普段、ひどく身近にいながらも、私たちにとっては未知の世界である虫の世界。
この映画の主役は、虫の中から選ばれしオオキノコシロアリとサスライアリ。
舞台は西アフリカの中央サバンナの奥地。女王アリを中心に、巨大なアリ塚を構えるシロアリは、SF世界のような秩序の整った帝国を築いていた。
その頃、集団移動を繰り返すどう猛なサスライアリはシロアリの巣へと侵略を始めようとしていた・・・。シロアリたちは、帝国を守りきる事ができるのか!?

あまりにも小さいアリたちの世界を捉える事に成功し、革命的映像をもたらしたのは撮影機材のボロスコープ。
アリ塚の内部や、神秘的な女王アリの間など見たことのないミクロな自然の驚異的な世界がそこには広がっている。

監督は、科学、歴史、哲学など数多くのテーマで作品を作り続けているフランス・ドキュメンタリー界の鬼才フィリップ・カルデロン。
98年には先立ちアリの生態を追ったドキュメンタリー『LA CITE DES FOURMIS』ではモントリオール映画祭の観客賞を受賞するなど、数多くの賞を受賞しているカルデロン監督。
映画『バグズ・ワールド』は、先日行われたフランス映画祭2008でも上映され、来日を果たしたフィリップ・カルデロン監督にインタビュー。






——この作品の主人公はアリですが、生き物の中でも何故アリを撮影しようと思ったのでしょうか?

「まず、何故虫かというと体つきが面白いので、映像に撮ると非常に興味深いものが撮れます。まるで彫刻のようですね。
その中でも何故、アリにしたのかというと、動きや体つきもありますが、まるでSF映画を思わせる部分があったからです。ドキュメンタリーでありながら、映像的にも強烈でパニック映画のようなものが撮れるのではないかと思いました。」

——サスライアリが襲撃してくる場面は、ダース・ベイダーを連想させるようでしたね

「私もそのようにとらえていて、サスライアリの女王アリはダース・ベイダーのようでしたね。ビジュアル的な面以外にも、知的な部分に対してアリに興味を持っていました。彼らが集団になった時の行動原理というのが、非常に高度に発達しているというところに注目しました。
彼らは目が見えないので、情報伝達の手段として匂いを通して非常にメカニックに動いていきます。彼らの中に意思があるというわけではなく、匂いに対して身体反応があり、それによって動いていくプログラムが体の中に組み込まれているのです。プログラムされて動いている彼らの個々の動きを見ていると、まったく秩序がないように見えながら、全体を通して見ると非常に統制が取れているのがオリジナルだと感じました。
まるでカースト制のように役割が分担されていて、兵隊もいれば女王アリもいて、全体が統制の取れたひとつの集団になっています。
一方の、まったく秩序のない統制されていない部分という両方を撮りたかったのです。」

——別々の離れた場所にいるシロアリとサスライアリが、やがてサスライアリがシロアリのアリ塚にたどり着いて戦い、接点を持つという過程はどのように撮影したのですか?

「実際の攻撃に至るまでなのですが、サスライアリは匂いと湿り気によって移動する生態なので、匂いを道すじにしてシロアリのアリ塚までたどり着きました。
シロアリの巣の中に攻撃していく場面は、本当に偶然遭遇したので撮った映像です。この作品は、そのような偶然の結果であるワンショットと、演出の部分というのを混ざり合ったものになっています。
演出の部分は、例えばSFっぽい演出の部分は光を当てて撮ってみたり、私たちが巣の中の様子を作り変えてみたりというものがあります。」

——アリ塚を水平に切断して撮影も行ったそうですが、アリたちに影響を与えて混乱を招いた事はあったのですか?
また、カメラはアリたちにとって進入物になりますが、反応はあったのですか?

「撮影は、アリ塚に小さな穴を開けて、そこに光を当てながら撮ったというものと、同じようにアリ塚の中の場面で、セットを組んで撮影した部分があります。元々あったアリ塚の中から一部を切り取って、スタジオにセットを
作って女王の間に光を当ててみたり、背景を付け加えたりしました。
最初にアリ塚に穴を開けた時は進入物として反応を示しましたが、アリというのはある一定の決まったものにしか反応せず、決まった反応をするものなのです。ですから、光の有無に関わらず、自分たちの生態系に影響を与えない限りはいつもと同じ動きをします。
アリ塚を壊すとすると、どのような環境にあろうとアリ塚を修復していくという機械的な反応をします。とてもシンプルな行動規範しか存在せず、その積み重ねが団体行動になっています。緻密な行動が団体になり、集合体になるのです。」

——アリが予想外の動きをした事は?

「自分たちの予想外の事が起きた事は当然ありましたね。
アリが他のアリをどう攻撃するのかというのは、今まで知られていなかったのです。実際に攻撃する事があるのかという事もあまり知られていなかったのですが、今回この映像を押さえる事ができたので、科学者たちもアリの生態系というのを知る事ができたのです。
アリというのは、テリトリーを非常に争うという事も知られていなかった事です。
さらに、自分たちの体を使って鎖のようにアリが天井から降りてくる場面がありますが、その場面も絵として作りたかったものです。
どのように実際行われるのか想像がつかなかったのですが、高いところにアリを置き、足場をなくしてみたところ、集団で鎖のように連なっていったという訳です。『エイリアン』の映画の中に出てきそうですよね(笑)」

——一方のアリは、生涯その場所から動けない女王アリで、もう一方はまるで指揮官のように動く女王アリの対比も描かれていましたね

「その通り、対比に非常に気を付けました。移動型のアリと、白の女王アリと黒の女王アリという定着型のアリという姿の対比ですね。」

——サスライアリは肉食という事もあり、スタッフが危険な目にあったのでしょうか?

「そうですね、サスライアリは非常にどう猛なので、何度も襲撃にあう為、慣れていかなければなりませんでした。
服の中に入ってきてしまう場合は、服を次々脱いでいくのです(笑)
スタジオにサスライアリを移動して撮影する時には、アリが脱走してしまって、撮影用に囲っておいた他の動物を襲ってしまうという事もありましたし、科学者たちも襲撃の被害者にもなりましたね。」

——ドキュメンタリーを撮る際に、どういった基準で対象を決めるのですか?

「ドキュメンタリーは個人の仕事ではありません。チームを組んで、ヨーロッパではよくテレビ局が支援して出資するという事があります。
個人の要望だけでは撮れないものもありますが、ドキュメンタリーを撮る時には、自分たちの世界とは違った、概念にとらわれないものを見せていくようにしています。
昔の歴史ものを撮る時も、既に存在していないものに再び光を当て、見えているようで見えていないものを撮っていくことに一番惹かれます。」

——兄のフランソワも製作に関わっていますが、子供の頃からお互いに自然への関心は高かったのでしょうか?

「私の父も自然に興味を持った人物で、銀行で働いていたのですが、その間も自然に関する映画を撮っていて、そういった環境の中で兄と映画の製作を手伝ったりしていました。」

——この作品の一番の見所を教えて頂けますか?

「この映画の一番の魅力というのは、やはり自分たちに近くて遠い世界、知る事のない世界を発見する事にあると思います。
近いと言えば、個と個が集まって生活するというのは人間の社会でもありますが、人間の社会と違うのは、個による意思や自由が一切無いところです。
私たちの側にありながらまったく違う世界であるというものを撮ったら、映画として面白いのではないかと思い、この映画を作りました。」

執筆者

池田祐里枝

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