いちにちの終わりに、おいしい乾杯しませんか?

 北海道・空知。父親が残した葡萄の樹と小麦畑のそばで、兄のアオはワインをつくり、ひとまわり年の離れた弟のロクは小麦を育てている。アオは“黒いダイヤ”と呼ばれる葡萄ピノ・ノワールの醸造に励んでいるが、なかなか理想のワインはできない。そんなある日、キャンピングカーに乗ったひとりの旅人が、突然ふたりの目の前に現れた。エリカと名乗る不思議な輝きを放つ彼女は、アオとロクの静かな生活に、新しい風を吹き込んでいく・・・。

 主演は、北海道出身で映画・TVと大活躍中の大泉洋。共演に、デビュー後本格的な演技初挑戦となるシンガーソングライターの安藤裕子。そして、ヴェネチア国際映画祭で最優秀新人賞を受賞した若手実力派・染谷将太。監督は『しあわせのパン』を手がけ、同名小説も高く評価された三島有紀子。今回もオリジナル脚本を書き下ろし、オール北海道ロケに臨みました。




──歌手としてデビューされて以降、本格的な演技は初挑戦だったそうですが、久々のお芝居、映画の現場はいかがでしたか。完成した映画の感想とあわせてきかせてください。

本格的に演じるということが初めてだったので、正直、映画のことよりも自分が役者として映画の中に立つということの恥ずかしい気持ちでいっぱいでした。でも、映画を観ていくなかで感じたのは、すごく美しい世界が描かれているなということでした。

──本格的演技初挑戦というなかで、この作品に出ようと思った決め手は何だったのか、また作品の何に惹かれて挑戦してみようと思ったのでしょうか?

契機としては、自分のなかの変化があったんです。(東日本大)震災があった当時、私も家族をなくしたり、子供を宿したりいろんなことが重なって、生きて死んでいくということをすごく意識した時期だったんですね。そのときに、残された時間で何ができるだろう、やり残したことはないかなぁと考えるようになった。もともと映画は私の憧れでもあったし、やれることはとにかくやろう、と思えたんです。でも、それ以前の私──5年前、10年前の私だったらきっと引き受けていなかったかもしれないですね。けれど、残された時間をものすごく考えるようになったときに声をかけてもらったので、憧れの映画の世界に入れるチャンスとか喜びとか、そういうものが先に立ったんだと思います。あと、出演のお話をいただいて、三島さんの前作『しあわせのパン』を拝見したんです。すごくファンタジックで、いわゆる現実ドラマではないけれど、人間の感情がしっかり描かれていた。そんな(三島さんの描く)虚構のなかの人間だったら、自分も役者として飛び込めるかなと思ったんです。ファッションセンスのかわいらしさも女子として共感するものがありましたし。

──いいタイミングだったんですね。脚本やエリカというキャラクターについての感想も聞かせてください。

脚本を読む前は、不思議な旅人として登場するんだよと聞いていたので、驚いたんです。もっとカメオ的な出演だと思っていたので。私はもともとミュージシャンだし、そんなに演技をさせるつもりはないだろうなと思っていて(笑)。それが、脚本を読んで感じたエリカは、ちゃんと感情を持って映画の世界で生きていた。嬉しかったし、頑張らなくちゃ!って思いました。すごく象徴的な役でもあるので──大泉さんの演じるアオだったり、染谷くんの演じるロクだったり、彼らの人生に何か石を投げ入れる存在、分岐点を作る人間なんですね、エリカは。けれど、私自身は現場に馴染むのに精いっぱい。すべてが不慣れでした。エリカはアオという相手役がいるけれど、実は撮影の多くの時間は染谷さんや田口さん、前野さん、りりィさん、きたろうさん……(アオの周りの)世界を作る人間とすごく長く一緒にいました。その諸先輩方の心根が本当に豊かだったし、その世界を作っていたのは彼らの振るまいだったんじゃないかなって思います。

──エリカというキャラクターの役作りでこだわったこと、苦労したことはどんなことですか? 共感できるところなどはありましたか?

エリカは、大地に仁王立ちして、世界を見渡して凜としているような、ある意味、すごくサバサバしていて大ざっぱな女性。でも、意志が強くて男性のようなところもあるんです。私はけっこう(女だけど)女々しくて──昔から女性に憧れるというか、男性に共感できるというか、その共感のもとというのが男性の女々しさなんですよね(笑)。表現が難しいんだけれど……私の母は大きな声で笑って大きな声で泣くような人で、子供の頃からそんな母の女性が持つ感情に憧れていたんです。エリカはまさしくそういう強さと優しさを持っている人。なので、エリカを演じているあいだは自分もおおらかに生きていた気がします。

──共演者についても伺います。まずは、主人公アオ役の大泉洋さんと共演した感想を聞かせてください。

大泉さんは、スターですね。(大泉さんの出身地であり拠点である)北海道という撮影場所もあったと思うんですけど、キャストのみんなでご飯を食べに出かけると、道行く人たちがみんな「洋ちゃーん!」って声を掛けてくる。そういうスターって今の時代にはなかなかいないので、素晴らしい存在だなって。もちろん、役者さんとしても頭の回転は速いし、チャップリンのようなコメディの才能もあって。でも、一緒に撮影期間過ごしてみて思ったのは、実はすごく繊細な方で周りの人の動きをすごく見ていて傷つきやすくもあるんだなと。であるからこそ、アオという人間になれるんだと思いました。

──アオとエリカ、最初は反発しあいながら少しずつ惹かれあっていきますが、アオというキャラクターについてはどんな感想を持っていますか?

アオは、自分だけ傷ついているような顔をしていますよね(笑)。男性の女々しさが表に見えるようで、一方では寡黙なたたずまいを見せる。寡黙さは女性として気になる部分でもありました。気になるから見てしまう、見るから惹かれる、そうやってエリカもアオに惹かれていったんでしょうね。

──ロク役の染谷さんの印象も聞かせてください。

染谷くんは、まだ若いのに中身はおじいさんみたいですごく面白い人です(笑)。映画の世界も長いからいろいろと教えてくれるんです。撮影の合間に映画を観たり、楽しく過ごさせてもらいました。出会う前の染谷くんのイメージは、役者としてとても鮮烈というか役者然としている人だと思っていたので、今回のロクのような素朴でかわいらしい役柄が彼に合うのかなって疑問はあったんです。でも、実際にこの世界に入って、あの衣裳を着て、北海道の大地に立ってみると、すごくキュートなロクになっていた。本当に自然にロクになっていた。違和感なく。あんなにおじいさんみたいなのに(笑)、こんなかわいらしくなれるんだと驚かされました。

──物語の舞台となった北海道・空知地方は四季の景色が美しい素敵な場所でした。実際の葡萄畑やワイナリーで撮影されてみていかがでしたか?

すごく不思議な感覚でしたね。北海道の持つ、観光だけでははかりしれないものを感じていました。土地からもらう世界観や空気感というのもありました。

──その大地をエリカは黙々と掘り続けますね。

土を掘るのはね、すごく大変だったんですよ。(スコップや土は)重いし、だんだん深くなってくると穴のなかから外に土を放り投げるのが大変で、腕とか背筋が筋肉痛になるほど重労働でした。なので、土を掘る感動とかはなかったんですが、エリカとしては、土からもらうものがたくさんあったと思うんです。堀った地面に寝っ転がって丸くなって自然の音を聞くシーンがあるんですけど、それは大地だったり大地に流れる水の音だったりするんです。エリカが地球と友好していくような感じなんですよね。自分の私生活で土に顔をつけたり寝っ転がったりはしないけれど、エリカとして演技として寝っ転がったときにすごく気持ちよかった。ひんやりして気持ちよかった。ほんの一瞬、時間にしてみたらきっと数秒だったと思うけれど寝ちゃっていたんじゃないかっていう、それほどの安らぎがありました。

──そんな大地のなかでエリカが作るお料理、どれも本当においしそうでした。

実際にどれも美味しいんですよ。カットがかかるとワーッて食べてました(笑)。料理のシーンで大変だったのは、外での撮影だったので風が吹くと土ぼこりがまってお料理にかかってしまうことですね。でも、ただただ、美味しく食べていました。私自身も食べることが好きで料理もする、そこはエリカとの共通点。食べているときが生活の喜びの時間でもあるんです。それにしても、ほんとに美味しかった!

──そして、この映画の中心にあるワインも美味しそうに飲まれていましたが、安藤さんご自身はワインは好きですか? ワインの魅力はどんなところですか?

それが、残念ながら赤ワインを飲めなくて。白は飲むんですけど……でも、苦手意識で飲んでいないだけなのかもしれないですね。学生の頃に赤ワインを飲むたびにちょっとクラクラってなったことがあったので。この出演のお話をもらったときも「赤ワイン飲めないんですけど」って聞きました(笑)。でも、この撮影でワイン作りを知ったことで思ったのは、ワインって答えをみつけるまでに時間のかかるものなんだなということ。アオはすごく早急に答えを求めていたけれど、時間をかけるという意味では、エリカという存在の方がワインに似ている。エリカは長い時間をかけてアンモナイトを探していて、そのアンモナイト自体の何万年という時間を超えて何かを見ているんです。同じように、ワインもすごく時間がかかるもの、奇跡的なもの。アオがそこにたどりつくまでの時間がとても象徴的に描かれていると思います。

──最後に、安藤さん流の『ぶどうのなみだ』の鑑賞ポイントを聞かせてください。

私が思うこの映画の見どころは、美しい世界、美しい映像、そこが入口になっていくと思うんです。それは日常の自分が持ちえない何かだけれど、その夢のような世界に足を踏み入れることで、自分も浄化できるような気がするんですね。だから、その世界に浸ってほしい。はっきりした答えを求めるのではなく、その世界に浸って、何かを感じて、何かを得てもらえたら嬉しいです。

執筆者

Yasuhiro Togawa

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