ホラーを遥かに超えた恐怖と戦慄で、全世界に空前のセンセーションを巻き起こし、噂が噂を、評判が評判を呼び、各国で伝説のカルト・ムービーと化している<映画史上最大の問題作>にして、映画が到達した最狂の悪夢がついに日本解禁!

 「スクリームフェスタ2009」グランプリをはじめ、「オースティン・ファンタステイック映画祭」審査員賞、主演男優賞など、世界各国のファンタスティック映画祭を席巻し、大絶賛されたこの映画の製作・監督・脚本を手掛けたのはオランダのトム・シックス。彼はオランダをはじめ世界各国で大人気となったリアリティ番組「BIG BROTHER」のディレクターとしてキャリアをスタートさせ、その後、妹のイローナ・シックスとともに映画製作会社シックス・エンタテイメントを設立。「GAY」(03)、「Honeyz」(06)、「I Love Dries」(07)など、斬新なアイディアの話題作を次々に放っているオランダ映画界の鬼才監督だ。撮影はトム・シックスの監督作すべてを担当している名コンビ、グーフ・デ・コニン。リアルでショッキングな特殊メイク効果シーンの数々は『ネコのミヌース』(01)、『マインドハンター』(04)のロブ・ヒレンブリンクが担当。

“ムカデ人間”の先頭部として、関西弁も饒舌にハイター博士と壮絶な死闘を演じる日本人カツローを演じるのは北村昭博。彼は人気テレビ・シリーズ「ヒーローズ」にも出演しているハリウッドで活躍中の日本人俳優で、監督としても知られている。2010年の「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」で本作が上映されてから、およそ1年4ヶ月。いよいよ待望の日本公開が決定した北村に現在の心境を聞いてみた。




ーー2010年のゆうばり国際ファンタスティック映画祭で上映された『ムカデ人間』ですが、ようやく日本での公開が決定しましたね。

「あれからずいぶん長かったですよね。本当に日本で公開されるのかな、とも、もうダメかもしれないなとも思っていたんで、公開が決まったときは泣いてしまいましたね。やはり日本人に観てもらいたいという気持ちが強かったんで。ゆうばりでも、観客にめちゃくちゃ受けていましたからね。これは日本で公開したら、絶対にすごいことになるという確信はありました。だから今は公開が楽しみですよ」

ーーアメリカでは相当な評判を集めています。

「ゆうばりの後に、アメリカでは5月に公開されて、まさかここまで評判を呼ぶとは思わなかったんですよね。『ムカデ人間』のファンがいろいろなグッズを作ってくれたんですよ。ゲームだったり、パロディポルノだったり」

ーーそのパロディポルノは、どんな作品なんですか?

「僕もまだ観ていないんですけど、どうやら日本人役の僕みたいなのが出てくるらしいですよ。アジア人のポルノ俳優が演じているらしいんですが。『ムカデ人間』はアメリカのポップカルチャーに浸透していて、たとえば「エミー賞」や「サタデー・ナイト・ライブ」で『ムカデ人間』のジョークを喋ったり、それこそ『サウスパーク』のシーズン15の第1話が『ムカデ人間』のまるごとパロディーだったんですよ。ホラー映画の枠を越えて、知名度が上がったというのが嬉しかったし、自分では想像もしていなかったですね」

ーーアイディアはもちろん面白いんですが、映画としても完成度が高いですよね。

「そうなんですよ。こういう題材なのに、美しく撮っているんで、僕もびっくりしました。とことんグロく作ることだって出来るわけじゃないですか。でもそうでなくて、想像に任せるというか。イマジネーションを働かせる方が怖いですよね。トム・シックス監督の才能が現れていて、ぼくもすごく勉強になりました」

ーーよくこんなアイディアを思いついたなと感心しました。

「ムカデ人間が最初に完成して、ハイター博士が喜ぶシーンがありましたよね。あの撮影のとき、カメラマンのアシスタントの人があれを観て、ショックで号泣しちゃったんですよ。どういう映画かを知らされていなかったらしくて、人間にこんなことをするなんてひどいと」

ーーなるほど。

「もうフォーカスを合わせることも出来ないくらいで。それでいて監督の方は、『ビューティフル』というように、ハイター博士みたいな(恍惚の)表情をしている。その対照的なリアクションを観た瞬間に、すごい映画を撮っているなと思いました」

ーートム監督ってリアルハイター博士なんですか?

「そういう面もあると思います(笑)。でも彼はいつもニコニコしていて、いい人なんですよ。いつも白いスーツを着ていて、白い帽子をかぶって。ネガティブなところが全くない。映画を作るのが楽しいというか。こういう映画を撮る人って、気難しくて、いきなりブチキレる、みたいなイメージがあるじゃないですか。もちろん彼は天才監督なんですけど、天才と変態は紙一重ということで(笑)。トム・シックスという名前も、本人は本名だと言い張ってるんですけど、違うかもしれないですし。面白い人ですよ」

ーー役作りとしてはどのような感じで進めたんですか?

「ホラー映画の被害者って泣く演技がほとんどじゃないですか。僕の役も最初の設定は50代のサラリーマンだったんです。でもそれだと面白くないなと思って。恐怖だけでなくて、怒りだったり、悲しみだったり、絶望だったり、いろんなエモーションを見せた方が面白いと思ったんです」

ーーなるほど。

「ちょうどそのときに、youtubeで亀田兄弟のお父さんが、やくみつるさんと対決している映像を観て、昼の番組なのに、『おい!』とか『しばくぞ!』とか叫んでいて。これは面白いと。こういう日本人像って海外の映画にはなかったなと。ヨーロッパにこういう日本人が来たら面白いんじゃないかなと思って」

ーートム監督のリアクションはどうでしたか?

「トム監督は日本映画が好きなんですよね。とにかく日本映画を愛してくれている人なんで、何を言ってもオッケーが出る感じだったんですよ。興奮しながら『オー! グレイト!』って(笑)。
 トム監督はものすごい強いビジョンを持っている人なのに、役者に自由を与えてくれるというか、役者を信頼してくれるんです。脚本も、せりふがまったく書かれていなくて、結構役者に任せてくれるんですよ」

ーーあのキャラクターは北村さんのアイディアだったんですね。

「だから逆に裏切れないなと思いましたね。信頼してもらってる分だけ、ちゃんとしなきゃいけないなと思って。だからセリフをちゃんと考えましたね。やはり日本人に観てもらいたいというのが強かったんで。
 それとコメディーの演技をするんではなくて、真剣な演技から生まれてくるユーモアを大切にしたいなとは思いましたね」

ーー確かに必死さの中から生まれるユーモアが面白かったです。

「ゆうばりで上映したときに、みんながドカドカ笑ってくれたんですよ。トム監督が『最初から最後まであんなに笑ってくれて、日本人はすごい。お前が日本語でセリフを言うたびにみんなが笑ってくれて嬉しかった。お前と一緒にやって良かった』って言ってくれたんです。ステージの上ではみんなでムカデになりましたからね。ゆうばりでの上映は、それくらい高揚感がありました」

ーートム監督にとってもゆうばりでの上映は印象深かったみたいですね。

「ゆうばりで一緒に飲んだときも、(審査員として来場していた)石橋凌さんに向かって『オーディション』を観たと興奮するような人なんです。トム監督は三池崇史監督もすごく好きですからね。トム監督にとって、ゆうばりは本当にいい経験だったらしくて、今でも会ったときには、『ゆうばりはすごく良かったよね』、という話になるんです」

ーーこれだけ『ムカデ人間』が話題だと続編も気になるところですが。

「2は、とりあえず完成して、夏にはアメリカで公開されます。僕が現時点で言えるのは、12人がつながるということと、想像を絶する展開になる、ということだけです。

ーー3部作になるという話も聞きましたが。

「1を撮ったときは、続編を作るなんて話はなかったような気がするんですが(笑)。『スター・ウォーズ』じゃないですけど、『ムカデ人間』サーガになっていますよ。3は2よりもっとヤバいらしくて。あとは3部作とは別にアメリカでも撮るらしいんで、それも楽しみですね」


ーーアメリカで注目を集める北村さんですが、そもそもアメリカに行こうと思った理由は何だったんでしょうか?

「今でこそ日本映画って盛り上がってますけど、ぼくが高校生くらいのときって、日本映画が盛り上がっていないときだったんですよ。そんなときにアメリカ旅行に行って、すごく自由な雰囲気に触れたんです。ハリウッド映画も好きだったし、ここで勉強してみたいなと思って、母に相談したところ、じゃハリウッドに行きなさいって言ってくれたんです」

ーー北村さんのお母さんって面白いですね。

「そうですね。高知では進学校に通っていたんで、留学するなんてありえない状況だったんですけど、母が先生を説得してくれたんで、アメリカに留学することが出来たんです」

ーーそれでアメリカ行きが決まったと。

「ただし母は僕がお調子者だと知っていたんです。だからロスとかに行くと、日本人の友だちがすぐに出来て、日本語しかしゃべらないようになるから、田舎に行きなさいと言われて。それで最初にノースキャロライナの、アジア人もいないような田舎で1年半くらい映画を勉強したんですよ。それからロスに行ったのがアメリカで活動するきっかけですね」

ーーじゃそこで下地を固めたという。

「インディペンデントで、2本ばかり脚本・監督・主演の長編映画を撮ったりしていましたね。それから演劇学校にも行きました。最初は監督として演技を勉強するために、行ったんですけど、だんだんはまってきちゃって。知らないうちに5年間くらいそこで勉強しちゃって。だから20代はいろんな下積みをさせてもらいました」

ーーノースキャロライナに行ったのは、今から考えると賢明な選択でしたよね。

「やはり英語というか、コミュニケーションが重要ですからね。人とのつながりがなかったらこういう映画にも出られなかったと思うし。人生って何が起きるか分からないですね。ゆうばりに来たのも、いいつながりになりましたから」

ーーお母さんもゆうばりで『ムカデ人間』をご覧になったとか。

「実は『ムカデ人間』の脚本が送られてきたときから、母は面白そうじゃんと応援してくれていたんです。だから、ゆうばりで『ムカデ人間』を観て、すごく絶賛してくれたときに、親孝行が出来たなと思って。僕としても、母とゆうばりに行けたのはすごくいい経験になりましたね」

ーー北村さんの今後の予定は?

「まだはっきりと決まっていないんですが、もしかしたら、アメリカ映画に出るかもしれません。それと、日本の才能と一緒に仕事をしてみたいですね。スシタイフーンさんのように、世界を舞台にする日本映画、才能と一緒に組んでみたいという気持ちがすごく強いです。オランダ人が作った映画で、ここまで世界に配給されて、アメリカでこんなに人気が出るような映画が作れるんだから。日本人だって絶対に作れるんだと思うんですよね。それでまた、絶対にゆうばりに戻ってきたいと思っているんです」

執筆者

壬生智裕

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