らつなことも言いましけども、ここからは自由にやれっていう話はしましたね。それとカット割りについては、カメラがコンパクトになって2カメ3カメと使えるから、ほとんど芝居はドンブリ。ドンブリっていうのはワンシーンワンカットでカメラがポジション変え同時に回して撮ってるから、二人もやりやすかったみたい。後で聞いたらその気持ちでずっと行けたので嬉しかったっていう話をしてましたね。

――津田寛治さんの悪役はケレン味があって楽しかったですね。

岡田:彼は飲み友達で(笑)。快く引き受けてくれたんだけど、最初、眼帯は嫌がってたね(笑)。「監督、これはいらないでしょ」って言われたけど。「悪者のボスは眼帯だ」って言いきりました。

――久しぶりに眼帯の悪役を見た気がしました(笑)。子供の頃に見た悪役の印象に残っているんでしょうか?

岡田:映画ではないんだけども、なんかそういうのが残ってて。悪者は眼帯って言うのがね。最後はね、楽しんで演じてましたよ(笑)。

悪役、アクションについて


――撮影現場はかなり過酷だったとお聞きしました。

岡田:10日間ずっと働いてる感じですね。怪我だけするなっていうことは言ってましたね。スタッフにも間ができたら寝ていいからって。怪我をさせたら俺は取れなくなるタイプの監督なので、「怪我だけはしちゃダメよ」って。

――悪役の技のバリエーションが色々あって楽しかったですが、アクションシーンの撮影で印象に残ったことは?

岡田:師範が184センチあるんで、184以上の役者を探して、笠原君が187ぐらいで、バランスが良かった。大きい男が小さな男に勝つのって当たり前の感覚があるじゃないですか、それだけは避けたかった。
アクションアクターに関しては、遊木康剛君がお笑いのヌンチャク使いの役。最初は師範と身長差がありすぎるから、うわーどうしようかなって思ったんですが、足が頭まで上がるし、大きく見せるもんだなと途中で気がついて。師範も構える時は低くなるし、同じような大きさに見えたんですね。

あとは階段落ちが3カットぐらいあるんですけど、スローモーションにしないで一瞬で落ちてるような繋ぎになってます。誇張しなくても見る人は見てるから。それで映画の流れを止めるのはやめようって。ただ決めだけはしっかり撮ろうと。しつこく決めを撮りすぎてるけどね(笑)。3カットもつなぐのはやりすぎだろ!みたいな話はしましたけども(笑)。バジェットの小さい作品ですけども、キャスト、アクション部も含めて一つになれた作品でしたね。

知り合いがみんな手伝ってくれて、スタッフもそうですし。長い付き合いの中での話なんでおっさんがやるなら手伝うかみたいなことでみんな集まってくれたんでね。現場は楽しかったですね。きつかったけどね。

自分を超える!


――作品のテーマで「自分を超える」っていうのがあるんですけども、最初それを聞いた時に力で超える話かなと思ってたんです。ラスト見ると、決して力を誇示することではない。

岡田:ありがとうございます。最初から武力で超えることは全く考えてなくて、女房を亡くして生きる気力をなくした男がどう立ち直るか。それは最初からテーマとして大きいものでした。
実は浪花節が好きなんですよ(笑)。若手のライター川久保と話しながら11稿くらい書き直したかな。

主人公に託したもの

――監督がこの主人公に託したものをお聞かせください。

岡田:よくあるヒーローものにはしたくなかったんです。立派な男が駄目になって、そこから立ち上がるということをテーマに撮ってきました。彼はヒーローでいたいから、かっこよくやりたいわけですよ。それは違うという話を何回もしながらお稽古をしましたね。俺を見ろと(笑)。俺が意気消沈した時の話とか、酒に溺れた時の話を全部して。彼はお酒も飲まないし。彼の中で葛藤はあったんじゃないですかね。最初はだらしないというのが分からなかった。分かるけどもやりたくない。

――武道家ならではの葛藤であったかもしれないですね

岡田:そうですね。稽古を何度も積み重ねて、最後は納得して俺の伝えたいことも分かってくれて演じてくれたと思います。

好きなのはラストシーン

――一番好きなシーンというのはやはりラストになられますか

岡田:最後ですよ。恋の例の間の悪さが、その時に限って早かったんです。気持ちが高ぶってるからなんですけどね。あのシーンはやっぱり稽古をしましたね。いつもは現場でお稽古はしないんですけども、現場でスタッフが明かりなんか作っている時に、脇でこんな動きになるからっていう話をして、役者を全部集めてお稽古しました。それでテンション上げていくぞみたいな。結局4カメ使いました。あるカメラを全部出せ、一気に行くぞみたいな。

現場で生まれる新たなつながり

――アクション映画は大変と仰っていましたが、撮ってみていかがでしたか?

岡田:面白かったですよ。でももう当分いいかな(笑)。『トラバース2』は今回監督補についてくれた忍びやキカイダーなどアクション映画の監督下山天に撮れって言ってるんですよ。ワイヤーとか使ってグリーンバックで撮れる男やから。飛んだり跳ねたり人間離れしたことをさせるのが大得意。でも、また言われたらやりたいですけどね。やっぱり現場はしんどいけれど、楽しいもんです。現場大好きの活動屋ですから。

――助監督で参加されていた田中健詞監督(『パンチメン』)からも、合宿みたいな楽しい撮影だったとお聞きしました。

岡田:プロの映画の現場を覗きたいと、バイクで豊橋まで来てくれて。「楽しかったし、久しぶりにシャキッとした」って言ってましたね。彼も言ってたけど、このワンシーンワンカット撮るためにみんながわーっとなっているのを見てるのが気持ちいいんですよ。「用意、ハイ」の声を掛けるのにも気合が入る。「さあ行くぞ!」みたいな。
長年の付き合いでね、カメラの猪本雅三や斎藤幸一や長田勇市さんと組むと俺が指示しないカットを押さえてくれるんですよ。こんなアップなんかいらん、見ればわかる!みたいことを僕は言うんですけど(笑)。それはもうあうんの呼吸で押さえてくれている。実景にしても結果的にそれが心象風景として生きたことがあったりね。そういうメンツとやっていると本当に楽しいです。
田中健詞はアクション監督の白善とつながって、その後『おばはんドラゴン』を撮ったでしょ。40歳50歳の人が繋がってくれると嬉しいですね。現場でいつ口説いてるとか知らんけども(笑)。

――そういう気持ちになるから、今まで続けてこられたんですね。

岡田:そうですね。だから本当に現場が好きです。偉そうに言ってるけど、歳を取るにつれてかなりしんどいけどね(笑)。

――東海地方、関東の公開を経て、シアターセブンとみなみ会館で公開ですね。

プロデューサーは全国制覇したいと言ってるんだけど、俺は車で映画館のないへき地の公民館回って子供に見せようぜって(笑)。今はまだ難しいけどそのうちね。


映画『トラバース』上映予定
​大阪・シアターセブン】ゲスト予定
●12/21(土)~12:50~ 上映後 桝田幸希、岡田有甲監督
●12/22(日)14:40~ 上映後 岡田有甲監督
●12/23(月)18:20~ 上映後 岡田有甲監督
●12/24(火)16:25~ 上映後 岡田有甲監督
●12/25(水)18:20~ 上映後 田部井淳、璃娃、岡田有甲監督、津田寛治、原真一
●12/26(木)16:25~ 上映後 田部井淳、璃娃、岡田有甲監督、原真一
●12/27(金)16:25~ 上映後 田部井淳、璃娃、岡田有甲監督、原真一

京都・京都みなみ会館
●12/27(金)〜、連日19:10
※12/28(土)は14:50〜
※1/1(水)休映


インタビュー後記

今後撮りたい作品の企画が2つあるという岡田監督。
「人形劇でヤマトタケルノミコトの話をやりたいんですよ。新しくは『三国志』、昔で言うと『チロリン村とくるみの木』、『ひょっこりひょうたん島』みたいな、マペットを使ってね。歴史は関係なしに。脚本も出来上がってるんですよ。子供に見せる作品で、それは一番やりたいなって。大阪の人形劇団クラルテにも話はしているんです。もうひとつは代理出産の女の友情話でね。こちらも台本は上がっています。あとはどうやってお金を集めるか…」
苦手意識のあったクラウドファンディングも含めて考えて行く予定とのこと。
これらの企画と別に長年ライフワークとしてカメラで追っている被写体がいるという。
「LGBTのドキュメンタリーで題名は『スマイル~男の子になりたい女の子~』だったけど、『おじさんになりたいおばさん』になっているぐらい時間が経ってる(笑)。これは長年、節目節目でカメラを回しています」もう一本『ミニバンライダー車椅子でかけてきた人生』は、先ほど大阪府立高校でも上映していただき、生徒から200通を超えるラブレター(感想文)が送られてくるという、大好きな地回り上映をしています」

映画のことを語るとき、子どものように楽しそうな表情になる岡田監督。こだわりが一貫しているだけに現場では厳しい言葉も出るのだろうが、映画にかける熱い気持ちの現れだ。作品が動くとなったとき、多くのスタッフや俳優が協力を惜しまない気持ちになる、そんな岡田監督の人としての魅力の一端を見た気がした。

執筆者

デューイ松田