『死刑台のエレベーター』のフロランス、『アデルの恋の物語』のアデル.H、『ベティ・ブルー/愛と激情の日々』のベティ、『髪結いの亭主』のマチルド、そして『アデル、ブルーは熱い色』のアデル…フランス映画史に燦然と輝く、狂おしいまでの愛に魂を捧げた、美しくも勇気あるヒロイン像の系譜に、今、新たな一ページが加わった――それが本作『愛を綴る女』のガブリエルだ。
2006年に出版されたイタリア人作家、ミレーネ・アグスのベストセラー小説「祖母の手帖」(新潮社)の設定を、1950年代のフランス南部に移し替え、17年に及ぶひとりの女性の自由への希求と理想の愛のゆくえを、ストイックかつ官能的に見つめた注目の問題作である。昨年、第69回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、「闘いと狂おしいまでの愛への讃歌」(ELLE)、「情熱的な欲望の美しい旋律」(Le FIGARO)と称賛を浴び、フランスのアカデミー賞であるセザール賞では作品賞、監督賞をはじめ、主要8部門でノミネートされた究極のラヴストーリーが今秋、ついに日本公開となる。

Q: どのようにして、原作になった本を見つけたのですか。
ニコール・ガルシア: そのとき、私は空港にいたの。書店で友人が、絶対にこの本を読むべきだと言ったので、買うことにした。私はその本を持って飛行機に搭乗した。パリからマルセイユへの便だから、だいたい1時間か1時間半の空の旅ね。飛行機がマルセイユに着いたとき、すぐにプロデューサーに電話して映画化の権利が空いているか確認したわ。

Q: それはいつのことですか。
ニコール:少なくとも5年くらい前、その本が出版されたときね。脚色がとても難しくて、一度はあきらめて別の映画をやったけれど、何かが私の心の奥に残っている感じだったの。

Q:どうして脚色が難しかったのですか。
ニコール:本には、現実的な構成がなかったからよ。その本には、様々な時代がすべて混在している。小説は主人公の孫娘の視点で語られている。祖母は亡くなり、孫娘が祖母の人生を語る。本の最後のページで、物語が祖母の空想だったことがわかるの。でも、その点に私は興味が湧かなかった。それに私は、主人公がひとりの方がいいと思ったの。祖母は彼女自身を外に出さなければならなかった。彼女の狂気を外に、彼女の空想の世界を外に。原作は短い小説で、1時間の空の旅で読めるくらいだったけれど、私はその本のなかで語られている女性の物語に、すっかり引きつけられた。彼女の奔放さ、動物的なセックスアピール、情熱。ガブリエルはとても神秘的な人物なの。私は、人はみな男も女も欠けることなく相手のすべてを手に入れることを望んでいると思う。身体、性格、知的レベルといったすべてを。現代生活のなかでは、それらは相手に欠けているところを補うもので、絶対的なものではない。けれど、彼女にとっては、それが絶対的なものだった。どちらか一方を選べるものではなかったの。まっすぐな道が一本あっただけ。

Q:  マリオン・コティヤールは主人公のキャラクターを、芸術家みたいだと言っているが、その意見に賛成ですか。
ニコール:そのとおりね! ガブリエルは1950年代のとても抑圧的な社会で狂ったように見えたけど、今だってきっと同じだと思うわ。彼女は自分の欲望をあまりにはっきり表すから狂ったように見えるけど、彼女の狂気はとても創造的で、まるで芸術家のようなの。彼女は、自分の空想力によって救われたから。現実があまりに困難で、ガブリエルの運命が厳しく辛すぎるとき、彼女はそのなかに引きずり込まれることなく、空想力によって救われる。私が関心を持つのは、人間。男であれ女であれ、危険と隣合わせで正常と異常の境界にいる人たち。そんな人たちに、私は詩的なものを感じ、自分との共通点を感じるの。私たちはいつも、自分のなかのそんな部分を隠そうとしているのだと思うわ。

Q: 飛行機の上で初めてこの本を読んだとき、主役にすぐにマリオンが浮かんびましたか。
ニコール:ええ、すぐに。「この役に他に誰がありえる?」という質問への答えが、私には浮かばなかったの。マリオン・コティヤールはこの役に必要な神秘的雰囲気を備えていて、いっしょに仕事をすれば彼女にはフランス映画にはまれな官能的なところもあることがわかるはず。ラブシーンだけではなくて、ガブリエルはあらゆる場面で官能的なの。歩いているときや自分の部屋で本を読んでいるときもね。彼女の身体はいつもおしゃべりしているの。冒頭のシーンで、ガブリエルが川の水のなかに入り、スカートがめくれて水中で彼女の性器があらわになる。それこそ私が見せたかったことなの。クールベの描いた〝世界の起源〟ね。それが、この映画のテーマなの。

Q: この種の情熱につき動かされるキャラクターの物語、あなたにとって魅力的でしたか。
ニコール:それが、この物語のすべて。この本からほとばしるのは、そうした衝動であり、情熱なの。人生をただの人生じゃないものにしてくれる見知らぬ誰かを見つけたいという、葛藤や夢ね。この物語のためのお手本は何かって? 本や文学かしら。『嵐が丘』みたいな。でもね、たくさんの人が自分のなかに持っているのよ。必ずしも最優先のものじゃないとしても、人生で一度くらいは経験したいと思うのではないかしら。

Q: あなた自身女優として、俳優たちをどのように監督しましたか セットでは、たくさん準備しておくか、その場で自然にやるかどっちが好きですか。
ニコール:そうね、私は舞台出身だから、リハーサルについてはよくわかっているわ。舞台では稽古を繰り返すものだから。でも、映画で同じことを繰り返すのは好きじゃないの。マリオンの場合、ダルデン兄弟と仕事をしていたときは、5週間のリハーサルがあったそうね。私とは、事前にしたのは衣装と髪型の打ち合わせくらいだった。リハーサルは重要だけど、結局はセットでどうなるかが大事だから。たくさんの言葉はいらないの。私は、撮影のまえに場面を自分ひとりで準備する。とても長い時間をかけてね。すべて準備は整っている。俳優同士ならわかると思う。俳優は必ずしも会話をとおしてではなく、身体から伝わってくる感情だけで場面の感情をつかむわ。

Q: あの風景のなかで映画を撮影するのはどんなふうでしたか。 何時間も俳優たちといっしょに過ごしたのですか
ニコール:いいえ、私はすごく疲れていたの!(笑い)チームと俳優たちはいっしょにビールを飲みに行っていたけど、私は行かなかったわ。この映画はすごく疲れるものだったの。気楽なお楽しみじゃないわ。優雅な瞬間もあるけど、大変な日々もある。この映画には楽しいこともたくさんあった。私は、エクス=アン=プロヴァンスや地中海やアルプスの風景が気に入ったわ。私にとって、ガブリエルはこの映画の地形のようなものだった。彼女はラヴェンダー畑から、地中海から、そしてこの地球から生まれたの。

【プロフィール】
監督・脚本:ニコール・ガルシア
1946年4月22日、アルジェリア生まれ。パリのフランス国立高等演劇学校で演技を学び、『愛と哀しみのボレロ』(81)など多くの映画、舞台などで活躍。また映画監督としては『ヴァンドーム広場』(98)など8本の作品を制作している。

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