2018年、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭のオフシアターコンペティション部門でグランプリを取った西口洸監督の『ED あるいは (君がもたらす予期せぬ勃起)』が、大分県の別府ブルーバード劇場にて、8/4(土)~8/10(金)の日程で公開される。また、同映画館で行われるダイノジ大谷ノブ彦映画会】にて、全国快進撃中の『カメラを止めるな!』(監督:上田慎一郎)(8/8)と『ED あるいは (君がもたらす予期せぬ勃起)』(8/9)のイベント上映も予定されている。

ゆうばり映画祭の公式サイトには各作品のスチール写真がアップされるが、メインキャラクターの顔が分かる写真が大半を占める中、『ED あるいは (君がもたらす予期せぬ勃起)』は、ぷりぷりした物体が入った煮込みだか何だかよく分からない丼がどっかりと鎮座した写真だった。
“母親の裸をみて勃起したことが原因で、ED(勃起不全)になってしまった少年の性春映画です。笑って泣ける爽やかな映画になっています。”という紹介文。
タイトルが露悪的ならスチール写真も思わせぶりだと、偏見たっぷりのまま観たところ、予想を大きく裏切り本当に爽やかな青春映画であったことに驚かされた。人を好きになるからしたいと思うのか、身体が反応するから好きになるのか。卵か先か、鶏が先か、根源的問いを爆走する下ネタとともに大真面目に描いた珠玉作品だ。

あの丼が何か西口監督に聞くと、「丸腸っていう牛の内臓ですね。みんな演技経験がなかったんで、会話シーンを普通に撮っても多分拙さが出ちゃうんで。お客さんの注意を保てるようにアップで撮りました」

こういった冷静な目配りが随所に効いて、しかも笑いに転化されているのが『ED あるいは (君がもたらす予期せぬ勃起)』の魅力でもある。そんな西口洸監督のインタビューを紹介したい。

 

※左から鳴瀬聖人さん(『温泉しかばね芸者』監督)、
西口洸さん(『ED あるいは』監督)、
辻凪子さん(『温泉しかばね芸者』主演)、
長野こうへいさん(『温泉しかばね芸者』出演)、
山村凌平さん(『ED あるいは』カメラマン)

入江悠監督の言葉さえあれば無敵

――ゆうばり国際ファンタスティック映画祭でグランプリをとられて、審査員やお客さんから作品について感想や意見はありましたか?

西口:閉会式では『ED あるいは』 って発表された時、会場では喜んでくれるというより、ちょっと“あれ?”みたいな反応があったじゃないですか。

――他のチームの人数が多かったせいかもしれませんね。

西口:でも、授賞式が終わって瀬々敬久監督や入江悠監督といった審査員の方々から有難いお言葉を頂いたり、お話を色々聞けて嬉しかったですね。

――ご自身は、タイトルとお名前を呼ばれた時はどんな感じでしたか?

西口:僕は『ナナちゃん、Oh mein Gottしよ♡』(監督:西本達哉)が一番面白くて、その次が『温泉しかばね芸者』(監督:鳴瀬聖人)、その次は僕かなぐらいに思ってたんです。

――三番目ですか(笑)

西口:『ナナちゃん』が選ばれると思ってたんで、驚きでしたけど嬉しかったです。審査員の瀧内公美さんは、『ED あるいは』がグランプリだったことに納得できない人等に対して、僕に味方してくれたというか。「一緒に仕事したい」って言ってくださって、お世辞やと思うんですけどすごく嬉しかったですね。

――それはお世辞というより、そんな風に気持ちが動いたんでしようね。

西口:お客さんも何人か声掛けて下さって、“面白かった”って。今まで大きい場所での上映の機会がなかったんで、お客さんの声が聴けたのも嬉しかったですね。

――そう言えば、最終日にアナウンサーの笠井信輔さんが『ED あるいは』 のことを絶賛しておられましたよ。技術的にはつなぎとか合ってないところはあるんだけども、純文学みたいで素晴らしかったって。

西口:有難うございます。お会いしたときにお聞きしました。有難かったです。

――みなさんの心に色々残ったんですね。

西口:本当に有難いです。後日、僕の友人が教えてくれたんですけど、入江監督のメルマガで『ED あるいは』を取り上げて下さっていて。お守りとして印刷したやつを持ってるんですよ。読んだ時に嬉しくて泣きそうになってしまいました。

――演出についてこんなに詳しく書いてくださったんですね。

西口:グランプリを取ったことに疑問を持っている人も一定数いるんですけど、入江監督の言葉さえあれば僕は無敵というか。有難いです。

――大阪に帰ってきて周りの反応はいかがでしたか。

西口:全然変わらないですね。大阪芸大の教授陣もおめでとうと言って下さいましたけど、劇的に変わったみたいなのは特に(笑)

 

ファレリー兄弟、車谷長吉の衝撃

――元々最初に映画に興味を持ったのは何歳ぐらいだったんでしょうか。

西口:中学生か高校生ぐらいですかね。ファレリー兄弟の『メリーに首ったけ』を観て映画を好きになりました。

――そう言われてみると何となく(笑)

西口:影響は受けてるんじゃないかなと。DVD でレンタルしたんですけど、幸せみたいなものがうつっていたところに衝撃を受けて。こんなに面白いもんなんだみたいな。ファレリー兄弟から始まって、諸々観ていったみたいな感じですね。

――それはコメディだけではなくですか?

西口:ファレリー兄弟は好きなんですけど、コメディ全体が好きかと言われるとそうでもなくて、アキ・カウリスマキとかトッド・ソロンズとか好きでしたね。監督が描きたいものを描いて世間からも高い評価を受けているところがすごいなぁと。

好きな小説家は車谷長吉。一番有名な『赤目四十八瀧心中未遂』を読んだあと、更にはまる出会いがあったという。

西口:大阪芸大の講師でシナリオライターの西岡琢也さんが、間違えて二冊買ったっていう『鹽壺の匙』を一冊譲り受けて読んだら、ますます好きになって。

車谷長吉の小説に中には、出版社の人を実名で出して、ある選考会で落選し審査員を呪って藁人形を作って釘を刺したといったエピソードがあったり、命を削って書いてるような激動の人生に驚いた。共感する部分、異常だと思う部分が同居しており、日本語の美しさと内容の凄まじさに惹かれた。
西口監督自身は、好きな小説は作品に影響してないように思うと語る。

 

頻尿から生まれたED!?

――実際に映画を撮るになったのはいつぐらいからですか。

西口:大学入ってからですね。それまでは観る方専門で。進路を決める時に大阪芸大近いしええかなぐらいの感覚で。映像学科に入って課題で5分、10分の短編とかを撮ったんですけど、自分でシナリオを考えたのも、この長さ(48分)で撮ったのも『ED』が初めてでした。

――課題ではどんな作品を撮ったんですか?

西口:一番最初に撮ったんは、天王寺ミオのトイレのPR映像で。大学の一番汚いトイレをあべのハルカスっていう体で撮って、“これなら僕は天王寺ミオ行きますよ”みたいな。ちょっと汚いですけど(笑)。

――ここでもトイレがネタになっているのがちょっと面白いですね。『ED あるいは』に至るアイディアは、どのように生まれたんですか?

西口:シナリオを書く授業で、なかなか人のことを書けないと言うか、人の気持ちがあんまり分からないんで、自分を投影できる主人公にしようと思ってたんですね。僕が心因性の頻尿やったんですけど、映像化するんなら頻尿よりもファレリー兄弟を好きなんで下ネタの方がいいかなと思って、もし僕が『ED あるいは』やったら、みたいな。頻尿の悩みと重ねてアイディアを出して行きました。

卒業制作として撮影するにあたり、最初に書いたシナリオからエピソードを増やして行った。撮りたいという学生が集まり、各自が書いたシナリオについて教授が面接するという。

――面接を受けた時はどうでしたか。

西口:シナリオの流れについては指摘して頂いたんですけど、いかんせん『ED あるいは』みたいな話だと、教授も困惑というか(笑)。

――大阪芸大って、破天荒な作品を作ってる先輩がたくさんいてはると思うんですけど(笑)西口:どちらかというと、まあ好きにしたらいいみたいな感じで後押ししてくれたといいますか(笑)

 

人見知り監督、奮闘する!

撮影日数は約2週間。予算は約50万円、交通費がかなりの部分を占めた。それでも芸大の卒制ではかなり安い方だったという。
スタッフは基本的に西口監督を入れて7人。日替わりで助手担当が参加してくれるという8人体制で撮影が行われた。

――演出する中で一番大変だったところの記憶はありますか。

西口:ある程度の長さの作品は初監督で。映画は好きで観てるんですけど、現場っていうのをあまり知らない状態で入ったんです。他の人の現場に行ったりもしたんですけど、助監督で付いたことはなくて。 ちゃんと撮っていけるか不安もあったし、人に自分の考えを伝えるのが1番難しかったですね。

――西口さんはご自身でどんな性格だと思われますか?ゆうばり映画祭の舞台挨拶で、一緒に上映があった『温泉しかばね芸者』組がノリノリなところ、舞台上でいたたまれない感じでしたね。

西口:人見知りです。出てますか?(笑)

――出てましたね(笑)。監督するにあたってその辺はどうでしたか。

西口:出てくれた人たちは大学で僕が声掛けた人たちです。人見知りなんですけど、どうしても映画が撮りたかったんで。声掛けへんかったら撮られへんという一心ですね。大学の広場に座って通る人を見て声掛けて。主人公の二人は演技経験が無かったんですけど、イメージに合ったので出演をお願いしました。

――どんなイメージだったんでしょうか。

西口:主人公はちょっと男前で、でも爽やかな感じの雰囲気の男の子。彼はデザイン学科で、最初は断られたんですけど、もう1回声を掛けたら渋々出てくれることになって。ヒロインは芸術計画学科の子で。可愛かったんで声掛けたら、イベントを主催したりっていう行動的な子で、快く出てくれました。

――二人とも最初にシナリオを見せてOK頂いた感じですか?

西口:途中で断られたら困るので最初にシナリオを見せて、“こういう意図があるから下ネタになってます”みたいな説明したら、理解してくれましたね。下ネタよりも、演出面で波打ち際を歩いて足が濡れたりとか、僕の説明も下手だったと思うんですけど、なかなか理解してもらえなくて大変でした。

――主人公とヒロインが波打ち際を歩いてるシーンですね。足が濡れていても気にせず歩いているのが印象的で。波打ち際で座ってるところもそうだし。

西口:僕の“海の女観”みたいなのがあって、二人で話している間は波が来ようが気にしない。気にする暇もないくらいに二人だけの世界として演出しているというか。演出してるって言い方は偉そうですけど いいなと思ってやりました。

――教室も砂浜にあるじゃないですか。不思議な空間ですよね。

西口:普通の教室やとなんか面白くないというか。ロケハン色々回って加太海岸へ行ったときに閃いて。スタッフには結構反対されたんですけど。学校が海にある理由がわからんみたいな。僕がこう撮りたいっていうと、スタッフの間で毎回疑問がで出て来るんで。“とりあえず撮ってくれ”とか“これが面白いんや”って、なんとかみんなを乗せていってた感じですね。

 

映画がもたらす贅沢な時間は他にはない

――完成した作品をご自身で観て、好きなシーンやうまくいったシーンなどはありますか。

西口:入江監督に褒めてもらったっていうこともあるんですけど、公園のトイレの屋根からワンカットで降りて来て、トイレに入って出てきてみたいなところとか、うまくいったなぁと。

――サイレント映画みたいで面白いシーンでしたね。

西口:あとは、やっぱりクライマックスの一連のシーンが結構好きで。シーンのつなぎとか、結構面白く出来てるんじゃないかなと思ったりしましたね。

――『ED あるいは』を一言で表すとどんな映画ですか?

西口:愛ですかね。僕の言う愛は「愛」にビックリマークが付く感じで。言葉で伝えるのが難しいんで、映画を撮ったみたいな。映画を観た人が感じてもらえれば。僕が言うのもおこがましいですけど。

――ゆうばり映画祭のグランプリはそこが伝わったんだと思います。

西口:伝わってると嬉しいですね。

――今後はどんな風に活動していく予定ですか? 今、大学で勤務されてますけど。

西口:ずっと撮り続けていけたらいいですよね。今回ゆうばり映画祭から頂いた50万の支援金があるんで、今シナリオの企画を書いています。

――来年ゆうばり映画祭でお披露目ですね。チラッと聴いてよければ、どんなお話ですか?

西口:処女って何だろうって話です。

――やっぱり映画に惹かれた初期衝動に近いものに(笑)。DNAに入ってる気がしますね。

西口:ファレリー兄弟に引っ張られてる感じが(笑)

――次回作も楽しみにしています。西口:ありがとうございます!

――西口さんにとって映画とは何ですか?

西口:何言うても寒くないですか?巨匠が言うなら納得しますけど(笑)

――作りたいって想いがあって作ってらっしゃるから、いいんじゃないですかね(笑)

西口:好きって言うだけですね。ただ純粋に映画っていうものが好きで、観て作って。わずか1時間や2時間で僕の人生が豊かになる。すごい贅沢な時間と言うか。映画って、とんでもないもんやと思ってます!

執筆者

デューイ松田