92年度の「このミステリーがすごい!」第1位、第9回日本冒険協会大賞を受賞したベストセラー小説「行きずりの街」を完全映画化。主演は俳優生活25周年を迎えた仲村トオルが務めます。共演には、小西真奈美、南沢奈央、窪塚洋介という実力派俳優陣が顔を揃えています。
5月13日DVDレンタル・21日DVD発売される『行きずりの街』阪本順治監督に話を聞きました。

$red ——この原作に挑戦しようと思ったのは? $

「プロデューサーからのオファーです。原作はサスペンスでもありアクションものでもありましたが、今回映画化に際しては男と女の純愛物語に絞ってやってみようかと思いました。」

$red ——仲村トオルさんは、もっとかっこいいことができるのに、ああいう落ちぶれた感じの役もすごく渋いです。起用を決めたときに、どう考えていたのでしょうか? $

「仲村トオルさん演じる波多野は学校の先生でありながら、人としては何か欠落したものもあって。駄目な人間をいかにチャーミングに見せるかっていうところと、俳優に対する信頼度であったり、逆にそのダメさ加減を彼がやればかわいらしいと思ってもらえるんじゃないかなと。いわゆる彼の誠実さみたいなところが起用を決めた理由ですね。」

$red ——登場人物たちに、表情や表面には出てこない、裏の部分を秘めているなと感じましたが… $

「主人公の二人が12年間、関係自体閉ざされていたけども、実は、お互いぽっかり空いた穴を埋めてくれるのは、彼しかいない、彼女しかいないと思っていたと思うんです。彼(もしくは、彼女)と会ってしまったときに、自分の中にある言葉とは真反対のことを言ってしまい、思ってもいないことを口走ってしまうっていう。特に雅子(小西真奈美)がそうだと思います。素直になれない二人がいて、話していることと感情の裏腹みたいなものをやりたいと思いました。」


——キャストについて、監督の希望はありましたか?

「意外と佐藤江梨子ちゃんは僕の希望ですけどね。窪塚洋介くんも、丸山昇一さん(『行きずりの街』脚本)が当て書きしたって言ってたし。僕も(窪塚くんと一緒に仕事をすることが)初めてなんですけど、彼なりにいい意味で抜けた感じがしました。フットワークなんかも自然体で良かった。」

——キャスト陣から、今までに観たことのないような演技を感じました。

「みんなそうなんですよ。違うことを考えながら、一応、目の前にある作ったような言葉で話しているので、その辺をおもしろがってもらうしかないかなと。いつも言うんですけど、小説っていうのは、登場人物たちのこころの声を書き記せるじゃないですか。延々と。何ページにも渡って、何を思ったのかみたいなことをずっと書き連ねることができる。映画の場合は短いワンショットの中にいろいろなことをつめ込まないといけないので、そういう意味では話している時も大事だし、沈黙しているときも饒舌に思わせなきゃいけないし、言葉を放っても表情はまったく逆の表情をしていたほうがいいときもある。ある種のわかりやすさって意味での整理をしない方がいいっていう。」

——画の部分になるんですけど、役者の表情が面白かったです。その辺も細かく指導があったのですか?

「あれは指導というか、いちいち言わないのですが、クランクインの前に役者さんと会って、僕が思った登場人物の成り立ちとか環境とか、どういう感情の基に動くのか、レジュメを書いてそれを基に話をするんです。ほとんどの映画はその人の人生の途中から始まるので、台本には書いてない以前の話を考えて、(俳優と)共通の考えもった上でクランクインしています。セリフの部分で自分のこころから生まれた正直な言葉なのか、真反対の言葉なのか、そういう判断は俳優さんもできますから。それ以外に僕がやりたかったのは、10年ぶりに訪ねてきた波多野(仲村トオル)に会った雅子(小西真奈美)がカウンターに入るシーンです。たかが4歩か5歩ですけども、スローモーションにして、その中で、こういう感情をみせてくれっていう思いを込めました。スローモーションですけど、撮ってるときは、たった4歩なんです。その中にこういうこころの声を詰めてくれとお願いしました。それ以外に、波多野(仲村トオル)がタクシーを拾うとこなど、この時の感情はこうではないかなど、セリフのないところは、僕なりのこころの言葉を考えて、演出しました。」

——今までずっと恋愛ものを撮らなかったですよね。それは敢えて撮りたくはなかったというか、撮りたくても取れなかったのでしょうか。

「昔は、偉そうにこう、恋愛なんか撮るもんじゃなくするもんだよなんて言っていて、そのぐらい苦手意識っていうのはあるんです。ベッドシーンとかね。だから、自分発の企画では避けて通ってたんですよ、照れもあって。お題が与えられたから、よしやってみようと思って、挑戦しました。って、そんな大層なものなのかわかんないですけど。」

——今回、女性がよかったです。

「そうですか。自分のつたない経験を思い出し、なんとか(笑)。以前桐野夏生さん原作の『魂萌え!』という映画で、中年女性たちのやりとりについて、(桐野夏生さんから)原作を換骨奪胎してもらってもいいけど、男にとって都合のいい女だけは描かないでくれって言われたんです。男から見てチャーミングだけでは、(女性の)観客が違和感を感じるんじゃないかと。」

——今回を機に、もっと撮ってみようという野望のようなものはありますか?

「今回、何をどこまでできたか、実はよくわかってないんですけど。まぁ、巡りあわせがあれば、当然やってみたいですね。逆に今時の若い子の恋愛はわかんないかもしれないですけどね。」

——次のクランクインは終わってるんですよね。

「東映の『大鹿村騒動記』、7月16日公開の予定です。」

——監督の中での映画作りに関しては、作品が生まれるまでのアイディアの見つけ方ってありますか?

「やっぱ自分がやりたいことを見つけるのって一番大変だと思うんです。例えば、ノートをつくって、面白いことを思いついたら書いて、10ページものメモを書いても一本の映画には成熟しきれないんです。新聞の読者欄から刺激を受けて書いたものとかもあれば、テレビのドキュメンタリーをきっかけに思いついた話とかもあったりするんですけど、それが自分のやりたいことなのかとか考えてしまって・・・。
2時間の物語を構築することも、僕にとっては時間がかかる作業です。だけど、じっとしてていいのかっていうと、チャンスがあれば現場にいて映画監督っていう立場の自分を経験していかないと、駄目になると思うんです。だから、お仕事を頂いて、脚本なり原作なりに興味が持てれば、やってみようと思うんです。でも、一番大事にしてるのは、自分に声を掛けてくれたプロデューサーを信用できるかってことなんです。たとえば、予算がたくさんありますよとか、これ売れてる原作ですよとかと言われても、企画を持ってきた人に対して、この人と心中できるのかと疑問に思うことがあれば、『すいません』とお断りすることもあるんです。プロデューサーっていう存在は、一緒に責任をとってもらうということでも大事だと思います。だから黒澤さん(『行きずりの街』の制作)は僕がただの映画ファンだった頃から憧れの人だし、お会いしても信頼できる方だったので、正直黒澤さんからのオファーだと、中身がどうあれ、絶対に前向きに考えることができました。」

——これを観終わったときに、阪本監督でハードボイルド的なアクションものが観たいと思いました。

「どうなんですかね。山根貞男さんがいうところの「活劇」みたいな、人が動くさまや活動するさまが映画の魅力として昇華していくっていうのは相当な技術がいると思うんです。そのためには、それを担ってくれる役者っていうのもが大事になってきますけど、ただドンパチとかアクションが強いだけだと興味がないんです。そこになにか色っぽいものを感じたり、鉄砲撃ってる演技より、向こうから撃たれて倒れる演技をする
時に色気を放つ役者がいて、初めて活劇って成り立つと思うんですよ。だれでも撃ってるさまは形を整えればできると思うんです。」

——監督の中でジャンル的に撮ってみたいジャンルっていうのがあるんですか。

「撮ってみたいジャンルはあるんですけど、それはどっちかっていうと社会的な話なんです。ちょっと、経済にまつわる話とかやってみたいなって思ってます。それは企画として進行中なんですが、ジャンルとしてはあまりこだわってはいません。SFとかもやってみたいし。ただ、ホラーはやらないです。自分が観るの怖いもんね(笑)」

——最後に、メッセージをお願いします。

「人を想い続ければ、後悔や失敗があってもいつか回復できるってことですかね。それは男女間の関係だけじゃなくて。あとは、ストーリーとしてのスリルだけじゃなくて、男と女の関係のスリルを楽しんでほしいですね。」

執筆者

Yasuhiro Togawa

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