2000年『ほえる犬は噛まない』、2003年『殺人の追憶』、2006年『グエムル−漢江の怪物−』と大ヒット作を生み出し、完璧と評される構成力とその類い稀なる才能が高く評価されてきた、ポン・ジュノ監督。その名は世界へと一気に広がり、今では若くして韓国を代表する監督としての地位を確立した。
そのポン・ジュノ監督の3年ぶりの長編映画、”ヒューマンミステリー”の最高傑作が誕生した。今年度のカンヌ映画祭に出品し、絶賛の嵐を浴び、韓国では今年最高の大ヒットスタートを記録した『母なる証明』。本作を彩るキャストは5年ぶりの映画となる韓国の人気俳優ウォンビンと”韓国の母”と称される大女優キム・ヘジャだ。
韓国を代表するスタッフ、キャストで描き出される「母と息子」像。それは限りなく悲しい人間という生き物を、独特のユーモアを交えながら、傑出した映像美と強烈な心眼で伝えていく。

原案・脚本・監督を務めたポン・ジュノ監督にお話を伺った。


——本作では、キム・ヘジャさんを主役として起用していますが、60代の女優を主役にするのには勇気はいりませんでしたか?
「いや、全くいりませんでしたね。実際の年齢など意味を持ちません。むしろキム・ヘジャ先生がいなかったらこの映画は成立しませんでした。以前からキム・ヘジャ先生と一緒に映画を撮ってみたいと思っていました。彼女は韓国の「母親」を象徴する存在です。彼女を撮ることは、「母」をテーマにするということでした。」

——本作は「母」がテーマとなっていますが、監督自身のお母様とは本作についてお話されましたか?
「2004年からこの映画の構想を練っていたんですが、それから今現在まで母とは一切この映画に関して話していません(笑)。なので、母がこの映画についてどのように感じているか分かりませんね。」

——キム・ヘジャさん、ウォンビンさんと一緒に仕事をした感想はいかがでしたか?

「キム・ヘジャ先生は今までとは全く違う、破壊的で型破りな演技を見せてくれました。
息子役トジュンには母親を追い込むことができ、保護していないと何か事が起きてしまいそうなイメージを持った俳優に演じてもらいたかった。そのイメージを持ったのがウォンビンさんでした。そして実際ウォンビンさんにお会いして、目がとても純粋で、偶然にも母親役のキム・ヘジャ先生の目にとても似ていたんです。そのため多々彼の目をクローズアップするシーンや彼の目について触れるセリフを意図的に使用しました。二人は本当の親子のようでした。」

——キム・ヘジャさん演じる母親役には正式な名前がありませんが、それは監督の意図したことなのでしょうか?

「はい、意図的に名前を消しました。劇中のセリフで、息子以外の男性からもお母さんという名で呼ばれています。この役は母そのものであって欲しかったのです。母はすべて息子のために生きてきました。最後のバスの中のシーンで、あることをします。それが初めて自分のためにした行為だったのです。」

——本作では、キム・ヘジャさんのダンスで始まり、ダンスで終わっていますが、あのダンスにはどのような意味が含まれているのでしょうか? 

「冒頭で唐突に始まったキム・ヘジャ先生のダンスを観た観客は、おそらく不気味に感じたはずです。冒頭でいきなりダンスのシーンを入れたのは、キム・ヘジャ先生の映画であることを伝えたかったのと、狂気を感じさせ、気が触れたような表現を撮りたかったためです。そのシーンは2004年から構想を練っていた時点でありました。最後のバスの中でのダンスのシーンは、韓国でよくある光景なんですが、母親の持つ情緒を描きたくて撮ったシーンなんです。バスの中ではキム・ヘジャ先生と同年代の女性達もダンスしていますが、彼女達も同じく母親にあたるわけです。ちなみに韓国では、目的地についてもバスの中でおばさん達がダンスに没頭して、バスから降りてこないというのがよくあります(笑)。」

——本作では親子を取り巻くのは、腐敗、退廃といった弱者が生きにくい社会でしたが、そういった社会的背景は現在の韓国の社会に通じるものはあるのでしょうか?

「弱者が生きにくい社会は、どの国も同じだと思います。社会そのものが弱者が生きにくいものです。ですが、少なくとも現在の韓国の社会は『殺人の追憶』で描いた社会よりも良くなったと思います。『グエムル−漢江の怪物−』では弱者同士が助け合いますが、本作では弱者同士が傷つけ合います。何よりそれがこの映画の残酷なところですね。」

執筆者

竹尾有美子

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