この物語の主人公・瞬は、子どものような純粋さと絵の才能を持ち合わせながら、幼児期に母親から受けた虐待によって、その精神はひどく傷ついていた。彼は偶然知り合った童話作家・香澄と心を通わせ、その娘・由里子のカウンセリングを受けることになるが、カウンセラーであるはずの由里子もまた、母親である香澄に対し、根深い思いを持ち続けていた……。

心理学では、母親は子どもが成長していくための「鏡」にたとえられる。しかし、その母が、まるで氷のように冷たく、すべてを凍えさせてしまう存在だとしたら?

「凍える鏡」は、もはや親から「無条件の愛」を与えられることなどない現代人の孤独とそこからの回復を、ひと組の母子と青年との関わりを通して描き出した21世紀の寓話なのだ。

主演は、映画「包帯クラブ」やテレビドラマ「僕の歩く道」「牛に願いを」などで成長著しい若手俳優・田中圭。これまでの等身大の好青年役とは一線を画した、心に闇を抱える青年・瞬を繊細かつ大胆に演じ、新たな魅力を見せてくれます。瞬をグレートマザーのように包み込みながら、実の娘には別な顔ものぞかせる童話作家・香澄を好演するのはベテランの渡辺美佐子。「いつか読書する日」「東京タワー」など近年も多くの映画に出演し、この作品が記念すべき百本目の出演作となる。また、娘の由里子には「犬、走る」「閉じる日」などの映画をはじめ、舞台でも活躍がめざましい冨樫真が扮し、現代の悩める三十代女性をリアリティ豊かに演じている。

そして監督・脚本は、家族の崩壊と再生を描いた「カナカナ」「火星のわが家」が内外の映画祭で高い評価を受けてきた大嶋拓。まさにこれまでの集大成とも言うべき秀作の誕生だ。

今回は主演の田中圭さんと大嶋拓監督の対談という形でインタビューをお届けしよう。



−−人格障害の傾向がある青年という題材を取り上げようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

大嶋監督(以下、監督)「最近は親が子を殺したり、子が親を殺したりと、暗くなるようなニュースが多いわけじゃないですか。何でそういうことが増えてきたんだろうと思って。元々僕は大学が心理学関係の学科だったので、家族関係のそういうテーマに興味があったんですよ」

−−『カナカナ』もそうでしたし、大嶋監督の映画に共通するテーマですよね。

監督「そうですね。僕の中では古くて新しいテーマと言いますか。やっぱりどこまで行っても家族という関係性はついて回りますから。その親殺し子殺しの話をしていた時に、今回カメラマンをやった宮野さんが、それはアンコンディショナルラブ(無条件の愛)の喪失が原因じゃないかと言ったんですね。最近は条件付きの愛しか子に与えない親が増えていると。そして我々はまた、受験戦争世代でもあるので、常に点数や結果で人を評価するという価値観の中で生きていて、親からも社会からも、あまりおおらかに育てられたという記憶がない。
これからの家族ってどうなるんだろう、条件付きの愛情しか与えられなかった子供ってどうなるんだろうと思っていろいろ調べていくうち、他人の賞賛や華々しい結果ばかりを過剰に求める『自己愛性人格障害』の傾向を持つ人たちが増えているということを知りました。瞬というキャラクターはそこから生まれていったんです」

田中圭(以下、圭)「最初に台本をいただいたときに、すごく面白い話だと思ったんですけど、瞬くんを演じるのは難しいなと思ったのが率直な感想でした。でも監督の中には明確な瞬くん像があるわけですから、とにかく監督と話しあいました。
 ただ、それを聞けば聞くほど、瞬くんのことは理解出来るんですけど、それを自分の身体を通して表現できるのだろうかと思いましたね」

−−ふたりの間では何が話されていたのでしょうか?

監督「実はあんまり覚えてないんですよ(笑)。三軒茶屋の喫茶店で話をしたことは覚えているんだけど。圭くん、何か覚えてる?」

圭「監督がおっしゃっていたことで印象的だったのは、母親というものは子供にとっての最初の恋人であるということだったんです。それに対して、本来与えられるはずの愛情を与えられなかった子供はどうなんだろうと。」

監督「それ今言われて思いだした。圭くんがしっかりと覚えていてくれるんで、助かりますね(笑)。エディプスコンプレックスの話をしたのかもしれませんね。」

−−監督の目から見て、田中さんが瞬役をやることは、違和感がなかったのでしょうか?

監督「他の映画やテレビを見て、圭くんが爽やかな好青年の役を多くやっているのは知っていました。でも会った時の印象は、100%爽やかな人というわけじゃなくて、もう少し深いものを持っている人感じだったんですよ。だから逐一、演出的なことを言わなくても、きちんとやってくれるだろうという信頼はありました。だから、最近の圭くんのインタビューを読んだら、すごく役づくりで悩んでいたことが書いてあったので、逆にびっくりしたんですよ。圭くんはほっておいても出来るんだと、僕なんか勝手に思っていたので」

圭「あの時はあの時で、すごく一生懸命やっていたんですけど、気持ちの面で瞬くんをどれだけ分かってあげられるんだろうというところで、本当に悩んでいましたね。
 基本的に僕の芝居は、その人の気持ちを理解して、自分に引っ張りこむんで、役に近づくというよりも、その役を自分に近づける感じなんですよね。瞬くんの場合は、母親との関係性などは僕と全然違うんで、僕に引き寄せたところで、分かったふりをしているだけなんじゃないかと思って。それは瞬くんに対しても失礼だなと思ったので、嫌だったんですよ。
 もちろんセリフも入ってるし、動きも分かっているんだけど、それだけでは気持ちが追い付かない気がして。とにかく台本を何度も何度も読み続けてましたね。監督も現場に入ると大変でしたから」

監督「本当に大変でしたよ(笑)。スタッフも10人くらいしかいなかったし。たぶん圭くんが知ってる現場の中で一番少ない人数だったんじゃないかな」

圭「そうですね」

−−映画を観ていて気付いたんですけど、父親の存在がなかったですよね。それは何か狙いがあったのでしょうか?

監督「現代社会の諸問題を見ていくとき、父親不在は常に指摘されるポイントですからね。やはり母親と父親との愛情バランスは大切ですよ。母親だけの愛情ってどうしても近視眼的になりがちですから。父親がちゃんといればいいんですけど、父親不在でそれに拍車がかかってる」

−−瞬くんがいつも恨みごとを言うのはいつもお母さんの方ですからね。

監督「香澄のセリフにもありますが、瞬は早いうちに両親が別れて、父親との触れあいに乏しかったという設定なんです。父親がいて母親がいて、愛情のパワーバランスがとれていれば、ああいう風には歪まなかったかも知れない。まあでも現実には、お父さんがいる家庭でも父親不在というのはあるんですけどね」

−−仕事で忙しいとか。

「そうですね。そういう父親ほど母親に『子育てはお前に任せた』みたいに言うんですよね。ですから、決して母親だけの責任というわけではないんです」

−−渡辺美佐子さんはいかがでした?

圭「渡辺さんはきちんとご自分の考えを持っているから、台本に関しても監督と意見交換されたりして。渡辺さんは大女優さんだし、気持ちの作り方もすばらしくて、ご一緒できて心地よかったです」

監督「渡辺さんに関して言えば、一番早くにオファーを出したんです。舞台のお仕事を多くしていらっしゃるんで、一年くらい先までスケジュールが決まってるんですよ。ですから、早めに押さえないと、ということで。渡辺さんは、以前からぜひ一回ご一緒してみたいと思っていた女優さんです。圭くんくらいの年齢の時に、今村昌平監督の『果しなき欲望』で、ものすごい悪女役をやっていたりして、大変な演技派じゃないですか。今回渡辺さんに出ていただけたのは、自分が映画を作る上で大きな励みになりましたね」

圭「例えば、『香澄だったらこうは言わない』とか。そういうことを聞いて、なるほどと思ったり。もっとこう言いたいんだけど、というところを見ていると、さすがと思う部分もありました。 僕は逆に自分のセリフはあまり変えたくないタイプなので、監督が作った世界の中で幅を持たせて、基本的にセリフもそのまま言いますね。渡辺さんと僕とでは芝居のやり方が違うので面白かったです」

監督「圭くんは割と台本に忠実だったね。渡辺さんは、『香澄ならこう言うだろう』っていう言い回しに近づけようとしていて、そういう部分でのせめぎあいはありました(笑)。
渡辺さんと圭くんの芝居で印象に残っているのは、山荘の前で撮影したシーンですね。雪の上に倒れこむところがあったんですけど」

圭「すげえ、すげえ、と言って」

監督「すげえ、というセリフは僕の台本にはないんですよ。瞬は芸術家肌というイメージがあったから、パタッと倒れて、はあ、と無言で空を見上げる感じだったんですよ。でもあのとき渡辺さんがね、『私を喜ばせてごらん』みたいな感じで、本番前に水を向けたんですよね。覚えてない?」

圭「覚えてないです(笑)」

監督「あれはすごく印象に残ってて。渡辺さんとしては、香澄は瞬に魅力を感じていて、養子にしたいとまで思うようになるわけだから、瞬くんが魅力的に見える部分が画面の中に欲しかったみたいなんですよ。だから、香澄さんをときめかして欲しいと。それで圭くんにそれを投げたら、あの『すげえ』が出てきたんですよね。それはあまり覚えてない?」

圭「はい(笑)」

監督「雪に跡が付いちゃうと2回目は出来ないから、あれは一発勝負だったんですよ。結構ドキドキしながら本番を見守ってましたね」





−−雪のシーンが多かったんで、単純に寒さで大変だったんじゃないんですか?

圭「そうですね。貼るカイロをペタペタと貼ってました。衣装も自前でしたから」

監督「衣装さんもいなかったからね。雪が少なかったとはいえ、2月の信州でしょう。深夜の撮影ともなると氷点下。かまくらで絵を燃やすところは辛かったね」

圭「かまくらを作って、その中で絵を燃やす。イメージはすごくよく分かるんですけど、明らかにカマクラの入り口の穴が小さい。もうちょっと大きくして欲しいと言ったんですけど、なかなかそれをやる時間がなくて。だから僕がリハーサルの時にちょっとずつちょっとずつ穴を大きくしていたんですよ。そしていざ入って、かまくらの中で燃やすんですけど、変なガスが出てきて、本当にゲホゲホとなって。これだとちょっと中に入れないから、撮影のやり方を変えてどうにか出来ないんですかと言ったら、ちょっとそれは、と言われて。そのときに初めて監督に対してクソーッと思ったんですよ(笑)」

監督「あれ構造的に穴を大きく出来たのかな?」

圭「奥の方を深く掘ればいいんじゃないですか」

監督「あ、そっか。なるほど(笑)」

圭「そうですよ(笑)」

監督「柔軟性がなくなってたね」

圭「みんな大変でしたからね。何度も雪の中で紙を燃やしたりしてね。次の日も燃やしたんですよね」

−−ちょうどおまわりさんに捕まるシーンですね。

監督「そうです。話していくうちにいろいろと思いだしてくるもんですね」

圭「僕としては、撮影が終わったあとに、みんなでご飯を食べるときがとても楽しみでした」

監督「すきやきパーティもやったよね。渡辺さんが信州牛を差し入れしてくれて。冷たいご飯の多かった中で、ああいうのはすごく嬉しかった」

圭「関わってるスタッフさん全員の名前が言える現場ってなかなかないですよ」

監督「そうそう、10人だからね」

圭「それも貴重な経験だったし」

−−最後にこれから映画を観ようとする方にメッセージを

監督「メンタルヘルスのことを扱っている映画ですけど、10年ほど前なら、心療内科やメンタルクリニックに通っていることなんか、なかなか他人には話せなかったですよね。でも今はそういうことが言えるようになってきている。みんな自分の疲れた気持ちをちゃんと良くしていこうと考える時代になったと思うんです。
そんな時代の中で、改めて自分を見つめてみるとか、家族のことをもう一度考えてみるとか、そういうことのきっかけになるような作品だと思います。だから、自分の心と向かいあいたい人がこの作品を観ると、何か発見があるんじゃないでしょうか」

圭「観終わったあとに、お母さん元気かなとか、今日は家族みんなでご飯を食べてみようかなとか、そういう風に思ってくれると、最高ですね」

執筆者

壬生智裕

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