映画『チェスト!』は、400年以上受け継がれる伝統の教育法「郷中教育」が残る鹿児島を舞台に、薩摩半島と大隈半島に挟まれた4.2kmを泳ぐ「錦江湾横断遠泳大会」を通して、子供たちが自身の悩みと真剣に向き合い、仲間を思いやりながら壁を乗り越えていく姿をパワフルに描いた感動の物語。本作で教え子たちを優しく見守り、熱く指導していく熱血教師<コーケツ先生>を演じた北村栄基さんに、作品に対しての想い、そして鹿児島にいまなお残る伝統教育・精神文化について自身の考えを語ってもらった。






本作に出演することになった経緯

僕は水泳が得意なんですけど、今回この映画が鹿児島を舞台にして遠泳大会を通して子供たちの成長を描いた物語だと聞いたとき、絶対逃したくない作品だと思ったんです。そこで、「遠泳大会なら僕、泳ぎ得意だからいけますよ」ということを、監督とお話してこの役をいただきました。

監督とはどのような話を?

「先生役はやったことある? 大丈夫?」と聞かれました。小学校で子供たちに水泳を教える熱血教師役だったので。でも僕は以前、スイミングスクールでちびっ子たちに何回か水泳を教えた経験があるので、ちびっ子たちとのコミュニケーションはとれると思ったんです。教えることもすごく好きだし。全く泳げない子たちにはどのようなカリキュラムを組んで教えてあげたらいいかわかっていたので、監督にはそのような話を延々としていましたね(笑)。本作に登場する小学生はほとんど鹿児島の子たちだったんですけど、主演3人は東京の子たちで、その子たちと1回だけ東京で水泳の練習をしました。そのときに教えてくれた方が水泳専門の方じゃなく、スポーツクラブのインストラクターで、もう僕としては“それは僕の教え方とは違う……”と思ってしまったんですよね。全てマニュアル通りで、水泳のみを専門としてずっとやってきた僕とは考え方が根本的に違っていたんです。僕がまず子供たちに教えてあげるとしたら、きれいなフォームや早さじゃなく、どれだけ水中で楽しめるか、ということです。何よりまず楽しいという気持ちがないと遠泳という長い距離を泳ぐことなんて不可能だし、自分が泳げるから、泳げない子を何とかして泳げるようにしてあげたいという気持ちが強いんでしょうね。

泳げない子にはぜひそういう先生に出会ってほしいものですね。

教える人次第ですからね、泳げる、泳げないは。そして、好きか嫌いかで泳げるかが決まってくると思います。水泳を好きにさせてくれるような先生がついていたら、きっと泳げます。

スイミングスクールで子供たち相手に教えてあげていたことがあると伺いましたが、今回、教師を演じるにあたって役作りやリサーチなどはされましたか?

今回はしていません。キーワードが“小学校の先生”“熱血”“水泳”それしかなかったので、自分が小学校の時に出会った熱血先生を思い出して、参考にしたりはしました。でも実際に子供たちに会わないと何も始まらないと思っていました。だって今の小学生と10年前の小学生とじゃ、全然違うじゃないですか。今の小学生ってちょっと仲良くなった子とかに、「ねーねー、メールアドレス教えてよー」って言うんですよ。そういう場面を見たときに、僕は教員免許を持っているわけでもないし、プライベートな感じでいればいいのか、それとも何となく先生みたいな立場でいればいいのか、よくわからなくて難しかったですよ。だから周りにいる子供たちの言葉や雰囲気で、先生像を作りあげていくしかないと思いましたね。

シーンとはいえ子供を叩く場面がありましたが、あれは実際に叩いたんですか?

僕は叩きたかったんですけど、実際には叩いてないです。あのシーンが1番最初のシーンだったので、「はじめまして」と言った子の頬をいきなり“バチーン!”と叩くわけにもいかなくて。撮影がすぐ始まってしまったので、監督にも叩いていいものなのかを聞けませんでしたしね。でもリハーサルのとき、その子の頬を叩くふりをしたら、その子がうまくそれに合わせて叩かれたような演技をしたんですよ。“なんかすごい演技してるけど、演技はさせたくないな”って。1回だけ「これくらいで叩くよ」と言って、軽く“ペチン”と当てたら痛そうな顔してました(笑)。
本当は“バチーン!”と叩きたかったですけどね。叩いたことによって生まれるものって、相当多かっただろうなと感じましたから。難しいですよね、教育って。

今、モンスターペアレントといった親の存在が取り沙汰されていますが、それについては?

もうわからないですね、何が何だか。先生の評価を親がしているということがすごく不思議。いい先生、悪い先生というのは多少あるだろうけど、そんな評価ばかりして一体何になるんだろう……と思ってしまいます。僕はいろいろな先生がいていいと思いますけどね。
子供の頃にいい先生に出会っていれば、勉強が好きになると思います。

撮影が最も大変だったシーン、また好きなシーンは?

プールで40週検定を行うシーンです。7月、8月といった夏休み期間中に撮ったので、バカみたいに暑いんですよ。40分〜1時間を過ぎると倒れる子が出てくるので、日焼けもするし、休み休みやっていました。僕たち先生はウエットスーツを着ているんですけど、あれってものすごく熱を吸収して脱水症状になるんですよ。水を飲んでいてもそれ以上に汗をかいているから。僕もクラクラしてきて“やべー”って思った瞬間がありましたよ。子供たちは目の前にプールがあったら飛び込みたいじゃないですか。でも休ませないといけないから、やんちゃな子供たちをどうしたら大人しくさせられるかを考えて、各グループのリーダーに「お前だけが頼りだぞ。お前にしか言ってないからな」と言うんですよ。結局何人かに同じようなことを言うんですけど(笑)。それでいざ本番となったときに僕がパッと合図したら、リーダーたちが「みんな足出しちゃダメだぞ」と言って全員がピシっとなったので、よかったなと思いましたね。子供たちも先生たちも皆がフラフラだったけど、やってよかったなと感じました。松下奈緒ちゃんも日焼けして、ウエットスーツの腕の部分をめくったらまっ白でしたよ。

好きなシーンは……、シーンというより、高嶋政宏さんがすごく好きだったんですよね。“おやじ!”みたいな(笑)。あの熱血漢と僕の作った熱血漢がかぶらなくてよかったと思いましたね。あくまで僕は先生としての熱血、高嶋さんは父親としての熱血ということで熱血の度合いが違って。こういう父親いいなぁっと思いましたよ。

4キロの海は実際に子供たちは泳いだのでしょうか?

泳いでないです(笑)。本当は泳ぎたかったんですけど、半年くらいは練習しなくちゃいけないんですよ。実際、40周検定という遠泳大会に参加するためのテストもすごくハードなものらしいんです。40周全く足をつかずに泳ぎきらなきゃいけないので。それに7月に遠泳大会があるので、練習自体は正月明けから始まるんです。だから子供たちは鹿児島と言っても屋外にあるプールですから、寒さにも耐えなきゃいけないし、先生たちもずっとプールに浸かってないといけない。だからウェットスーツを着ているんです。その資料を見たときに“なるほどな”と思いましたね。40周泳げる体力をつけてなるべく合格者を多く出して、皆で錦江湾を泳ぐという目的があるので、本当は4キロを実際に泳ぎたかったんですけど、監督からは「安全第一!」と言われてしまって残念ながら叶わなかったですね。

鹿児島に伝統の郷中教育や「錦江湾横断遠泳大会」というものがあることを初めて知りました。そういう独自の伝統や精神文化についてどう思いますか?

鹿児島の子供たちは本当に素直だと思いました。僕は九州の熊本県出身なんですけど、桜島の存在とか、西郷さんのイメージしかなかったんですよね。でも実際に行ってみて、桜島はもちろん、何より人がすばらしいと感じました。自然が多いところで暮らす人は心にゆとりがあるんでしょうね。だから郷中教育という教育方針に当てはまる子供たちがいるような気がします。例えは悪いかもしれないけど、東京はコンクリート地獄と言われているし、車も多いし、人も目的地に向かうためだけにただ歩いている感じがします。寄り道ができないから、その余裕のなさからくるイライラが蔓延している。ストレス社会と言われているけど、それは大都市だけのような気がするんです。やはりそのようなところで育った子には影響が出てしまうんじゃないかな? でも鹿児島は全く違うんですよ。子供がいると、知らない子でも関係なく何かをしてあげるんです。例えば横断歩道で車をわざわざ止めて、子供たちに「渡りなさーい」と手助けしてあげて、それを子供たちも「ありがとう!」と受け入れ笑顔で去っていくという。鹿児島では日頃からそのようなことがごく自然に行われているので、それには感心しました。そういう中で育ってきた子供たちだから、郷中教育といったものも受け入れやすいんじゃないかと思います。きっと鹿児島の人が東京にきたら訳がわからないでしょうね。僕の友だちも何度か東京に遊びに来てくれたことがありますけど、「全然だめ……、早く帰りたい」とぼやいていましたから(苦笑)。

北村さんが上京したときも“早く帰りたい”と思いましたか?

僕が上京したのは中学校卒業した後なので、楽しくて仕方なかったですね(笑)。なんでこんなに明るいんだ?って。どこ行っても明るいし、どこ行っても怒られないし、「自由な国だな、ここは」って思いました(笑)。僕はあと少し経ったら、人生の半分を東京で過ごしていることになっちゃいます。

執筆者

Naomi Kanno

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