4/26から5/23の予定で京都・木屋町の立誠シネマプロジェクトにて、【手仕事のアニメーション】と題して短編アニメが上映されている。
 アニメーションは子供だけが観るものか?現実逃避の道具か?いや、動かないものが動いたり、現実にはない動きがもたらす価値観の転換が生み出す物語によって、時には実写以上に現実を映し出す作品に出会えるのもアニメーションの醍醐味だ。

 稲葉卓也監督の『ゴールデンタイム』の主役は、かつては時代の花形であり家庭内の主役だったが廃品置き場に捨てられた家具調テレビ。中綿が飛び出したぜんまい仕掛けのネコ、穴の開いたバケツ、座れないイス、風が出ない扇風機といった個性的な廃品の面々に囲まれる生活に、現実を受け入れられないテレビは廃品置き場からひたすら脱出を図る。
 自分らしさって何?自分の存在意義って何?稲葉卓也監督の体験や感じた事をモチーフに制作された『ゴールデンタイム』は、今を模索しながら生きるあなた自身の物語でもある。

 【手仕事のアニメーション】のラインナップは、昔ながらの動画やコマ撮りの人形アニメーションの手法と現在のデジタル技術の幸せな融合によって生み出された珠玉の作品が3本。
「ALWAYS三丁目の夕日」で知られる映像プロダクションROBOT製作・NHK BSキャラななみちゃんを手掛けた稲葉卓也監督の『ゴールデンタイム』。
 同じくROBOT制作・米アカデミー賞を受賞した加藤久仁生監督の『つみきのいえ』。 
 『STAND BY ME ドラえもん』『もののけ島のナキ』で知られる国内トップクラスのCGやVFX技術を誇る白組制作・アンマサコ監督の『タップ君』。
 立誠シネマのロビースペースでは稲葉監督の個展「ボクの錬金時間(ゴールデンタイム)」も同時開催中!
 上映初日の4/26にトークを行った稲葉監督にお話を伺った。
















 三重県出身の稲葉卓也監督。子供の頃は藤子不二雄A先生の『まんが道』が好きで漫画家になりたかった。双子の兄と漫画を描いて雑誌を作り友達に見せていたという。
 その後、デザイナーを目指して京都精華大学のグラフィックデザイン科に入学。在学中の夏休みに東京で映像プロダクションROBOTの野村辰寿さんの元、背景の色塗りのアルバイトする機会を得た。そこでアメリカのブラザーズ・クエイ、チェコのヤン・シュヴァンクマイエル、イギリスのニック・パークの『ウォレスとグルミット』、ロシアのユーリ・ノルシュテイン、他日本の作家の作品を観てアニメーションの面白さにはまった。
 卒業後、アニメーションを作りたいという思いを抱えながら、学生時代の延長でジャズ喫茶と看板屋さんのアルバイトを続けた稲葉監督。 ジャズ喫茶で知り合った東映太秦のカメラマンの方が、アニメーションを作りたくても機材がなかった稲葉監督に16ミリのカメラを貸してくれたことで念願のアニメーション制作を開始。
 その後上京し、映像プロダクションのROBOTに入社した。

 普段はCMやテレビ番組のアニメーション制作を行っている稲葉監督。『ゴールデンタイム』は加藤久仁生監督『つみきのいえ』に続くROBOT制作の作品として稲葉監督が脚本、キャラクターデザイン、アニメーションを手掛けた。
 時代遅れの家具調TVと廃品たちが織り成す作品中に登場する、ある1枚のモノクロ写真が目を引く。そこに写った光景は、作品のある場面が実際にあったものだと物語っている。

——稲葉監督はお若いので写真を観てストーリーを思いつかれたのかなと。実際にご実家の光景だったんですね。

稲葉:子供の頃、僕の家では朝ニワトリ小屋から卵を取ってくるのか僕と兄の仕事だったんです。ニワトリの卵を頂くとほんのり暖かかいんです。生き物の命を頂く感覚が凄くあったんですが、今そういう豊かな体験が現在の子供たちはなかなか出会えないように感じていて。
本当の豊かとは何だろうと考えると、物質に満ちた豊かさもあると思うし、その恩恵にも預かって来たけど、“誰かと繋がっていること”じゃないかと。貧乏でも、離れ離れでもいいし。一瞬でも通いあったなという実感があれば。大丈夫じゃないかなと。

——作品の中で言えばテレビとネコの関係だったりということですね。

稲葉:そうですね。結構真面目に考えてるんですけど(笑)。

当初は稲葉監督が仕事の合間にひとりで制作し、半年間で3分間しか出来なかったという。これをパイロット版とし、文化庁の文化芸術振興費補助金の助成を得たことで2、30人のチームで制作にあたり『ゴールデンタイム』が完成した。
動画は昔ながらのアニメの制作方法をとられ、鉛筆で描いた絵をスキャンし、PCに取り込んでPhotoshopで線を太くして、木や錆びたブリキのテクスチャを貼った。回想シーンの水彩タッチは原画をそのままスキャンし、懐かしさ漂うシーンを再現した。

 『ゴールデンタイム』はソウル国際カートゥーン&アニメーション映画祭にて「観客賞」「アジアの光賞」を受賞。その他数々の国際映画祭においてノミネートと、海外でも高い評価を受けている。

——キャラクターについてお聞きしますが、主人公である家具調テレビは“ゲバゲバおじさん”のような雰囲気がありますね。
テレビも家具調の古い型なので、そういう時代を表現するために似た感じにされたのかなと。

稲葉:よく言われるんですけどその意図はなくて、悲劇だけど喜劇性を出したかったんです。チャップリンがヒットラーに扮してしたり。威張ってるけど滑稽に見えるようなところを狙いました。

——テレビが犬のように走り回るのはどういうところから発想されましたか?

稲葉:この人たちが切実に生きている感じがしないと話の説得力もなくなっちゃうんで。そこはまるで生きているような動きを考えていて。物が生き物のように動くのはアニメーションの古典。この形だからこういう動きになるとか、一つ“なるほどな”があるとユーモアがあると思うんです。

——劇中、ショッキングなシーンがありますが、実体験でそういう挫折があったんでしょうか。

稲葉:いつか凄いものを見せられるはずだと思っていても僕の中にあるものって何にもないかもしれないと思ったんです。でも何もないなら、ないなりに何か出来るということを描きたかったんです。
【TOKYO MNINA!-BOOT UP-】に参加して、学生や若い子たちはすでに自分のスタイルを持ってるんですね。僕は作家性も芸術性も革新的なアニメーションの技術もないし。空っぽかもしれないなと思ったこともあったので。

——そこまで突き詰めて考えられた時期があったんですね。

稲葉:最初は自分のオリジナリティを一所懸命探していて、誰も手付かずの部分を探すのがオリジナルを探すと勘違いしていたんです。
37歳になって思うのは、オリジナリティは自分の外側にはなくて、内側にあるってことです。ちっぽけな物しかないかもしれないけど自分の感じてること、思い出、コンプレックスを元にして作る。キャラクターをわかりやすく。ネコのキャラクターも一杯ありますよね。セオリー通りの演出やストーリーはピクサーもディズニーも散々やって来たけど、自分の中にあるものをネタにすれば絶対オリジナルなものが出来る。年齢的にも勝負しないといけないタイミングだったんで、もしこれが誰も面白くないと思われたら作家をやめようと決めていました。
散々やり尽くされたことをやって、やって、その方がむしろ逆にオリジナルがたつんじゃないかなと思って。

——確信を持てたのは何か出来事がありましたか?

稲葉:仕事ではイラストレーターさんの絵を演出することもあるし、自分で描くこともあるし。オーダーによって様々なタッチで描いてきました。勉強になった部分もあったけど、自分でも迷って。自分はこういう絵です、自分はこういう者です。というものを作りたいなと思っていて。それは散々迷ったから思えたっていうのはあるかもしれません。

——『ゴールデンタイム』は最初観たときはリタイアした人のお話として観たんですね。そこは意外に監督さんの実体験というか思うところだったというのが意外でしたが、そう思うと今の自分にも当てはまる物語です。
これが自分の核だと思っているものが否定された時に次の生き方を探せるというのが、希望のあるお話だと思いました。

稲葉:説教くさくも、暗くも、文明批判にもしたくなかったんです。自分の恥ずかしい、だれにも知られたくない部分をエンターテイメントにして見て頂こうと思いました。どういう趣味かなと思う(笑)。

——エンターテインメントというところで、子供がみても、大人がみても楽しめると思うんです
トークで脚本を仕上げるときに色々研究したと仰っていましたが、ピクサー作品の面白さの謎は解けましたか。

稲葉:3幕構成と言う基本のシナリオ構成で書かれていて、シェイクスピアの頃の戯曲の構成からそうなんです。日本でいうと起承転結があるけど、最初の起と結が一幕と三幕、承と転が二幕という置き換えができて。
お話の骨格は基本の形があると分かってそれで書いています。
今回はきちっと基本通りやりました。今度からはもう少し発展したり、解体したりできるかなと。そういうのを短い作品でトライしたいなと。

——最初にアニメーションにはまったとき、具体的にはアニメーションの何に惹かれましたか?

稲葉:絵が動くことのドキドキ感。アニメーションは命が宿ると言いますが、描かれた絵が動いて、実写や日常見ている景色じゃないものが立ち上がって来て、特別な濃密な瞬間がアニメーションの中にあるような気がして。自分もそれを再現できるようになりたいと思いました。

——この作品を作って、稲葉監督自身が変わったところや発見したところはありますか?

稲葉:僕はこういうアニメーションが観たかったんだなと自分で分かりました。客観的に。自分はこういうことでしか作れないなと分かったし、自分のアニメーションの入り口に立てたようで、これが出来たらもう一歩行けるという感じ。

動きの魅力を存分に発揮したアニメーションから、今回立誠シネマのロビーでも販売されている絵本『ゴールデンタイム さよならテレビくん』への展開も。

稲葉:絵本は絵本でまた難しくて。

——どういうところですか?

稲葉:ページとページの間を考えてもらうということですね。長谷川義史さんにアニメーションをお見せして文章書いて頂きました。それを元に改めて絵を描きました。長谷川さんは映像にある部分をカットして提案してくださったことで絵本の形になりました。

——次の作品は進行していますか?

稲葉:次の絵本に向けて企画を始めているのと細かいアイデアはありますが、自分の中の企画段階。具体的にいつというのはないですね。
最近作ったのは、ピタゴラスイッチの音楽などで知られる栗コーダーカルテットさんのPV『黄金虫』。『ゴールデンタイム』の続編というかスピンオフみたいなものです。YouTubeで観られますよ。

——後ほど拝見しますね!最後に観客の皆さんに一言お願いします。

稲葉:立誠小学校は閉校になった校舎をもう一度人が集まるスペースにしようというプロジェクトで、古いものが新しい姿で現在にあるというものです。『ゴールデンタイム』のテーマとも通じるので、ぜひこの場所で観てもらうとまた特別意味があるかなと思います。今回は、『ゴールデンタイム』だけじゃなく『つみきのいえ』も『タップ君』も手仕事にこだわったアニメーションを揃えました。この場所なら味わい深く楽しんでいただけると思います。

執筆者

デューイ松田

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