2006年にデビュー30周年を迎えた松山千春が、23歳時に自ら書き下ろした自伝『足寄より』をベースに映画化。現在「デビュー30周年記念 特別復刻版」として扶桑社から再出版されている同著は、当時、人気絶頂にあった一人の若きシンガーが、自分の言葉で赤裸々な思いを綴っている。複雑な家庭事情、貧しくも愛情いっぱいに彼を育てあげた父への想い、音楽への目覚め、そして恩師・竹田との出会いとあまりに突然の別れなど彼の23年が凝縮した “正直な”内容がファンのみならず多くの人々の心を揺り動かした。

主人公・千春を演じるのはドラマ『花ざかりの君たちへ〜イケメン♂パラダイス〜』(07)や、映画『クローズZERO』(07)、『リアル鬼ごっこ』(08)などで注目される大東俊介。日本人なら誰でも知る現役トップシンガーを演じるという多大なプレッシャーをはねのけ、生き生きと若き日の松山千春を演じている。そして千春の才能にいち早く目をつけ、周囲の反対を押し切って彼をデビューさせたSTVラジオディレクター=竹田健二に萩原聖人。千春の人生に大きな影響を与え続けた父親=松山明に泉谷しげるが扮している。

 ドラマ『南くんの恋人』(94)や『イグアナの娘』(96)、近作では『アストロ球団』(05)など名ドラマの監督、演出を数多く手がけてきた俊英、今井和久監督は、長編映画『ポストマン』(08)に続き2作目の劇映画を手がける。実在の人物=松山千春の半生を原作に忠実に、時にダイナミックに掬い取った今井監督にお話を伺った。



——松山千春さんがご覧になったと聞いたんですが。

はい、全編号泣で、男泣きだったと聞いてます。

——監督冥利につきるんじゃないですか?

そうですね。もちろん我々のやりたいこと、お客さんに伝えたいことというのはあるんですけど、ご本人が納得されない作品は作りたくないですからね。安心しましたし、嬉しかったですね。

——松山千春さんといえば、もちろん現役で活躍されているミュージシャンですが、そういった現役の方の人生を映画化するということで、やりにくかった点などはなかったでしょうか?

もちろん松山千春さんの嘘偽りのない生きざまを描いた映画なんですけど、それ以前に、人と人との絆や、親子の絆などをどう描くべきかと考えていたので、そういうやりにくさというのは意識せずに済んだのかもしれませんね。

——あれだけ個性の強い方ですから、どういう風に描くかが問題になりますね。

千春さんの歌のシーンは、役者の声でいくか本人の声でいくか相当悩みました。でも、歌だけで独自の世界観を持っている方なので、これはあえてご本人の当時の歌声でいこうと考えました。

——松山千春さん役の大東俊介さんは役作りについて悩んでいたそうですね。

少しでも似るようにと努力もしていましたし、悩んでいましたね。ただ、モノマネ大会ではないので、きちんと物語を作りだしていこうよとは言っていました。大東くんは左利きなので、ギターが大変でしたね。ほんの一ヶ月か二ヶ月程度で、まったくの基礎から彼はマスターしてきましたから。その労力は並大抵のことではなかったですね。

——映画では、ものすごく上手に弾いてましたが。

そうですね。彼は頑張ったと思いますよ。特に千春さんは、ツーフィンガーとかスリーフィンガーとか、皆さんと弾き方が違うみたいなので、それがますます苦労したみたいですね。

——大東さんは熱演でした。

千春さんは「俺の若い頃にそっくりだな」と言っていましたし、竹田さんの奥さんは萩原さんを捕まえて、「私の旦那にそっくりだわ」と言ってくれました(笑)。結果としてそういう世界観が出来てくれたというのは嬉しかったですね。

——でもリサーチを十分にしたからこそ、内面から積み上げてきたものがあったんでしょうね。

周りも実際にいらっしゃった方たちですから、そういった方たちにいろいろとお話を伺ったりとか、取材は緻密にやりましたけどね。

——そういった取材の中で、いろいろなシーンが新たに付け加えられたと思うんですが、たとえばどのようなシーンが新たに付け加えられたのでしょうか?

いっぱいありますね(笑)。たとえば千春さんのお母さまにお会いして、当時のお宅の間取りを聞きました。またお姉さんは亡くなられているので、お姉さんの友だちに会って、お姉さんのスナックはどういうスナックだったか聞いたり。そういう取材はかなりしました。

——竹田さんの取材もされたんですか?

はい。竹田さんはよく後輩を連れて飲みに行っていたらしいんですが、後輩の方の誕生日だったと聞いた竹田さんが「ちょっと待ってろ」と言って出て行ったらしいんです。それで10分くらい待っていたら、ケーキを買って帰ってきたこともあったそうです。

——実際の竹田さんもそういう方なんですね。

そういう話をリアルに聞くと、竹田さんの優しさとか熱い部分なんかを感じますよね。そういう積み重ねでイメージを作っていったというのがあります。

——この映画の世界観にすんなりと入っていけたのは、そういったリサーチのたまものなんですね。

ただ、現実の方が「これ本当?」と思うようなことがありますよね。レコーディングのときにほうきを持ってくるシーンも、あれ本当の話なんですよ。

——そうなんですか?

レコーディングスタジオだったら、他にギターくらいなかったのかと思いますけどね。そこがリアルな話だからこそ、そのまま出来るんですよ。作りものだったらああいうシーンはやらなかったですね。そういう意味ではいろんな意味でリアルにしようと思いましたし、そういう部分がお客さんに伝わるのかなとは思います。

——今回、足寄の方のバックアップが多かったと聞きましたが。

そうですね。冬のロケだったんですが、今年は雪がなかったんで、雪のシーンではいろいろなところからダンプで運んできてもらったんです。足寄町の方々には本当に助けていただきました。こちらはロケ現場をお借りしている立場なのに、牛乳を差し入れしてくださったり。人のつながりといった我々が作品で伝えようとしていたテーマを、現場で我々が実際に体験しましたね。そういう人の温かさを生で感じることが出来ましたし、そう感じられたことは作品にも反映できましたね。

——地元の方の思いが詰まった映画とも言えそうですね。

もう地元の方の協力なしでは作れませんでしたね。

執筆者

壬生 智裕

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