2008年のゆうばり映画祭でワールドプレミア上映され、その後追加撮影を経て2009年にようやく完成した藤原章監督の最新作『ダンプねえちゃんとホルモン大王』。

藤原監督といえば、80年代に8ミリ作品を量産し、PFFでは園子温、平野勝之といった個性の強い監督と並んで「3バカトリオ」と並び称されたカルト映画監督。『ゆきゆきて、神軍』で知られるあの奥崎謙三を被写体にしたドキュメンタリー「神様の愛い奴」を経て、2000年代に発表した近作『ラッパー慕情』(2004年)、『ヒミコさん』(2007年)は連続してゆうばり映画祭でプレミア上映され話題になっている。
いい年して実家暮らし。モラトリアムを生きる逃げ道として野球に夢中になったり、漫画家を目指したり、ラッパーに憧れるダメ3兄弟の末路を描いた『ラッパー慕情』、石川県泥亀町を舞台に繰り広げられるウブな高校球児たちと謎の美女・ヒミコさんの交流を破壊と郷愁で描いた『ヒミコさん』。“ボンクラ映画界の雄”と称され、カルト映画として支持されたこの2作品と、役者とキャラクター設定がゆるくリンクする世界観を描き、2000年代の藤原作品としても3部作の完結作として本作が位置づけられる。
しかし、一筋縄ではいかないストーリー展開やサンプリング、ループ的手法を多用した独特な映像世界によって、熱狂的な映画ファンによる“知る人ぞ知る天才監督”だった藤原章だが、本作では一転して直球の王道とも言える痛快な人情活劇を展開させている。独自の藤原流の個性的なキャラクターたちを登場させながら、今までの藤原作品になかった新境地に本作で到達したことで、これまで以上のより幅広い観客を獲得することになるだろう。そしてインディーズ映画界にもまた新たな可能性を提示した。

ちょっと風変わりだけどなぜか人望をあつめる主人公・ダンプねえちゃんが住む港町。突如現れた、世界ケンカ大会のチャンピオン「ホルモン大王」。ひと目で恋に落ちるダンプねえちゃんとホルモン大王。しかしダンプねえちゃん子分のポン子の悪い予感が的中!ホルモン大王にはどうやらちょっと裏があり…。アクションあり、笑いあり、涙あり、王道娯楽映画へのインディーズ映画からの返答というべく決定版がゼロ年代の終盤間際に登場!




—— お風呂が嫌いで、数を500までしか数えられなくて、変な髪形をしてて、将来の夢がなくて、…というダンプねえちゃんの下品で豪快なキャラクターが魅力的ですね。作品のアイデアはどこから?
変な答えになりますが、まず男らしい映画を撮りたいと思ったんです。ぼくの前作『ラッパー慕情』の主人公の兄弟も、『ヒミコさん』に登場する高校球児らも女々しい点や、彼らの繊細な面をピックアップすることで面白いドラマは生まれると思っているのですが、反対に男らしさは失せてしまうのです。以前、「神様の愛い奴」というドキュメント作品で奥崎謙三さんを撮影したんですが、非常に女性的な面を持ってらいらっしゃる方で、悪口でなく“女々しい要素”が多い人でした。奥崎さんに限らず男は内面に女々しいものを持ってます。だから、今回ダンプねえちゃんという女主人公にして、男のジメジメした要素を一切排除させ、女だけどヒロインじゃなくヒーローとして成立させようと考えました。

—— 彼女を取り巻く登場人物たちみんな顔がいいですよね。映画監督の高橋洋さんや漫画家の花くまゆうさくさんなど、出演者のほとんどがプロの役者さんではない方ですが、外見のキャラクターだけで映画が十分成立しています。
キャラクター作りはその人の内面でなくとにかく“面がまえ”が重要だと思っています。勝手にぼくの頭の中でキャスティングしてるんですけど。高橋洋さんは漁師(猟師)です。長靴が似合う職業の人という感じ。花くまさんは三島由紀夫。ストイックな表情が画面を引き締めてくれます。切通さんはサモ・ハン・キンポー。高橋さんやラーメン屋のお客さんの中国人役の篠崎誠さんは、ぼくが20代のときに撮った『天国平和ラッパ』(90年・園子温主演)」から観てくれていたり、『ラッパー慕情』を切通さんや花くまさんが支持してくださっていたり、役者をするというより、ぼくの作る作品の世界に遊びに来てくれる感じで出てくださっているみたいです。ぼくもそれは大歓迎でリラックスして撮れます。
「ラッパー慕情」30万円、「ヒミコさん」「ダンプ」とも制作費15万円。僕は1ヶ月のお小遣いが1万3000円なんです。ヘルス1回分。ヘルス行かないで、ヘルスを我慢してね…。自腹で作ってるのでギャラも満足に支払えません。だから僕も「出て」って他の監督さんからお誘い受けたら下手なんですが一生懸命にやりますよ。

——「持ちつ持たれつ」ですね。主演の宮川ひろみさんは、前回も『ヒミコさん』でタイトルロールを演じられたり、ここずっと監督の映画に出ていますね。
ダンプねえちゃん以外のキャラクターたちは、演じてもらった人の個性を基に味付けしてるんです。宮川さんはどういう人かわからないですね。でも、それで良いんだと思います。こちらも真っ白な気持ちになれて1から架空の人物を創造できるから。ダンプねえちゃんの、あの特異なキャラを最初に思いついたのは…そうそう、朝歩いていたら、前髪がクルリ〜ンとなった人とすれ違ったんです。最初「バカかな?」と思ったんですが、朝の8時過ぎでちゃんとOLの服を着て駅に向ってた。それで「ああ、勤めている人なのか…。」と。実際そんな人には面と向って(変だゾ!)って忠告できないですよね。そんなモヤモヤした気分を周囲に及ぼす主人公にしたかった。良し悪しに関わらず、周りから気にかけられる要素は重要なので

—— ダンプねえちゃんと父親の実家のラーメン屋でのドタバタケンカシーンでも「箒で人間を叩く」とか、「ほっぺをつねる」とか。今どきこんな描写?ということをあえてやっているのが反って新鮮でした。いまどき珍しいくらいのベタな人情喜劇路線。シンプルなベースだからこそ藤原流の濃いキャラクターたちの面白さが引き立っています。
寅さんとおいちゃんの口げんかにタコ社長が火に油を注いじゃう、っていうああゆうパターンの踏襲ですよね。シリーズ物でもないのにずっと前からダンプねえちゃんたちのストーリーがあったような錯覚と、映画が終わってもキャラクターたちは今もずっと同じように生きているんじゃないかと思える世界観が出来上がってます。

そうですね。前の作品から僕の映画に出てくれていた人たちは、「なんで突然こういうことをやるのかな?」と不思議に思ってたと思うんですけど、はたから見れば恥ずかしいくらいの演出やお芝居も、気持ちを“マキノ雅弘監督作品”を撮ってる、と自分で思うようにしてやってもらいました。
お客さんを一段上に上げて、主人公はその一段下に下げて描くようにしました。お客さんがキャラクターたちと一緒にダンプねえちゃんを見守って観るような感じになったら、と。最後にある“別れ”も往年の時代劇によくあるパターンです。『サンダウン(1990)』って映画も同じラストなんですが、ずっとこんなラストシーンを、自分の作品で再現したいと思っていたんです。

—— 前作2本を見ても、藤原監督の映画ってずっとシネスコサイズですし実は“娯楽映画志向”が根底にあると思うんです。ただ今回はじめてこういう直球な形の表現になったのが意外でしたが。
前の2作の反省点を踏まえているところが大きいですね。『ラッパー慕情』は内容は漫画チックだけど、現実的に嫌な部分をリアルに盛り込んだストーリーで、もやもやしたまま終わる作品だったから、その反動で次の『ヒミコさん』では、主人公を謎の人物にしてファンタジックなものを…と思ってました。とにかくお客さんの気持ちが晴れやかに終わるように、最後はダンスシーンを持ってこようと。一番最後のシーンなのにダンスシーンを撮影の最初にやったんです。しかし、ヒミコさんは初めて自分でPCで編集するようになったんですが、合成とか個人作業でいろんなことが出来ると知ってから、つい調子にのってストーリーから逸脱した映像を氾濫させてしまいました。結果、方向性としてお客さんを混乱させてしまう映画になってしまったという反省が自分の中にあり、今回はストーリーはごくシンプルなものにしようと思ったんです。

——なるほど、ただ その娯楽映画の王道路線の中にも、カンフー映画の復讐劇というまた別の側面も後半からぐっと出てきて、混然一体なテンションをもってラストになだれ込みますね。
下町で、ラーメン屋が舞台で、親子の確執があって…というよくあるパターンの流れのなかで、「復讐しましょう」って看護婦さんのセリフが入ると、たったそれだけで突然映画が別展開するんです。そういう“急に矛先が変わる快感”みたいなものも描きたかったですね。あとはダンプねえちゃんの相手役のホルモン大王が「世界ケンカ大会のチャンプ」だっていうどう見ても嘘っぽい設定なんですが、花くまさんに「そんなバカなものはない」ってセリフをあえて言わせて、自分で作ったものを自分で壊す、ということもやりたかったんです。

—— 『ヒミコさん』では『ラッパー慕情』のシーンを一部流用し、別の意味の広がりを出したりだとか、明らかに映画用の撮影ではない映像を挿入して強引にストーリーを構成していたり。サンプリングやループの手法による映像づくりは藤原作品の魅力のひとつですよね。
自分の映画だったら過去の作品の断片を使っても問題ないですよね?ラッパーとヒミコさんとダンプねえちゃんで三部作だと自分の中では括っているので、前作の映画のシーンを拝借して行ったり来たりすることで一体感がでて面白いかな?という狙いも少しはありますが。あと自分が家族旅行で行った沖縄の風景とかホームビデオとして撮影してる映像も使ってますね。『ラッパー慕情』の頃から電車の車窓を流れる風景をよく撮っていたり、昔遊びにいった台湾の風景を使ったり、昔の日本ぽい街の感じがでたりしたんですね。

—— CGや大掛かりなセットがなくてもそういう映像ををうまく取り込んで世界観を作り出すのが面白いなあと思います。
風景だけじゃなくて、たとえば人の表情とかでも同じで、花くまさんのシーンでも演技してもらった場面じゃなくて、カットをかけた後、次のセリフを覚えようと下を向いている表情を使ってます。いつも急いで撮ってるからカメラのスイッチをいちいち切らないんで、現場の映像は全部残ってるんです。高橋洋さんが演じているお父さんが、娘のダンプをほめられるシーンでハッと笑顔になる表情も色んな人から評判いいんですけど、あれもなにか別のシーンの撮影で高橋さんがセリフを間違えてNG出したときに照れ笑いを浮かべた時の表情なんです。お父さんが唯一笑う場面になりました。

—— カメラで撮ったものならすべて映画になる。というあたり前のことを改めて思わされました。フィクション力の強さというか。
そんな撮り方でうまくいくのか完成するまでいつも不安なんですよ。一緒にやってくれてる人にも心配させるし。いつ終わるの?っていつも言われてますし。撮る事はいつも集中してすぐできるんですけど。撮影と撮影の間がものすごく空くことも多いので、いつ始まったかも、いつ終わったかも覚えてない人も多いし、出来たのをみてない人も多いんですよ。

——現場での演出や芝居の注文はどういう感じでされるんですか?
粘らないですね、粘っている時間がない。「神様の愛い奴」がはじめてのドキュメンタリーだったんですけど、奥崎謙三という特殊な被写体だったんで長い時間拘束されて、予定にないシーンもずっと撮っていてくれという注文だったんです。ドキュメントってそういう作り方をするものなんでしょうけど、あらかじめどこを使う使わないでカメラも動きも変わってくると思うんですが、そういう打ち合わせすらまったく出来ない現場で、そこから影響受けたものが大きいですね。

——じゃあそれ以降の『ラッパー』『ヒミコさん』本作の3部作も『神様の愛い奴』の経験が大きいですか?
大きいですね。はじめてビデオカメラを使ったのも『神様の愛い奴』でしたし、使う使わない関係なくとにかく被写体をカメラで撮ったものすべてが編集の要素になるというところとか。あとビデオなんでそれまでの8ミリと違って音声も取れるというのもあるし。ラッパーもヒミコさんもほとんど同録でしたが、今回はよりフィクション性を出すためにアフレコするって最初から決めていました。

—— 演じている役者さん以外の人が声をあてていたりもしますよね。『ラッパー慕情』から出演と音楽で参加してる室田晃さんがアフレコで声を当ててますが。
室田さんはお父さん(故・室田日出男さん)譲りの低音のいい声なので、せめて声だけでも出て欲しくて。本当はゴリラ人間役をやってほしかったんですが、バンドで忙しかったようなので有馬顕さん(映画監督)に出演してもらって、アフレコで声を室田さんにお願いしてるんです。ダンプねえちゃんのゲップの音や篠崎誠さん演じる中国人など色んな声で今回出てもらってます。

—— 最初のシナリオから出来上がりはどのくらい変わりますか?
30年撮ってきてシナリオどうりに撮れたのは今回が初めてです。ありきたりのジャンルをやっていくことに抵抗があって、これまではいかに壊すかということをやってきたと思うんですけど、ダンプはいかにキャラクターが面白く、お客さんに愛されるようにということを考えて撮っていました。主人公が面白ければ彼女の周りを取り囲む、登場人物たちも愛されるだろうと

—— 一人の人間の成長譚ですよね。観客も登場人物たちも主人公・ダンプねえちゃんの成長を全員が見守る、という視点。ゆうばりで上映したバージョンからさらに追加撮影したシーンが加わった今回のこの完成版をみたらよりそこが明確になっていました。
そうですね、土手の子供のダンスと、スラム(労務者と貧乏兄妹)の場面を追加撮影してて、土手の子供のダンスは、町でのダンプの立場を強調させたかったからです。子供は“変な大人=面白い”ってだけダンプを好きで、でもその親は「バカがうつるから!」って連れて帰る。ちなみに子供役は西村喜廣さんの愛娘キカちゃん(当時は小4)とそのお友だちです。夕張での上映時に西村さんにお願いして。逆に西村さんの監督映画「東京残酷警察」の特典映像(高橋ヨシキ監督)に藤原父娘での出演依頼があったんですけど。あいにく撮影日は妻子が旅行だったので恩返しできず悔んでます。代わりに作家の平山夢明さんが出演されたそうです。
あともう一つスラムの場面は、ダンプ本人が登場しなくても噂話で人物像が描ければ面白いと考えました。

——次回作の構想は?
去年の暮れに撮影してるものが一応あるんですけど、今回ダンプねえちゃんの上映で色々動いてるんで現状中断してますね。一日撮影しただけなので、どう使うかまだわからないです。だからまだ次は考えてないですね。ヘルスは行ってます。きっちりしたものは自分には撮れないと思うから色々変なことを入れたりして誤魔化していたんですけど、基本的にはホームドラマをやってるつもりなので、家庭劇はこれからもつづけてやっていくと思います、些細なことで不幸になっていくような話とか。

執筆者

綿野かおり

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映画『ダンプねえちゃんとホルモン大王』公式サイト
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