急死したミスコン女王・トリシャの願いはただ一つ ――。
それは葬儀までの七日間、日替わりセレブメイクをされて旅立つこと。

ミス・ゲイ・フィリピーナ、トリシャ・エチェバリアが急死した。家族から絶縁され、身寄りのない娘を育て上げ、ついにミスコン女王に輝いた末の突然の死だった。そんな彼女の遺言は、葬儀までの七日間の死化粧への注文!?
ビヨンセ、ケイティ・ペリー、アンジェリーナ・ジョリー、ジュリア・ロバーツ、レディ・ガガ。日替わりで海外セレブメイクをして逝きたいと語っていたトリシャ。しかし、家族は男の姿に戻して葬儀に出すと言って聞かない。心優しい仲間たちは、願いを叶えるためトリシャの遺体を盗み出すが、その死化粧が Facebook で注目を集めてしまったから、さあ大変!彼女は無事、ミスコン女王としてこの世を旅立てるのか!
愛を求め、裏切られ、差別と偏見に立ち向かい誇り高く生き抜いたトランスジェンダーの、波乱に満ちた一生を笑いと涙で描いた、拍手喝采の一代記が遂に日本公開!

――この映画を作ったきっかけを教えてください。

2013 年に NY で結婚式(※)を挙げた翌年、結婚 1 周年のパーティをした後の事でした。
フィリピン人のトランスジェンダー、ジェニファー・ロードさんが米海兵隊員に殺害されるという事件が報道されたのです。その裁判は 3 時間に渡って全国放送され、多くのフィリピン人が注目しましたが、米兵への判決は軽いものでした。
私が悲しかったのは、この事件後 SNS 等で「トランスジェンダーは殺されて当たり前だ」といった差別的な発言が多く見られたことです。ジェニファーさんのようなトランスジェンダーを含め、セクシャル・マイノリティでもみんな同じ一人の人間なんだということを伝えたいと思いました。
キリスト教の中でもカトリックの強い影響下にあるフィリピンでは、同性愛や性転換は罪になります。そのため、多くの人が「トランスジェンダーとは何か」をよく理解していなかったのです。そういった人々の理解を深めたいと思い、『ダイ・ビューティフル』を作ろうと思いました。

※ジュン・ロブレス・ラナ監督は、プロデューサーのペルシ・インタランさんと 2013 年に NY で結婚。
現在は孤児を引き取り二人で育てている。

――どのようにトリシャの波乱万丈な人生を構想したのですか?

孤児を引き取って育てたり、自分の望んだ姿で葬式をすることに親から反対されたりといった話は、実際にトランスジェンダーの人々に取材をして聞いた話を基にしています。トランスジェンダーであるトリシャは特別な存在ではなく、他の人と同じ一人の人間として表現したかったので、頭の中で考えたことより実話を基にした方が人間的に説得力をもたせられると思いました。
これは取材をして聞いた話ではありませんが、トリシャが嫌がる娘を無理やりミス・コン女王に育てようとして反発されるというのも、トリシャを普通の女性、普通の親として表現したかったために入れたシーンです。子供に自分の夢を託す親ってよくいますよね。世の中に完璧な母親はいないように、トリシャも完璧ではないことを伝えたかったのです。

――原案は悲しい実話なのに、明るく表現されていますよね。

シリアスな映画にしなかったのは、悲劇が起きた時こそ、ユーモアの精神が重要だと伝えたかったからです。フィリピンはよく台風や地震などの自然災害に遭います。そういった時でも、私たちはユーモアを持って明るく立ち向かうことで乗り越えてきました。ユーモアがないと悲しみに暮れるだけで、立ち向かうことはできないのです。そのため、トリシャも悲劇に打ちひしがれるのではなく、明るく笑いにかえて乗り越えていくという人物像になりました。

――“日替わりセレブメイク”の発想も実話に基づいているのですか?

これはオリジナルです。トリシャが日替わりセレブメイクを死化粧にしたいと遺言を残したのは、もちろんタイトルにあるように「美しく死ぬ」「死んでも美しくいたい」というミス・コン女王としての誇りでもありますが、実は父親との関係も深く関わっています。
持って生まれた身体に違和感を持っているトランスジェンダーのトリシャにとって、別の姿に「変身」することと、その姿を「認められる」ことは重要なことです。さらに、父親にカミングアウトした“トリシャ”としての自分を拒絶され、家を追い出されたという悲しい過去がトラウマとなって彼女の心の奥底にありました。「自分ではない別の誰かに変身すれば、父親に認めてもらえるかもしれない」。そんなトリシャの小さな願いが込められた遺言だったのです。

――トリシャが変身するのが「海外セレブ」なのも、理由があるのでしょうか?

フィリピンでは「美しい」ということが非常に重要視されます。本編でもミス・コンをテレビで生中継している場面があったと思いますが、フィリピンでは各地で頻繁にミス・コンが開催されていて注目度も関心も高く、美意識の高いフィリピン人にとって「美しさ」で認められるということはとても誇り高いことなのです。
そのため「美しい」と世界中の人達から認められている海外セレブに変身すれば、父親からも認めてもらえるのでは?美しいと思ってもらえるのでは?…そんなトリシャの切ない願望を、ユーモアを持って明るく表現したかったのです。

――1 週間もお通夜をするのはフィリピンではよくあることなのですか?

基本的には 4~5 日ですが、1 週間はよくあります。長くやればやるほど、ドネーション(日本で言う香典)がもらえて、そのお金で故人のお墓を作れるということで、貧しい家庭の方が通夜は長くなる傾向があります。場合によっては 2 週間近く通夜が続くこともあります。

――そんなに長くやって死体は腐らないのでしょうか?

ただ棺に入っているだけだと腐ってしまうので、薬品漬けにしてガラスケースの中に入れます。先ほど貧しい家ほど通夜を長く行うと話しましたが、当然お金がないと薬品などをきちんと揃えられません。年中暑い国ですし、腐敗臭がすることもありますよ。

――本編で「死体が溶けちゃう」って言っていましたが…。

あれはジョークです(笑)実際に言われるジョークなんですよ。フィリピンのお通夜は笑いに満ちていて、大抵みんなが泣くのは初日と最終日だけです。それ以外は、たくさんの食事をみんなで囲んで、わいわいとパーティみたいな雰囲気です。「亡くなった人を一人にしない」という風習があるので、親族や友人はそこで寝泊りしてずっと一緒にいます。
もう 1 つ、フィリピンのお通夜の特徴としてギャンブルもあります。カジノ以外でギャンブルをすることは法律で禁止されておりますが、お通夜をしている時だけは許されるので、親族でも友人でもない人がギャンブルをしに紛れ込んでいることもありますし、ギャンブルをしたいがために長く通夜をやることもあります。

――SNS などの反応を見て、本作公開以降社会の認識は変わったと思いますか?

とても変わったと思います。ジェニファー・ロード事件の時に差別的な発言をしていた人が、公開後はトランスジェンダーに対して理解ある発言をすることもありました。作品公開前はあまり世間でトランスジェンダーの話題が挙がることはありませんでしたが、公開後は誰もがトリシャのことを話していました。
また、トリシャを演じていたパオロが 2~3 ヶ月ほど前(2017 年 6 月 29 日現在)に男性と手を繋いでいる写真を自身の Instagram に載せ、“彼氏”がいることをカミングアウトしました。私も知らなかったので驚きましたが、この告白に対しても好意的な反応が多く見られたのも嬉しかったです。
隣国タイなどと比べカトリックの教えが根強く、性転換・同性愛への理解や制度化がなかなかされにくいという現状はありますが、この作品を多くの方に見てもらえたことにより、フィリピン社会の認識を変えるのに役立ったと実感しています。

――楽しいお話をありがとうございました。最後に一言お願いします。

処女作『In the Naval of the Sea』を福岡の映画祭で上映してもらいましたし、『ある理髪師の物語』でも東京国際映画祭でお世話になっていたので、そんな中ついに日本の劇場での上映が決まり、本当に嬉しいです。

*ジュン・ロブレス・ラナ*
フィリピン映画界の巨匠マリルー・ディアス=アバヤに師事。孤独なゲイ老人の日常と愛犬ブワカウとの交流を名優エディ・ガルシア主演で描いた処女作『ブワカウ』(12)は米アカデミー賞外国語映画賞のフィリピン代表作品にも選ばれ、続く『ある理髪師の物語』(13)ではフィリピン映画として初めてユージン・ドミンゴに第 26 回東京国際映画祭最優秀女優賞をもたらした名監督だ。本作でも苦難を前にした人間たちの逞しい人生讃歌を巧みな技術によって描き出し、最優秀男優賞に加えて観客賞の W 受賞をもたらした。

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