1900年代初頭のイギリス。上流階級に憧れを抱くエンジェルは、溢れる想像力と恵まれた文才によって自身の憧れを小説として書き綴り、16歳で作家デビューを果たす。ペン1本で人気作家としての名声、夢見ていた豪邸<パラダイス>での贅沢な生活、上流階級出身の画家との結婚と、全ての夢を実現したエンジェルだったが、やがて彼女の行く手には、思いも寄らない皮肉な運命が待ち受けていた・・・。

制作費25億円をかけ英国の女流作家エリザベス・テイラーの埋もれた名作小説の映画化に挑戦したオゾン監督。30〜50年代のハリウッド映画にオマージュを捧げた艶やかでこだわりぬいたテクニカル調のビジュアル、その中でも30着にのぼるエンジェルのエキセントリックでゴージャスな衣装は、『8人の女たち』をはじめ9作品でオゾンと組んでいるパスカリーヌ・ジャヴァンヌが手がけ、そのユニークなセンスはイギリス人たちを驚かせた。

ヒロインのエンジェルを演じるのはオーディションで選ばれたロモーラ・ガライ。「エンジェルの持つ長所、短所を全て持ち合わせている」とオゾン監督が惚れ込んだ逸材だ。また、『まぼろし』『スイミング・プール』に引き続きシャーロット・ランプリングが出版社の妻役を印象的に演じている。

『スイミング・プール』以来3年ぶりの来日となるフランソワ・オゾン監督に話を伺った。





——有名ではない原作だと聞きましたが、どんな出会いだったのでしょうか?
「この小説は友人から「主人公に興味を持つと思うよ」と言われてもらったものなんです。そして、彼は正しかった。恋をするほど共感しましたから。不思議なことにフランスの方が人気があり、イギリスでこの小説はほとんど知られていないんですよ。」

——今、振り返ってみて、どこに恋をしたと思いますか。
「作品を撮り終えて、もう恋は終わりました(笑)。彼女のパーソナリティには、とても切ないところがあります。彼女は、自分自身の出身や母に関しての恥ずかしさから、嘘の話を作り上げている。僕自身の家族が貧しかったわけではありませんが、家族の現実から逃避したいと感じたことがあります。僕自身も感じていたことなので、いじらしく思います。ただ彼女の問題は、子供時代だけに留めず、一生かけて嘘を突き通したということですね。」

——女性に距離感を持ちながら自己投影すると記者会見でおっしゃっていました。女性の方が感情面や思考で共感しやすいのでしょうか?
「映画で描くとき、女性の方が内面性を描けるという部分があります。女性は感情や感性で物を考えていて、男性よりも感情が豊か。それに対して男性は、いつも行動している描かれ方をしています。すぐに行動するのではなく、感じている女性を撮影するのが快感なんです。」

——オゾン監督の作品には、『エンジェル』、『8人の女たち』など昔のハリウッド映画を思わせる華やかなものと、『まぼろし』や『ぼくを葬る』など死をテーマにしたものの二つのラインがありますが、それぞれのラインは監督にとってどういう作品なのでしょうか?
「形は違っても同じことを描いていることはあって、例えば『まぼろし』と『エンジェル』は形式が違うけれど、同じようなものを描いています。現実を見ようとせず妄想の中で生きようとしているところは同じです。シャーロットも現実を見ずに、夫が死んだものを受け入れず、幽霊を妄想の中で創造しながら生きている。『エンジェル』は人生そのままが“まぼろし”で、形を超えて共通項はある。様式的なものでいえば、演劇的にしたものに対する好みはありますが、いろんな映画が好きなので、一つのジャンルに閉じこもりたくないという思いで作っています。作品を撮るごとに同じ事をしてしまったとは思いたくないですから。」

——ロモーラ・ガライさんは元々ブロンドでエンジェルは黒髪ですが、原作と同じ設定なんですか?
「そうです。原作が黒髪だったんです。青い瞳と白い肌に黒髪の方が彼女のより強い個性が表現できると思いました。カツラは日本のものを使いました。日本人の漆黒の髪は有名ですから(笑)。」

——見るからに写真を使った背景が用いられていますが、脚本から考えていたのでしょうか?昔の映画にオマージュを捧げる以外にも意図があるのでしょうか?
「例えば、ハネムーンのシーンはエンジェルが既に想像世界で生きていて、現実に生きていないことを示したかったわけです。何かまやかしのものがあるということを40年、50年代に使われていたテクニカラーの映像を使用することで、幸せを表現しているけれど何か人口的な嘘のものを感じさせるという狙いがありました。」

——フランス人とイギリス人の俳優の取り組み方が違うといっていましたが、その違いによって監督自身の演出への取り組み方も違ったのでしょうか?
「そういう風にも言えるかもしれないけど、今回の場合はどちらかというと英語であること、母国語ではないので即興をしながら撮るのは無理でした。そういう意味で、書かれたセリフをリスペクトしたことが、今までと違っていたと思います。」

——スタイルとして新しく生み出したものはありますか?ストーリーは全然違うけれど、オゾンカラーは出ています。その自分らしさは意識的に、それとも無意識に出てくるものなのでしょうか?
「そういうことはあまり考えないですね。どちらかというとうまくストーリーを語って多くの観客に分かち合ってもらいたいということを主眼に置いています。作品の比較や分析はジャーナリストにお任せすることで、私は自由に作っています。ただ、フランスの映画作家が陥りやすい欠点に、自己分析の傾向があります。映画を観ていない方にも語る素晴らしい分析なんですけど、実際の映画を見たらひどいものだったりして(笑)。作品分析はバカバカしいし、映画とのギャップがある。作品の方がインテリジェントだと思ってもらうほうがうれしいです。」

——同じ女優を何度も起用していますが、脚本の段階でアテ書きしているのですか?
「アテ書きは今までしたことがあります。でも、それは習慣というよりも偶然性なんです。『8人の女たち』で8人の大女優を演出するのが大変で、しばらくそういうことはしたくないと思っていました。そこでバカンスのつもりで、シャーロット・ランブリングとリュディヴィーヌ・サニエという二人の友人を起用して『スイミング・プール』を撮ったんです。でも脚本はシャーロットにあてたわけではありません。『エンジェル』ではイギリスを舞台にした初めての映画ということで、シャーロットには友情出演というか、お守りのような形で出演してもらいました。」

——エンジェルにとっての原動力は華やかな生活へ憧れですが、監督にとっての原動力はどこにあるのでしょうか?
「エンジェルと僕が違うところは、エンジェルは成功そのものを求めていたということです。貧しい社会から抜け出したいと思い、最初は成功を意識しないで作品を作っていますが、だんだん作品そのものよりも成功が重要になり、本末転倒します。僕にとっては、成功そのものには価値は感じません。もちろん欲しい物を買いたいとは思いますけど、名声は二の次で、成功のための成功ではなく、次回作の手助けのための成功ということです。」

——イマジネーションを膨らませるために普段から心掛けていることはありますか?
「私は無理強いしないタイプで、作為的なものは決して良いものを産まないと考えています。アイディアもインスピレーションも来るものしか信じませんね。自然に任せるので、アイディアが出るには時間がかかりますが、その中で無意識が働いて、ある日起きたときにこういうものが作りたいというのが自然に生まれる。エンジェルの小説を読んだのは6年前で、取り出したのは一年前です。どういう風に作品にアプローチしようか、英語にアプローチしようかというのは加速するわけではなく生まれていきました。まるで植物の種を撒いて、いつのまにか木になっていたような自然な流れの中で作品を作っていきたいと思います。」

——監督自身、今後はどういった作品に挑戦していきたいですか?
「次回作は、もっとシンプルで現代的なストーリーで、これほどは重くない製作になると思います。私はどちらかというとステップごとに考えていくタイプなので、すぐ次のステップのビジョンはあるけど、更にその先のステップは、まだ考えていません。」

執筆者

Miwako NIBE

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