都会のど真ん中、ラブホテルの屋上に小さな公園があった。老人や子供たちが次々と訪れる憩いの場に、ふとしたことがきっかけで迷い込んできた様々な世代の女性たち。ホテルのオーナー艶子(りりィ)と女性たちの不思議で優しい心の交流は、観る者に小さな勇気を与えてくれる。

本作『パークアンドラブホテル』は、2008年ベルリン国際映画祭最優秀新人作品賞受賞! 本作の受賞は、日本人作品としては初の受賞となる。PFFアワードトリプル受賞&国際映画祭で一躍注目を集めた新人、熊坂出監督に話を聞いた。





主人公は女性4人でしたが、その4人が絡むことなくそれぞれ独立した作りにした理由は?

脚本を練っていく段階では全員が同時進行的に絡んでいく構成だったんですが、オムニバスにした方が分かり易いだろうと考えこのようにしました。一見分かり易いストーリーに見えるかもしれませんが、一度観ただけでは分からない複雑さも入れ込みました。

主人公<艶子>は60代の女性ですが、なぜ彼女を中心に描こうと思ったのでしょう?

当初はラブホテルの屋上公園にとある女の子がやって来るという話で、コメディタッチの群像劇だったんですが、プロデューサーから「この映画の一番キャッチーなところはやはり艶子だから、ラブホテルの屋上を公園にしているおばあちゃんのお話にしたほうが面白いんじゃないか?」と提案されて。確かにそうだなと僕も思ったので、艶子を主人公にしました。また、30歳の僕が60代の女性の気持ちを理解しきれるとは到底思いませんが、女性を描いてやろうと思って書いていないというか、自分がその人になって書いているので、自分と遠い存在という風には思いませんでした。
登場人物たちは艶子を含め全員女性ですが、初稿に登場した人物の中から艶子を際立たせる人だけを選んだら女性が残っただけであって、最初から女性映画を撮ろうと思っていたわけではないのです。

60代の<艶子>を描くにあたってリサーチをされたと思いますが、ご自身の母親を投影されたことは?

それはあると思います。どこかで母の話になっていましたから。だからある種、母に捧げるところもあったかもしれません。僕の母は割と辛口で、僕もあまり褒められた経験はないのですが、この映画については褒めてくれたので嬉しかったです(笑)。

りりィをはじめ、4人の女優たちのキャスティング理由について。

塚本晋也監督の「ヴィタール」のりりィさんがとても印象的で、それでお会いして頂いて。今までそんなに多くの女性に出会ってきたわけではありませんが、例えば僕が60歳になって振り返ってみた時に、ああいう人っていなかったなって思うと思うのです。あの存在感は得難いものがあります。ただ、“これが決め手です”と言うようなことはなかなか言えません。口にした途端に嘘になってしまう気がします。ただ感覚的に艶子を演じるのはりりィさんがいいと最初から思っていたんです。りりィさんって例えば同じ電車に乗り合わせたとしたら、あの人は一体何をしてる人なんだろう、と皆に思わせる何かがあると思います。オーラというか。自分と同じ世界に住んでるとは思えないような、手の届かない人といった感じです。でも彼女自身はとても自然体で分け隔てない方だと思います。誰に対しても接し方が変わらず、偏った付き合いをしない人。彼女が持っている沢山ある魅力の内の1つだと思います。

りりィさんとは撮影中どのような話し合いをしましたか?

最初は喧嘩ばかりしていました。「監督の言っていることはよくわからない」と言われたり(苦笑)。でも、途中から僕は段取りしか言わなくなっていきました。僕とは関係なく、艶子がそこに存在していたからです。ただ、台詞1つとっても、りりィさんという人物に影響されて、その奥行きや意味合いが変わってくると思うので、芝居のさじ加減の調整は最初の内はとても大変でした。

4人の女性たちにとって、あのラブホテル上の公園はどのような意味を持っていたんでしょう?

個人的には、歩みを一歩進めようと思うきっかけを作ってくれるのはいつも他者のような気がしています。あの場所は4人にとって何かしらきっかけを作ってくれた場所だとは思いますが、どのような意味合いを持っているかは、観てくださった方の解釈に委ねたいです。ただ、ドイツでお披露目した際、大好きなコーエン兄弟の映画プロデューサーや審査員の人達は、その意味合いも含めて、謎解き部分や登場人物の心情など、こちらの意図するところは全て見抜かれていました(苦笑)。そんなに分かり易く作った覚えはないのに。

頭で考えただけでは出てこない、匂いや感覚的なものを作品から感じました。

大学時代、ジャズ研に所属していたんです。下手くそだったけれど。それで後輩にものすごくうまいテナーサックス奏者がいたんですが、彼が僕に理論を教えてくれた時があったんです。「ジャズは12音全部使えるんですよ。このスケールの時はこの音はアボイドしなきゃいけない(使ってはいけない)とか言うけど、実際はどの音を使ってもいいんです」と。彼が言っていた事ですごく印象に残っているのが、コルトレーン(サックス奏者)の話で、当時の僕はコルトレーンはきっと音楽が天から降ってくるようにして感覚的にソロ(アドリブ)をとってるんだと思っていたんですけど、後輩が言うには、そうじゃない、と。彼は家で吹きまくって吹きまくって計算し尽くしてフレージングをすごく考えて、それをライブで披露してるんだ、と。すごく衝撃的な話でした。要は技術だと。今の僕はと言えば、感覚的なことも技術的なことも両方大事だと思っていますが、ラブホテルの屋上が公園になっている設定について言及すれば、そういう場所が実際にあるわけじゃないけれど、僕が今までに出会って来た風景や、様々な人達から頂いてきたものを分解して再構築して、人に差し出しているだけだと思うのです。それは技術だと思います。何故ラブホテルかと言えば、僕はラブホテルが昔から好きなのですが、そういうと誤解されるかもしれませんが(笑)、ラブホテルの外観は虚飾だけれど、中で行われている事は非常にリアルで本能そのものというか。花火がボーンとあがってる感じというか。リアリティを感じる。そういったものを選ぶのも結局は技術かもしれませんが、もしかしたら感覚かもしれません。いずれにしても、匂いを感じて頂けたというのは、僕にとっては最大級の賛辞です。

ラブホテルの撮影場所はスタッフが新大久保に決めたそうですが、監督としては最初どの辺をイメージしていたんでしょう?

僕は渋谷の円山町をイメージしていたんです。ラブホテルについては随分調べたんですが、興味深いことが沢山分かって、そのうちの1つが円山町の成り立ちだったんです。ダムに村を沈められた岐阜県の人達が立ち退き料を手に円山町に引っ越して来て、廃れ始めていた色町の不動産を買い取って、一大ラブホテル街を築き上げたようなのです。ディテールはちょっと間違っているかもしれません。いずれにしても、彼らのことを“流水グループ”というらしいのです。艶子が営むホテルの名前が「流水」なのは、そこからとったという事もあります。もう1つ大きな理由があるのですが、それは内緒です。とにかくいろんなラブホテルやラブホテル街に行きました。円山町、神泉付近は本当に興味深いです。何にせよラブホテル街には何かある気がします、妙なエネルギーが(笑)。

私は“解放区”と呼ばれるラブホテル上のこの公園がとても好きですが、監督にとっての心の解放区はどこですか?

おっしゃる通り、あの公園は“私は”好きという感じだと思います。一部の人には受け入れられるかもしれないけれど、万人に受け入れられるものではない。今回この作品で受賞した時に人づてに聞いたんですが、以前お世話になったプロデューサーの方が「あいつまだ屋上にこだわってるんやな」と言っていたらしいのです。言われてみれば昔、屋上が重要な場所として登場する映画を撮ろうとしていた時期があったなと思い出して。もっと掘り下げていくと、僕の実家は内装屋で屋上があるんですが、子供の頃、その屋上でよく遊んだんです。
そうやって振り返ってみると、確かに今まで色々な屋上を訪れてきたかもしれません。中には断りもせず勝手に上がったところも随分ありました(苦笑)。やっぱり僕、屋上が好きなんですね。僕の心の解放区は屋上かもしれないって今、思いました。
寮の屋上。どれも不法侵入ですけど(笑)。やっぱり僕、屋上好きなんですよね(笑)

執筆者

Naomi Kanno

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