●韓国のプチョン国際ファンタスティック映画祭で出会った愛すべき映画が、ブルネイ発の『ヤスミン/Yasmine』!
 シラット大会のチャンピオンを目指す女子高生の成長を描いた、眩しくも甘酸っぱい青春シラット部活映画だ。
 シラットと言えばインドネシアの壮絶アクション映画『ザ・レイド』『ザ・レイド GOKUDO』があるが、『ヤスミン/Yasmine』はレイドシリーズとはまったく別のアプローチで武術としてのシラットの魅力を描く。

 ブルネイは東南アジアのボルネオ島北部に位置する三重県ほどの広さのイスラム教国で、黄金ドームの豪華絢爛なモスクで知られている。石油・天然ガスという天然資源に恵まれ、医療費と教育費は無料という。そんな豊かな国ブルネイだが、これまで映画産業が発達してこなかった。

 映画『ヤスミン/Yasmine』はブルネイ初の長編映画!初の女性監督!初のアクション映画!と初物尽くし!
CM制作を手掛けてきたブルネイ人のシチ・カマルディン監督が初メガホンを取り、ジャッキー・チェンのアクションチームで活躍してきたチャン・マンチン(『酔拳2』『ラッシュアワー』『レッドブロンクス』)がアクション監督を務め、インドネシアの人気映画脚本家サルマン・アリスト(『虹の兵士たち』『夢追いかけて』)がシチ監督の原案から良質のアクションドラマを書き上げた。

 
●上級中学校(15〜16歳が対象。日本の高校に当たる)を楽しんでいたブルネイ人のヤスミンは、中学時代の親友たちと別れて戒律の厳しい高等中学校(17〜18歳。大学予備課程に当たる)に入学することに。グレーのトゥドン(髪を覆うスカーフ)必須の校則に反抗して真っ赤なトゥドンを巻いて授業に乗り込んだり、自由奔放な発言でクラスからも浮きまくり。戒律で音楽ライブや飲酒が禁止されているブルネイだが、この辺の感覚は日本のヤンキー高校生とあまり変わらない。

 ヤスミン初恋の先輩がシラット選手の英雄として町にご帰還するが、よりによってヤスミンの元同級生で犬猿の仲である根性悪美人といい仲という、顔は良くても女性を見る目はゼロ。シラットの練習で2人のアツい姿を見せ付けられ爆発寸前のヤスミン。

 なんとか彼に近づこうと、シラット嫌いで厳格な父の目を盗んで自校の廃部寸前のシラットクラブに入部するが、部員はクラスメイトである100Kg越えの太っちょ女子と気合だけのへなちょこ男子とヤスミンの計3人。シラットクラブの顧問に教えを請うが自分達で学べと突き放される。
 
 果たしてヤスミンたちはシラット大会に出場できるのか!?(そこから???)そして先輩を巡る女の意地を賭けた闘いの行方は!?
 『ヤスミン/Yasmine』のコピーは“夢は闘う価値がある”。激しい足捌きの応戦で骨の軋みが伝わるような試合シーンはもちろん、ヤスミンが勝負に執着するあまりダースベイダーの如く暗黒面に落ちたり、シラットを拒否する父の苦い過去など丁寧な心理描写も魅力だ。闘いの末、ヤスミンが手に入れたものとは?

 天真爛漫でパワフルなシチ監督と、にこやかで物静かだが語りだすと熱くなって暴走を始めるマンチンさん。通訳の1人、キム・ヒョンジョンさんが、後で“2人のテンションに圧倒されて…”と吐露するほどの台風コンビのインタビューです!





















■『ヤスミン』は初めての赤ん坊のような作品!
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——ブルネイの映画産業の状況はどのようなものですか?ブルネイ初の映画を作ったきっかけは?

シチ●映画館で上映はしているけど、基本的にタイ、香港、ハリウッドの映画が中心。ブルネイの映画自体が少ないわね。映画といってもインターネットやYouTubeで流れる動画やテレビ用の映画があるくらい。芸術映画もないから今回初の映画と言われているのよ。
何故映画産業が発達してこなかったか、理由は私も良くはわからないんだけど。背景についてはもう少し考え直すべきね。
 ブルネイ初の商業映画を作ろうとか、初の女性監督になろうと思った訳ではないのよ。ある日思い付いて「作ってみよう!」って。

 配給元を探して香港のフィルムマーケットに参加したら“あなたはブルネイ初の監督ですよ”と言われて改めて自覚したの。
『ヤスミン』は8月にシンガポール、マレーシア、インドネシアで劇場公開をされる予定よ。セールスには慎重を期したいと思ってるわ。

——企画はどのように立てられましたか?シラットを題材にどんなテーマを描こうとしましたか?

シチ●シラットを題材に選んだのは私がシラットが好きだったから。シラットは、同じ言葉を使っているインドネシア、シンガポール、マレーシア、ブルネイが含まれるバハサマレイという言語圏の伝統的な武術なのよ。韓国のテコンドーと同じようなものね。
 シラットを題材にした映画『ザ・レイド』1・2があったけど、ギャングとSWATの戦いでバイオレンス描写に比重が置かれていたでしょう。今回は本当にシラットをメインにして、ヒロインの成長物語も描きたかったのよ。シラットは生き方にも繋がるから、そちらにフォーカスしたかった。
もちろん普段はアクション映画、ファンタスティック映画も大好きよ(笑)。でもこの映画は違う視点からアプローチして撮ったのよ。

シラットにはイルム・パディ(稲穂の教え)と呼ばれる、強くなるほど謙虚になるべしという基本思想がある。

——シチさんは実際シラットの経験がありますか?

シチ●日本でも学校で柔道をやると思うけど、シラットも基本的に学校で教わるのよ。私は上手くはないけど、舞踏のようで動きがキレイなの。

——マンチンさんにアクション監督のオファーをした経緯は?

シチ●マレーシアでインターネット用の歴史アクションムービー『Merong Mahawangsa』っていう作品があって、助監督として行ったらマンチンもアクション振り付け師として参加していたの。現場で意気投合して今回ブルネイで一緒に映画を撮ってみようってなったのよ。

——マンチンさんはブルネイで『ヤスミン』の制作に参加して、どんな現場でしたか?

マンチン●参加できてラッキーだったしとても楽しんだよ。ブルネイで初めての映画制作だと聞いて、歴史的挑戦になるから面白そうだと思って参加したんだ。
 今まで香港でジャッキー・チェンと仕事して来たやり方とは全く違っていたよ。監督と密に話し合いながら取り組めたのが良かった。香港ではたくさん映画が作られるから“ビジネス”という感じなんだけど、今回はチームが家族のようで全然違う雰囲気だった。中国、香港や他の国では映画はたくさん存在するけど、ブルネイは違う。日本で撮影した『マッスルヒート』も新鮮だったけど、例えるなら、初めての赤ん坊が出来たときと同じでエキサイティングな経験だったよ!。

——今までの作品でシラットを扱ったことはありますか?

マンチン●シラットはこれが初めてだった。空手、テコンドー、中国カンフー、太極拳、シラット、似てるように見えるかもしれないけど、まず最初のポーズが違うんだ。シラットと他の武術の違いは、パンチを立て続けに打つのではないところだね。一回パンチを繰り出すと態勢を整えてから次のパンチを繰り出す。ブンガという花を例えたポーズを途中途中に入れるんだけど、舞踏のような動きの綺麗なポーズ。テコンドーや空手のように闘いのための武術ではないんだ。

シチ●続けてパンチしようとするとストップ!ストップ!と審判が止めにはいるの(笑)

■アクションは『ヤスミン』流、撮影は香港スタイル!
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——撮影入る前と後で一番大変だったのは?

シチ●たくさんあったわよ!あり過ぎ(笑)。撮影に入る前に一番大変だったのはお金の問題ね。専門的なスタッフや機材が足りなくて手配で予算がかさんだわ。演出面では、私はこれまでコマーシャルの仕事をたくさん手掛けて来て、5秒、10秒の演出を上手くやればOKだったけど、映画はショットが長くなるから、楽しかったけどたくさんのチャレンジをしないといけなかったわ。

 あとは、スタッフを外部から迎え入れたら言葉がみんな違っていて、アクションチームは中国からでマンダリン語。香港組は広東語で大体分かる。インドネシア語もマレー語も問題ない。でも私、マンダリン語のスキルがほとんどゼロ!カメラマン、プロダクションデザイナーは英語。たくさんの言語が入り乱れてコミュニケーションが大変だったわね。最後はみんな友達になれたけど(笑)。

 特に大変だったのはアクションシーン。アクションシーンが多いんだけど、予算の問題で10日で仕上げないといけなかったのよ!

マンチン●これは香港スタイルだね!撮って撮って撮って!10日以内で納めないと聞いて途方に暮れた。とても大変だったよ(笑)。

シチ●アクションは香港スタイルではないけど撮影は香港スタイル!!!(一同爆笑)

■主演リアナ・ユース、ミシェル・ヨーをしのぐ女優になるか!?
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——主演の女優リアナ・ユースさん(LIYANA YUS)を演出してどうでしたか?

シチ●心臓が止まるようなことがあったのよ!リアナが頬にキックを喰らうシーンで、ヒットした音が余りに大きくてみんなびっくりして。反動でコンタクトレンズが飛んでしまうほどの衝撃で。それで数時間撮影を中止したんだけど、彼女は今回が初めての作品なのに毅然と対応したの。ビッグスターのようなポテンシャルだったわね。

マンチン●キックを喰らった日がよりにもよってアクション撮影の最終日だったんだ。それ以上撮影を伸ばすことが出来なくて、考えろ考えろ考えろどうしよう…ちきしょう!って頭を抱えたんだけど、彼女が僅か2時間で「目眩がするけどやります」って復活してきたんだ。この子は私の愛弟子!いいぞ!って惚れ込んでしまったよ。当時彼女は19歳で、アクションを学んでまだ1年だったんだ。
『マッスルヒート』のケイン・コスギもアクシデントがあってもやり続けた。いいアクション俳優だったよ。でも彼女はアクション映画が初めての女の子だ。それでも撮影を続けたんだ。アクションを恐れることなく。普通なら痛くて続けられないはずだけど、彼女は映画を完成させるには選択の余地がないことを分かっていたんだ。

——シチさんがリアナさんを選んだのは大正解だったんですね。最初はどこを評価して起用したんですか?

シチ●リアナの目がすごく気に入ったの。演技の経験が全くないのにも関わらず、目で語ることが出来ると感じて起用したのよ。

——この写真を見るとよくわかりますね。(パンフレットの試合のショットを指す)

シチ●その通り!強くて深い。ブルネイは演技を教える学校や教室はないから、まずは彼女に芝居を教えることから始めたの。彼女には才能があったわ。
驚くほど強靭な精神と体力の持ち主ね。あと、とんでもないフードモンスターでもあるの(笑)。すましてケーキを7個注文していたり。目を疑ったわ(笑)。ホント面白いくていい子(笑)。これからビッグスターになる逸材だと思うわ。

マンチン●『ポリスストーリー3』でミシェル・ヨーをトレーニングしたけど、リアナは小さなミシェル・ヨーのようだったね。目つきもそうだし行動も。作品に恵まれたら彼女のような大きなスターになれると思うよ。

——それは最高の誉め言葉ですね!

実はトレイラーで見るより、本編のヤスミンことリアナさんは驚愕するほどキュートだ。厳格な教えの元に愛情を受けて育った素地が感じられる屈託のない笑顔と自分の頭で考え行動するパワフルなヤスミンを見事に体現している。
シチさんが『ヤスミン』で雑誌の表紙を飾ったリアナさんのモデルフォトを見せてくれる。笑顔が眩しい高校生といった印象の映画とは全く違っていて、ゴージャスな美人モデルといった風格だ。二人が言うように様々なジャンルで今後の活躍が期待できそうだ。

■『ヤスミン』NIFFF2014にてベストアジアンフィルムアワード受賞!
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——お互い共同作業の感想は?(質問を聞くなり爆笑する二人)

シチ●常にケンカしてたわ(笑)。

マンチン●基本的にアクションシーンは時間が必要だけど、彼女は時間がないと言うし、よくケンカをしたね。ケンカが始まるとスタッフは思いっきり闘えということで席を外してくれて、最後はケンカを楽しむようなレベルにまで達したよ(笑)。『ヤスミン』という作品は我々スタッフからするとビジネスではなく自分たちの“心臓”。全ての情熱をそれに投じた作品なんだ。

——制作の中で一番喜びを感じた瞬間はありましたか?

シチ●色々あったけど、敢えて一つ選ぶとしたら、先週スイスのヌシャテル国際ファンタスティック映画祭(NIFFF2014/7月4日〜12日)に参加してベストアジアンフィルムアワードを受賞したことね。皆さんはブルネイの初の映画と言うけど、ブルネイ人だけでなく世界の人々が我々の作品を楽しんでくれるんだと確認出来て嬉しかったわ!

マンチン●リストをみるとダンテ・ラム監督『魔警』、韓国のウォン・シニョン監督作品『サスペクト 哀しき容疑者』など有名な監督の作品がたくさんあったのに『ヤスミン』が選ばれたのは最高に嬉しかったよ。

リストにはイコ・ウワイス監督『ザ・レイド GOKUDO』、井口昇監督『ライヴ』の名前も。

■映画の“アイドル”はET!ジャッキー・チェン!
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——昔のお2人について教えてください。子供の頃好きだった映画のタイトルは?

シチ●人生で一番!?ワオ(笑)

マンチン●自分の人生で一番の作品といえば『ヤスミン』!今までジャッキー・チェンや有名俳優と仕事してきたけど、有名な監督の作品群からトップに選ばれたのは意義深いと思うよ。ストーリーも評価されたと思うので、僕の人生でベストな作品じゃないかな。来週から始まるモントリオールのファンタジア国際映画祭でコンペに選ばれてるよ。

シチ●私のナンバー1?『ヤスミン』以外で?(笑)。アクションも好きだしギャングスターが出てくるような映画も好き。ただ笑わせるだけでなくて、パートパートに面白い要素が入っているコメディが好き。ドラマやマレーシアやアメリカの映画とか、いろんな映画を観て育ったけど、1番印象に残っているのは小さい時に観た『ET』だったわ。自転車に乗って空を飛ぶシーンで「監督になりたい!」と思ったの。監督の仕事がどんなものかもわからずに(笑)。
 マンチン、あなたの映画のアイドルは誰?

マンチン●マイ・ビッグ・ボスに決まっている(笑)。ジャッキーとはずっと一緒に作品を作って来たけど、印象に残っているのが『酔拳2』。『酔拳』とは違うやり方で演出してみようと、翌日にアイディアを持ち合うことになった。僕は元ブレイクダンサーだから、ブレイクダンスの動きを取り入れることにした。ダンスと武術は息の使い方やピッチが似ているからね。『酔拳2』の名場面はそれで誕生したんだ。彼はこれをやると決めつけるのではなく色んな余地を残すんだよ。僕はそんな彼を尊敬しているんだ。

——具体的にはどのシーンですか?

マンチン●アニタ・ムイがジャッキーに酒瓶を投げるシーン覚えてる?酒を飲んだ後のアクションだよ。

——ああっ!なる程(笑)!DVD観直してみます。

マンチン●ブレイクダンスの要素はエンディングのバトルでも観られるよ。

■どんな人の中にも“ヤスミン”精神がある!
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と、ここでもう1人の通訳、シドニー・チャンさんから時間がかなりオーバーしているとやんわりストップがかかる。

——それでは最後の質問です。映画『ヤスミン』がブルネイにもたらす未来についてどのように考えますか?観客にメッセージもお願いします。

シチ●ブルネイでも映画って作れるんだというのが認識されたはずなので、他の会社でもこれから映画を制作していくんじゃないかと思うの。実はシラットは、ブルネイでは今あまり人気がないんだけど、この作品を機に脚光を浴びて、子供たちが楽しむスポーツになることを望んでいるわ。
 ブルネイの映画はいつでも観れるわけでないので、機会は逃さず必ず観てください(笑)。どんな人の中にも、夢に挑戦して未来を切り開く“ヤスミン”の精神が必ずあると思うの。それを感じながら観てもらえると嬉しいわ。

マンチン●これからもブルネイで映画制作に参加したいから、ぜひこの『ヤスミン』を、ブルネイの映画を応援してください。もちろんジャッキー・チェンの映画もね!

一同大拍手でインタビュー終了!『ヤスミン』は現在のところ日本での公開は未定だが、東南アジアを席巻し、日本にも上陸することを期待したい。そして『ヤスミン』チームの今後のブルネイでの活躍にも注目したい。

執筆者

デューイ松田

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■プチョン国際ファンタスティック映画祭
■映画『ヤスミン/Yasmine』公式サイト