いちにちの終わりに、おいしい乾杯しませんか?

 北海道・空知。父親が残した葡萄の樹と小麦畑のそばで、兄のアオはワインをつくり、ひとまわり年の離れた弟のロクは小麦を育てている。アオは“黒いダイヤ”と呼ばれる葡萄ピノ・ノワールの醸造に励んでいるが、なかなか理想のワインはできない。そんなある日、キャンピングカーに乗ったひとりの旅人が、突然ふたりの目の前に現れた。エリカと名乗る不思議な輝きを放つ彼女は、アオとロクの静かな生活に、新しい風を吹き込んでいく・・・。

 主演は、北海道出身で映画・TVと大活躍中の大泉洋。共演に、デビュー後本格的な演技初挑戦となるシンガーソングライターの安藤裕子。そして、ヴェネチア国際映画祭で最優秀新人賞を受賞した若手実力派・染谷将太。監督は『しあわせのパン』を手がけ、同名小説も高く評価された三島有紀子。今回もオリジナル脚本を書き下ろし、オール北海道ロケに臨みました。




──染谷さんにとって『ぶどうのなみだ』という映画はどんな映画になりましたか? 完成した映画を観た感想も含めて聞かせてください。

心が健やかになった気がしました。いったいここは何処なんだろう……という場所で描かれている人間ドラマはとても美しかったですし、とても魅力的な人間たちがスクリーンのなかを動き回る、登場人物たちが愛らしく見えてくる、演じていてすごく楽しかったです。そして、観終わるとワインを飲みたくなる、そんな映画でした。

──ワインは好きですか?

今回の撮影中にもワインを飲んだりして、ワインの見方が変わったというか、作る工程を見て、どういうふうな流れでワインは生まれて、どういう人たちがどういう思いをかけて作っているのかを垣間見ることができたので、見方が変わりました。もともとワインを飲むと酔っぱらうので、誰かがワインを頼むときに飲むという程度だったんですけど、撮影後はワインを飲む回数が増えましたね。撮影中もみんなでご飯に行ったり、洋さんに美味しいところに連れていってもらったりしました。

──ロクという役柄について伺います。どのようなキャラクターだととらえて演じていたのでしょうか?

アオにもロクにも言えることだと思うんですけど、純粋で寡黙な男2人、硬派な2人ですよね。ロクに関しては弟の優しさみたいなものが出せたらいいなとは思っていたんですけど、そういうのって出そうと思っても出せるものじゃないので、なるべく余計なことを考えずに兄と向かい合うことを意識していました。この兄弟は両親がすでにいない設定なので、ロクにすればアオしか頼る人間はいなくて。兄に優しくすることで、自分の居場所を見つけることもあると思ったんです。

──これまで見たことがない染谷さんの新たな表情が見られる役柄だったと思いますが、ご自身的にはどうですか?

最初にロクのオファーをいただいたときに洋さんの弟役だと聞いていて──あまりにも年齢が離れているので、(勝手に、もしかしたら)血がつながっていない役なのかなって思っていたんです(笑)。で、台本を読んでみたら、年齢設定とか細かいことは関係なく役に入り込めたので、いいなと。でも、世間的に“かわいらしい弟”的な感じの役が自分にくるというのは意外でした。あと、ロクは小麦を作っていますが、撮影のほとんどはアオの葡萄畑がメイン。毎日、葡萄畑に行って、あの土地の力を借りて映画を撮っていたので、毎日健やかな気分になれましたし、お芝居をさせてもらいやすい土地でしたね。

──そういう北海道の自然のなかでの撮影では、自然が優先になることもしばしばあったそうですね?

そうですね、多かったです。夕景だったり、その時間でしか見られない光であったり、その日のその時間にしか見られない色であったり、もちろんそれは人間がコントロールできるものではないので、そういう作り物ではない景色を映像として残す、しかもそのなかでお芝居ができるというのはとても素敵でした。自分はわりと何も考えずに現場にいるので、監督に呼ばれたら現場に行く、という感じでしたね。この景色で撮るぞ!って、監督とスタッフが判断して、その景色のなかカメラの前に立って見ると素直に感動するものがありますし、その景色を見ながら芝居をするというのは演じるうえで大きな力になりました。

──何も考えずに現場にいるというのは、染谷さんのいつもの現場の居方なんですか?

人間なのでまったく何も考えないというのは不可能ではありますけど、考えてしまうなかでもなるべく考えないようにしてやろうとしています。今回は特に、北海道の景色だったり、ぶどうもそうですけど、自然というのはとても素直じゃないですか。そういう素直に美しい場所で映画を撮っているので、人間が素直にならないとそのすべてを活かせないと思ったんです。何か考えてしまうにしても、素直に物事を考えて、感じたままにいたいと心がけていました。

──共演者のみなさんについて伺います。兄役の大泉洋さんとは初共演ですが、兄弟を演じた感想を聞かせてください。

とても気さくな方です。いい意味で気を遣わずにお兄さんとして接することができたのは、洋さんのおかげですね。とにかくエンターテイナーで、現場でもいつも人を笑わせて和ませてくれるんです。でも、洋さんのアオという役はけっこうストイックな役でもあるので、そういうシーンのときは何ていうか、目の色が変わるんですよね。たとえば、ふだん怒らない人が怒るとすごく恐いように、ガラッと変わるんです。そんな洋さんの演じるアオに刺激されて、自分もロクという役に自然に入っていくことができました。

──エリカ役の安藤裕子さんと共演した感想も聞かせてください。

一緒にお芝居をしていて、何が出てくるかわからないというか、どんな表情が出てくるのか予想できなかったですし、どんなことをし出すのかも読めなくて、それがとても面白かったです。裕子さんのふとした表情やしぐさにこちらがあっと驚いて応えると、それがキャッチボールになっていくんです。助けてもらってばかりでした。

──安藤さんにお話を伺ったときは、染谷さんのことをものすごくしっかりした俳優さんで……と話していました。

それは単に“若年寄”って言われていただけで、“しっかり”じゃないんです(笑)。

──そうなんですか? 大泉さんも自分より大人だから相談事してしまったと言っていました。

相談……ありましたね(笑)。部屋でワインを飲んでいるときに、この先の人生について相談されましたけど、洋さんに相談されても恐れ多くて何も言えなかったです。僕は、人が多いところでは黙っているタイプだったりするので、コイツに相談してもいいんじゃないかって勘違いしてしまう人もいるんですよね(笑)。

──三島有紀子監督との仕事についても聞かせてください。どんな監督ですか? 三島作品の魅力はどんなところだと思いますか?

三島監督とは今回が2回目だったんですけど、基本的には役者に託してくれる監督です。ただ、託し方が独特で。何も言わなくなるときもあれば、投げかけてきて託すこともあれば、質問しながら託すこともあれる。きっとそれぞれに理由があって、それは一回役者がお芝居をしてものを見て、そこから読み取って投げかけてきていると思うんですね。頭ごなしに決めつけることはなく、役者に寄り添う形で、役者本人の持つ魅力を引き出してくれる監督です。

──今回のロクは“かわいらしさ”というキーワードがあったんでしょうか?

かわいいというか、嫌みのない人間にしなければならないとは思いました。嫌われるような人ではぜったいないので、みんなに愛される役にしたいと。まあ、この映画に出てくる人はみんな愛される人ばかりですけど。みなさんがロクを愛してくれるからこそ“かわいい”たたずまいで現場にいられたんだと思います。

──本当に愛されるキャラクターでした。兄への反発もあるんでしょうが、ワインじゃなく牛乳を飲むっていうのもロクのかわいらしさのような気がします。

それはもう、監督の趣味でしょうね(笑)。「牛乳なんですね?」って聞いたら「そう! ロクは牛乳なんです!」って力強く言われたので、自分は牛乳を飲めないんですけどそれ以上は言えなくて(笑)。撮影のときは、飲むヨーグルトで代用しています。あと、ワインや牛乳だけじゃなく、劇中に出てくる食材は北海道の食材で作られていて、実際に映画に登場する料理も美味しかった。また、あの景色のなか食べるのがより美味しさが増すというか。我々は役者なので、役として美味しそうに食べているんですが、本当に美味しくて。素敵な人たちと美しい景色のなか、お腹も心も満腹にさせてもらいました。

──最後に、染谷さん流の『ぶどうのなみだ』の鑑賞ポイントを聞かせてください。

とても美しい土地で、とても愛らしい人間関係が描かれるんですが、かわいらしい部分もあり、ほっとする部分もあり、ざわつく部分もあり、さまざまな心の変動が描かれています。それに感動しつつ、景色にも感動して、おまけに食べ物も美味しいですし、観終わったらワインも飲みたくなりますし、本当に美しい欲望が詰まった映画です。現代人はだいたいみなさん疲れていると思うので(笑)、この映画を観て、癒されてほしいですね。

執筆者

Yasuhiro Togawa

関連作品

http://data.cinematopics.com/?p=51917