2010年最大の話題作『ヘヴンズ ストーリー』を巡るいくつかの予備知識。
上映時間は4時間38分。日本全国に衝撃を与えた光市母子殺害事件をモチーフにしている。監督は、瀬々敬久さん。ピンク映画のフィールドで実際の事件を題材にした映画を撮り続ける傍ら、「映画にボーダーはない」と言い切り、堂々たるアイドル映画も撮りきる稀有な監督。主要キャストは20人。大ベテランシンガーの山崎ハコさんが出演している。

12/21の発表によると、第25回高崎映画祭では最優秀作品賞、主演男優賞・長谷川朝晴さん、助演女優賞・山崎ハコさん、新人女優賞・寉岡萌希さんと四冠を達成。全国で順次公開中の今、まだまだその動向から目が離せない。12/4、大阪・十三の第七芸術劇場に舞台挨拶で来場した瀬々監督と山崎ハコさんにお話を伺った。





■大人に絶望は…してないよ!(爆笑)
——『ヘヴンズ ストーリー』は、上映時間4時間38分=“登場人物たちの10年間”を描いた大作ですが、何故“10年間”だったんでしょうか。

瀬々:1990年年代と2000年代では時代が大きく変わりましたよね。1990年代は世紀末って言われていて、ノストラダムスの大予言を信じる人がいたり、震災、オウム事件といった暗いニュースが多くて、「死」とは「生」とはってことを考えて映画を作っていたんですが、2000年になって、急に明るい展望になりました。
コンピュータ問題がクローズアップされたり、過去のことがなくなったみたいに次の時代に移り変わってしまった。その後、再び成長神話が崩れて、不況の中2006年にこの企画が出来ました。まだアメリカのサブプライム・ローンが騒がれる前で、リーマンショックが起こってない、ふわーっとした感覚の頃。
自分たちが生きて来たこの10年を考え直してみようと思い始めたんですよ。

——本編を拝見して、子供には希望を託しているのに反して、大人には絶望しているように思えました。大人にはもう託すものがないとお考えでしょうか。

瀬々:絶望はしてないんだけど。絶望してるのかなあ(爆笑)。人間って心中でない限り、誰かと一緒に死ぬことはないですよね。生きてる時も孤独だと思うんですけど、孤独な魂が引き合う瞬間。そこで初めて、共に生きて行くことで結びついたり、ある感情を共有する。そういう瞬間を描きたいといつも思っています。絶望や負の部分から出発するにしても、それがそのまま終わらないということです。

——景色の中に人がいることに拘っていらっしゃるのを感じますが、それは何故ですか。

瀬々:実際にある場所、今回で言うと鉱山や団地に役者が放り込まれると、そこには作りものじゃない、かつて人が住んでいたって感覚がある訳です。その感覚が役者や僕たちスタッフに与える影響が、ものを作る上で大事なファクターなんです。その化学反応を撮りたい。ものを作るということは、考えることと同じ。何かを見つけようとものを作っているから、景色って僕にとって重要なんです。
でも景色だけが大事なのではなくて、風景と関わる人が“そこにいたんだ”ってことが重要なんです。

——瀬々監督の映画ではいつも子供の姿がリアルで、今回は特に黄色い帽子をかぶったハルキ(栗原駿士さん)が印象的でした。子供をありがちな可愛らしい存在としてではなく、一人の人間として見せる演出はどうされているんでしょうか。

瀬々:そこ?(爆笑)ベタな話をすると、普通は子供は○○ちゃんと呼ぶんでしょうけど、僕は絶対〇〇さん。大人扱い。キャスティングする時に、テクニックがある器用な子は落としていきます。今回ハルキをやった子は演技をするのが初めての子です。子供って、訳分かんないようでいて、大人とは違うものだけど個性や考えがちゃんとあるから大事にしようと思っています。事前にたくさん練習をして、練習になりゃしないんだけど(笑)。こういう役をやってくれって指示するんじゃなくて、勝手にやってる面白いことをなるべく拾って当てはめていく。なるべく等身大に近く、芝居芝居しないようにしています。今回なら、「変なおじさんできる」っていうから「ちょっとやってみろよ」とか(笑)。

■歌でも映画でも、ハコさんの後ろには風景や人生が見える
——瀬々監督がハコさんの大ファンで恭子役をオファーされたそうですね。ハコさんは本格的な映画出演が初めてとのことですが、いかがでしたか。

山崎:元々映画が好きで、これまで音楽や主題歌をさせていただくことはありました。外から映画に関わるだけでも幸せだったんです。最初は自信がなかったんですけど、監督には最初から「演技しようとか、どう表現しようとか考えないでください」って言われて。それで物凄く楽になったのですよ。「いてくれて、恭子のままで思えばいい」って。それで素直に自然に恭子でいられましたね。その中で病気も進んで行くんですが、自然に変わっていくことが出来ましたよ。1年ありましたからね。

——歌と映画の表現の違いは感じられましたか。

山崎:そこは何もしなくて良いということでしたから。知人も普段のハコさんがいるって言ってくれましたね。

瀬々:でも歌の時は場面を作りますよね。自分が指揮者というかホールの場面を作らなきゃならない。

山崎:歌の世界を作るってことは、それがハコの歌い方なんです。映像で歌を作るので、私の歌は景色なんですよ。その表現として曲があり、言葉がある。よく、詩が先ですか曲ですかなんて聞かれますが、景色を目指すだけなんです。

瀬々:ハコさんの歌を聴いていると、歌っているハコさんの後ろに背景が見えてくるんですよ。風景とか人生とか。それはハコさんの稀有な才能だと思う。生まれついてのものか、今まで培ってきたものか。映画の中でも同じように感じました。
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■恭子とミツオの間に恋愛感情はあったか
——ハコさんの役は、若年性アルツハイマーを発症した孤独な人形作家です。理由なき殺人を犯したミツオ(忍成修吾さん)の「これから生まれてくる人間にも僕のことを覚えていて欲しい」という言葉をきっかけに、不思議な関係ができます。
劇中、百鬼どんどろさんの公演を観る恭子の姿がありますが、演目が非常に官能的でした。
そこから連想するのは、恭子とミツオの関係に精神的な意味も含めて男と女の部分というのはあったんでしょうか。それとも家族だったんでしょうか。

瀬々:最初は、養子じゃなくて結婚にしようかというプランもあったくらいで。当然男と女ですから、年齢は離れていても肉体的な関係はなくても、精神的なものとして、僕の中では「ある」と措定はしてました。ただ、そういう風に演じてくれとは言わなかった。二人がいるだけで、そういう風に見えて来るのであれば、それでいいなと思ったくらいで。

山崎:特に恭子は人形一筋で、恋愛や人付き合いをもっと上手くやっていたら独りじゃなかったと思うんです。面会でミツオの顔を見て声を聞いて、「ああ!」と思ったんでしょうね。自分がもうダメになるのは分かっているから、“自分と同じような事を考える人に残りの人生を託せるんだったら”と思う訳で。それまでは遠慮してるんですが、会ったことで心が動いたんでしょうね。

——海辺で女医と話すシーンでは、「無くして困る記憶」を探しても見つからないと笑うシーンがありましたね。

瀬々:「なーんにも」って言うところですね(笑)。

山崎:あれ、勝手に笑ったんですよ(笑)しぜーんになっただけです。

瀬々:僕はただやってくれって言っただけです。

——あの笑顔で人となりが伝わってくるいいシーンだったと思います。

山崎:ありがとうございます。きゃーっ(笑)。

■死があるから輝かしい瞬間がある
——この時、女医が「自分が死んだ後もこの世界が続く」ことに対する不安を語るセリフが印象的だったんですけど、『トーキョー×エロティカ』では瀬々監督の書かれた脚本で「生まれる前の時間と死んだ後の時間とどちらが長いと思う?」っていう問いかけがありました。「死」に対する不安を映画の主題として拘るのはどうしてでしょう。

瀬々:自分にとって最大の恐怖は死ぬことなんです。死の恐怖をどうやって乗り越えるのか。映画じゃなくても個人的な人生のテーマですよね。みんなそうだとは思うんですが、普段の日常の中で、突然明日死ぬって恐怖を持って生き続けることはできない訳であって、いつか死ぬことを忘れて生きる。でもいつかはやって来る。永遠の謎、命題です。それを自分の中で解決したいという思いはいつもあります。「死」の恐怖を乗り越えられるのは「生」の輝かしい瞬間があるから。だから「生」を描きたい。映画ということだけでなく広い意味、人生の中でのテーマですよ。

——その命題は今回で撮り切ったということではなく、また次回作で追求されますか。

瀬々:難しいなぁ。次何を撮るかっていうと(爆笑)。難しいなぁ。映画を撮ることは仕事であるし、映画を作ることで人と関わっています。映画がなければ人と共同作業することもないでしょうね。題材以前に、映画を一生続けて行こうと思っています。

■『ヘヴンズ ストーリー』は大切な宝です
——ハコさんは、また映画のオファーがあれば出演されますか。

山崎:それはその時になってみないと(笑)。今回話があったのもちゃんと歌を歌っていたハコがいたからかなぁと。改めて逆に山崎ハコを大事に、36年目も突っ走って行きたいです。映画って、歌い手の中で一番好きだぞって、冗談のように思っていたんですけど、更に好きになって止めようがないくらい。『ヘブンズ ストーリー』という一番のお気に入りの宝が出来たので、ずっと抱いています。

——ちなみにどんな映画がお好きなんですか。

山崎:何でも観ますよ!田舎で映画館に行けなかったので。この話があってからは、全ての出演者が出ている作品をチェックしました(笑)。

瀬々:(爆笑)

山崎:瀬々監督の作品もたくさん観てますよ!(笑)

●公開日程
12月4日から第七藝術劇場、
順次京都シネマ、神戸アートビレッジセンター にて公開

執筆者

デューイ松田

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