福島第一原発の事故を題材にしたキム・ギドク監督の『STOP』が、東京都内、名古屋、愛媛の上映に続き大阪・第七藝術劇場で公開中だ。人間の業を極限まで描く作風で韓国の映画界を代表する監督の一人として知られているキム・ギドク監督。ベルリン国際映画祭で最優秀監督賞(‘04)。ベネチア国際映画祭で特別監督賞(’04)、金獅子賞(‘12)といった評価を受けてきた。

そんなキム・ギドク監督が監督・撮影・照明・録音を全て一人で行う自主映画として撮り上げた本作『STOP』は、タブーに踏み込む描写の衝撃に世界の数々の映画祭で上映拒否されるなど物議を醸してきた。

上映困難を承知で作品を完成させたキム・ギドク監督の想いとは…?

プロデューサーであり、女優としても出演している合アレンさんにお話を伺った。

© 2017 by Allen Ai Film

 

――アレンさんとキムギドク監督の関わりはどのようにして始まったのでしょうか?

アレン:私が女優の活動を始めて1本目に出演した堀井彩監督の『スターチャイルド』という作品なんですけど、その打ち上げでゆうばり国際ファンタスティック映画祭の外川康弘さんが、「英語ができるなら海外に出た方がいいよ」って話をされていて、その言葉を真剣に捉えていました。

その後、外川さんと塩田時敏さんがプサン国際映画祭に連れて行ってくださって、その時にキム・ギドク監督とお会いしました。帰国後も映画業界について色々とやり取りがあって、その1年後に『STOP』を撮影しました。
監督は、2014年の4月ぐらいには、「原発事故が起こった時に書き始めていたシナリオがあるんだけれど、これを出すと批判がたくさん来るであろうテーマも含んでいる」と、迷ってらっしゃいました。韓国の映画界では大規模な映画しか上映しないような風潮になっていることへの対しての疑問を投げかける意味も含めて、自分の原点に戻って映画を撮りたいって言われて。

キム・ギドク監督は何度も来日して福島や千葉でロケーション場所を探しました。できるだけプロを使わずに、本当に自分が何もなかった頃の体制でやりたいって言う事で、誰にも言わずに俳優さんのキャスティングから小道具から、全部内密に進めていきました。

私が手伝ったのはキャスティングと小道具、俳優さんたちのスケジュールの調整といったことです。カメラや照明は全部キム・ギドク監督がやりました。

 

――何人ぐらいの体制で撮影されたんでしょうか。

アレン:正式にスタッフとしてクレジットされているのが私と安藤大佑さんの二人です。安藤さんはNHKで仕事があったので、その合間に徹夜から徹夜で来てくれて助監督を務めました。私はずっと現場につめていて、後は俳優さんたちにも衣装や自分で使う小道具を協力して持ってきてもらいました。

 

――キャストは何人ぐらいでしたか。

アレン:15人くらいです。待たせる時間が長くなったり色々ご迷惑かけたんですけど、みんな喜んで手伝ってくれて。

 

――撮影は何日ぐらいで行いましたか。

アレン:7日間です。 福島で撮りたかった場所に入れなくて、代案で考えていた千葉の地方で撮りました。後は東京と、一部福島です。

 

――脚本を読んでの感想はいかがでしたか?

アレン:キムギドク監督の映画の中で二つに分かれると聞いていて 社会派のテーマと物語をテーマにしたもの。『STOP』はどちらかと言うと社会の問題に対しての映画だなって思ったのと、あとはクッションがない、ドラマを入れるなど全くしてない感じですね。日本人が観たときに、悪い意味ではなくあの時のことを思い出してしまうだろうと。後々、監督から「忘れてはいけないからこそストレートに描いた」と聞いてからは、凄く理解できました。

 

――アレンさんが演じたのはどのような役ですか?

アレン:主人公夫婦の夫が福島で出会う廃屋に住み込む臨月の妊婦役です。私は名もなき被害者の役で、妊婦さんの被害者だけを表したのではなく、原発で被害を受けた人、怒りを抱えた人全ての象徴のイメージのようなキャラクターです。

 

――撮影はどのように進めていきましたか。

アレン:とにかくテンポが早いんです。大体ワンテイクが普通で。

――画は事前に完全に決められるている感じ? 

アレン:普通は香盤表とか色々あるんですけど、監督の頭の中に色々記録しているみたいで。次はこのシーンだけど陽が落ちたからこちらにするとか。頭の回転が早すぎて言われるままに付いて行くみたいな感じになってましたね(笑)。全く迷いがない感じで。

 

――撮影現場で受けた演出はどんなものでしたか?

アレン:簡単に“こうして欲しい”って事は言われますけど、概ねそれぞれの俳優さんに任せる感じでしたね。今回言葉の壁もあったんですけど、監督自身がまずやって見せることで伝わるものがありました。絵を描くように映画を撮る人だなと思いました。香盤表で何々があって脚本があってじゃなくて、シーン毎の絵を現場に行って照らし合わせて修正して、その通りに動かされてしまう私たち、といった感じがしました。やはり絵を描く方だからかな。

© 2017 by Allen Ai Film

 

――撮影の中で1番大変だった事は?プロデューサーとしてでも結構です。

アレン:初プロデュースで、俳優として長編で演技をするのもこれが3作目で、役作りをしながら脚本も見て道具も見て車の運転もして、その使った後の小道具も片付けをしてってやってる中で、自分が何をやってるのか分からなくなってきて。それは凄い大変だったんですけども、惨めな気持ちを作るというのが役作りの1つ課題だったので凄くマッチして(笑)。それ以上に、監督がずっと重い機材を背負って撮影していて、足を怪我されてたんです。普通の人なら歩ける状態じゃないのを見たときに、私の辛さはそんな大したもんじゃないなって思って。

 

――現場での監督はどんな様子でしたか。

© 2017 by Allen Ai Film

アレン:絶対怒らないです。スタッフがいない中でのゲリラ撮影だったので、俳優たちの方がプレッシャーでイライラすることがあるんですが、逆に監督の方が「大丈夫、大丈夫」って感じで。私たちの方がオロオロしてしまいましたね。経験の数が違うので、動じないし怒らないし安定していて。逆にどうしてこんな状況で笑っていられるのかわからない位、自分をコントロールできる方でしたね。

 

――『STOP』の公開については、どのようなビジョンを立てて臨まれたのでしょうか。

アレン:上映について難しくなるであろうということは、撮影前から分かってらっしゃったんですけど。映画祭や日本の劇場からの回答としては、監督が予想していたことが起こりました。その中でも扱ってくれる映画祭があって、日本だとゆうばり国際ファンタスティック映画祭が唯一、快く上映してくださって。北海道新聞でも取り上げていただけましたし。予想してた分、日本での公開も決まって今は順調に進んでいると言う気がしています。

 

――ゆうばり映画祭以外の海外の映画祭ではいかがでしたか。

アレン:『殺されたミンジュ』とセットで上映してくださった映画祭もありました。いくつか上映してくださった映画祭はあつたんですが、日本以外では韓国のプサン映画祭、サハリン映画祭、インドのケララ国際映画祭、その3つが特にピックアップしてくださいました。

 

――映画祭での観客の反応はどのようなものでしたか?

アレン:ケララ国際映画祭は、インドの国自体が原発問題に疑問を持っていないんですけども、キム・ギドク監督がとても愛されていて、1つの映画として楽しんでくれたみたいです。ただドラマのある監督の作品にを期待している方は“残念”という感想もありました。

プサン映画祭は前のセウル号のドキュメンタリーの上映問題があって懸念してたんですけども、上映が実現しておかげで桁の違う注目浴びました。反応はそれぞれですが、やっぱり韓国と日本は近いので原発の事故があったときに感じた不安を思い出したんだろうなと言う印象は受けました。

1番印象的だったのはサハリン映画祭です。ロシアはチェルノブイリの事故があったので、事故があった世代の人たちも結構来て下さって、上映後のトークでも、他の国とは違って事故を経験しているために具体的な質問が来て、真剣に応対した記憶があります。ロシアの人はすごく真摯に受け止めていましたね。特に主婦層の方は。その時の妊婦さんの家族の事とか具体的な質問が及んで、私も答えられないところがあったんですけど。

 

――日本ですとストレートすぎる表現に対して、批判的な反応があるんですけども、事故を経験して一定期間経っている国なので違っていたと言う事なんですね。

アレン:それは日本と同じでちょっとストレートすぎると思うと言う人もいたんですけども、年数が経っていて実際に奇形児が生まれたことなど経験してきた方たちなので、当たり前のように受け入れている方もいました。あと逆に、彼らにとってすでに経験したことだからこそ、逆に映画の中の作り話っぽくなってしまっているところに対して指摘がありました。厳しいですね(笑)。日本でもこれから年月が経って、様々な弊害が出てくると思うんですけど、その後にまた映画を観ると今の反応ともまた違うのかなと、そんなことを考えてサハリンでは良い経験をしました。

 

――最後に、これからご覧になる観客の皆さんに一言お願いします。

アレン:上映でまわる中でたくさんの方々の感想を頂きました。賛否両論がはっきりと分かれています。こうやって原発事故の問題、私達が抱えている気持ちが議論に上がること、考え続けること自体がとても大切だと感じます。

私もそうなんですが、どうしても日常生活の中、あの時感じた思いや、気をつけていたことを少しずつ忘れていってしまう、薄れていってしまう、たった六年しか経っていないのに。私自身、この映画を通してたくさんの人の言葉を身に受け、再度気をつけようと思わされることが多々あります。

この映画に込めた監督の想いは日本だけの問題ではない事故、世界で同じことが起きうるからこそ、1人の人間として、二度と同じことを繰り返さないでほしいという願いだと思います。

声なき被害者を想うからこそストレートな問題提議に挑戦したその根底にある優しさを、私は製作を通して見て聞いてきたので、その想いを伝えていきたいです。観に来てくださり応援くださっている皆様に心より感謝申し上げます。

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誤解を恐れずに言うならこれはキム・ギドク流のSFだ。衝撃的な台詞や展開にのみ捉われるとキム・ギドク監督のメッセージを見失ってしまう。パラレルワールドの『STOP』の中、夫婦の生活は続く。対極の世界に居るはずの我々が、今後何を選択して生きていくのかが問われている。

大阪・第七藝術劇場では7/22から、鹿児島・ガーデンズシネマでは8/9から上映予定となっている。

 

 

執筆者

デューイ松田

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