台湾の<日本語世代>を呼ばれる老人たちの人生に寄り添う、感涙のドキュメンタリー。
東日本大震災の際、200億円を超える義援金が台湾から寄せられたこともあり、関心と親しみの想いが高まっている台湾ですが、日本と台湾の歴史はあまり知られていないと思います。
その日本と台湾の絆の原点には、この映画に登場される<日本語世代>の方々の存在があると言えます。
監督は、『台湾人生』『空を拓く』の酒井充子監督。
ぜひ多くの方に、日本統治を経て、第二次世界大戦、白色テロという時代のうねりに奔走され、いま人生の晩年を迎えている<日本語世代>の方々の生の声に耳を傾けていただきたいです。








Q:前作『台湾人生』に続き、今作『台湾アイデンティティー』でも台湾の日本語世代の人たちに焦点を当てたドキュメンタリー映画を監督されましたが、どのようなきっかけで日本語世代への取材を始められたのですか?

酒井充子監督(以下監督):15年ほど前に初めて台湾を訪れたときに、台湾人のおじいちゃんに日本語で話しかけられました。その方は子供の頃、日本人の先生にすごくかわいがってもらったらしく、「とても感謝している。また会いたい。」とおっしゃったんです。何十年も経っているのに、日本人に対してそういった気持ちを持ってくれていることにとても驚いて、そこから台湾という国にとても興味を抱き始めました。

Q:『台湾アイデンティティー』はどのようなコンセプトで撮られたのでしょうか?

監督:今作は「日本統治時代を体験された方々が、戦後をどのように生きてきたのか?」というコンセプトで作りました。ほとんどの日本人が、戦後の台湾の歴史について知らないと思うんです。東日本大震災の際に台湾から200億円を超える義援金が寄せられたことや、今年行われたWBC日台戦後のエピソードなど、台湾への関心は凄く高まっていると思います。そういう今だからこそ、台湾という国ともっと向き合うべきではないかと感じていて、日本と台湾の絆の原点である日本統治時代を生きた人たちの生の声を聞いてほしいのです。

Q:今回の取材で一番大変だったことは何ですか?

監督:張幹男さんに出演の承諾を頂くのは本当に大変でしたね。張さんとは数年前にお会いしていたんですけど、「僕は出演しません」という感じで断られ続けたんです。でも、何度も一緒にお酒を飲み交わしていくうちに、いつの間にか出演の許可を得ることに成功したんです。理由は分かりませんが、張さんが私たちに心を開いてくれたのかもしれません。

Q:取材をするなかで、二二八事件や白色テロのことについては自由に語ることが出来ないという雰囲気は感じましたか?

監督:戒厳令が解除されたのが1987年で、取材を始めた2000年頃は、「これからの台湾がどういうふうに変わっていくか分からないから」と言って、語ろうとしない方々もいらっしゃいましたが、今作の取材のなかではそういったことはありませんでした。

Q:台湾と韓国では日本統治時代に対する評価がかなり違うと思いますが、監督はどのように感じますか?

監督:韓国は李氏王朝の時代に日本が植民地化を進め、戦後再び自分たちの国を取り戻しました。一方、台湾は清の領土だった頃には島全体が統治されていたわけではなく、日本が統治を開始してから未開拓地を開発し、国家としての体裁を整えました。そして、戦後は蒋介石の独裁政治が続きました。この全く違った歴史の流れによって、日本統治に対する評価が違うのだと思います。
台湾には「ひどい目にあった戦後に比べれば日本統治時代のほうがよかった」と語る人たちもいます。でも、「日本統治時代がよかった」とは言っていません。そこは、日本人がはき違えてはいけない部分だと思います。

Q:日本統治や二二八事件などについて「過去に起きた悪いことは忘れよう」と考える人もいれば、今作に登場する張幹男さんのように「責任を取るべき人がいたはずだ」と語る人もいるわけですが、監督はどのように思われますか?

監督:どんな事件にしても真実を明らかにすることこそが、本当の意味で責任を取るということに繋がるのではないでしょうか。でも、本作で張さんが言っている“責任を負うべき人たち”とは、当時の台湾人のことを言っているんだと思います。張さんとしては「その時に自分たち台湾人が何とかできたんじゃないか?」という思いなんです。他国を責めるわけではなく、中華民国国民党による統治を許してしまった責任は自分たち台湾人にあると考えているんだと思います。

Q:最後に、これから映画を観る方々へのメッセージをお願いします。

監督:自分たちが台湾について全然知らなかったということに気付いてほしいです。若い人たちには、日本語世代の人たちの気持ちはなかなか伝わらないかもしれませんが、中国や韓国と比較したり、なんとなく親日の国というイメージだけで台湾を見るのではなく、日本語世代の人たちが今も台湾にいるということや、日台の間に起こった様々な事件や歴史を知ったうえで、今の台湾に目を向けてほしいですね。

執筆者

Yasuhiro Togawa

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