昭和41年6月30日未明、静岡県清水市で味噌製造会社専務の自宅が放火され、一家4人が殺害されるという事件が起きた。静岡県警は従業員で元プロボクサーの袴田巌を容疑者として逮捕。犯行をかたくなに否認していた巌だが、拘留期限3日前になって一転、自白。熊本典道は主任判事としてこの袴田事件を担当することになった。しかし、巌は裁判で犯行を全面否認。典道も長時間にわたる取調べや警察の捜査に疑問を抱き始める。乏しい物証、強制の疑いがある自白。そして犯行後1年もたったときにいきなり現れた謎の新証拠……。困難を極めた裁判は、裁判官の合議の結果、1対2で死刑判決が確定。典道は巌の無罪を確信しながらも、死刑の判決文を書かなければいけなくなる……。

人を裁くということは、同時に自分を裁くことなのだろうか? 本作は、苦悩する裁判官の姿を通じて、人を裁くことの困難さと命の尊さを描くヒューマンドラマだ。2009年5月21日、一般国民が審判を下す裁判員制度が導入された今だからこそ、このテーマが深く胸に突き刺さるはずだ。

苦悩する判事、熊本典道を演じるのは、萩原聖人。高橋伴明監督とは、『光の雨』以来の顔合わせとなる。そして無罪を訴えるボクサー、袴田巌に新井浩文。その他、葉月里緒奈、村野武範、石橋凌といった豪華な共演陣が、この企画に共鳴して参加することになった。

今回は、この袴田事件を基にした骨太な世界観を持つ映画のメガホンをとった高橋伴明監督にお話を伺った。




−−この袴田事件を映画化しようと思った経緯は?

「共同脚本の夏井(辰徳)くんというのが、『獅子王たちの最后』でも組んだことがあったんですが、袴田事件のことを準備してると言うんですよね。ドキュメンタリーみたいな事件の流れを書いたものが出来ていたんで、読ませてもらったんです。今までの自分の映画の作り方として、犯罪者側の立場から描いていたけれども、裁判官からの目線から物語を構築できるのは面白いかなと思って。それに正直言うと、僕は裁判員制度というものにちょっと否定的なんですよ。時代は違うけれど、そういうところに触れていけばいけるかな、というのがきっかけであり、モチベーションですね。

−−劇中で萩原さん演じる熊本裁判官が「裁判官は自分も裁かれなきゃいけないんです」と話すシーンがありました。あれは映画全体のテーマだとも言えると思いますが、あのシーンに込めた思いは?

「それは裁判員制度の否定ということですよ。人は間違う、ということですね」

−−冤罪事件といえば、足利事件なども話題になりました。

「これは後から吹いてきた風でね。企画が動き始めてから、ああいうことになって。妙なタイミングでそういう動きになってますよね。もちろん足利事件は知ってたけれど、こんなことになるなんて予想もしてなかったからビックリしました」

−−オープニングはモノクロ映像で、墨塗り教科書や天皇の玉音放送などが映し出されますが、これは袴田氏が生きてきた時代背景を映し出しているということですよね。

「これは昭和の話だろうと思ったんですよ。平成の世になっても解決していない事件なんだけれども、冤罪と言われてる部分では、昭和を抜きにしてこの事件はなかったと思う。時代のせいにしてはいけないかもしれないけど、昭和だからこそ、ああいう自白も引き出せただろうし、ああいう判決にも至っただろうと思う。もしあれが平成に起こった事件だったら、ちゃんと解決してますよ」

−−劇中に流れる童謡の「かごめかごめ」が印象的でした。

「あの曲の解釈にはいろいろな説があるんだけれども、その中の一つに捕まった人間、という意味もあるんですよ。古い時代は籠の中に入れられていたということでね。「いついつ出やる」というのは、いつ出られるのかというね。もともとは違っていたんだけど、子供たちがああいう風に歌詞を変えていったんですよ。そのイメージとあの歌は合うなと思ったんです」

−−今回、素晴らしいキャストが揃いましたね。全員が狂気を感じさせるような人たちで。

「渋めの人たちがきたでしょ」

−−萩原聖人さんは『光の雨』(2001)以来ですよね。

「彼の真面目な部分が出ればいいなと思ってね。何といっても彼はせりふ覚えがいいんですよ。長まわしの難しいのもきっちりとやりきったからね」

−−新井浩文さんは初タッグですか?

「そうですね。あいつは何もしないでいる時の狂気感と、アクションを起こす時の、犯人だなと思わせる雰囲気があると思ったから、一度やってみたかったんですよ」

−−石橋凌さんもいいですよね。

「昔、『迅雷 組長の身代金』(1996)という映画を一緒にやったんですけど、そのときに、結構考えてくる役者だなと思ってたんです。今回もそれを期待して、それなりに考えてくるだろうと思っていたら、さらに緻密になっていた。年もとって、体型も2枚目ではなくなって(笑)。相当憎たらしい役をやってくれましたね」

−−映画の熊本裁判官を見て、人はやり直せるのか、という執念を感じました。

「もし贖罪の気分があるならば、それはやっぱり形にしないとダメだと思うんですよ。少なくとも、熊本裁判官がこの事件を告白することによって、この事件が世間で注目され直したということがあるわけだし、その功績は大きいと思いますよね」

−−それでは最後にこれから映画を観る方にひと言お願いします。

「もし裁判員制度の通知が来たら、しっかりと考えて、返事してもらいたいですね」

−−この映画を観てもまだ裁判員をやりますか? ということですね。

「そういうことですね」

執筆者

壬生智裕

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