霞ヶ浦周辺に広がる美しい田園地帯。そしてまばゆい陽光の降り注ぐフィリピン・ラグーナの村。「恋するトマト」は、二つの土地を結んで、日本人の中年男性と美しいフィリピン人女性が恋を紡いでいくラブストーリーである。

農家の長男であるがゆえに、結婚から遠ざかってしまう男たち。それによって引き起こされる後継者不足。そのため日本の農業は窮地に追い込まれ、仲間たちが次々と廃業してしまう危機的な状況。映画ではそうしたテーマを背景に、遠い異国の地・フィリピンで、運命に導かれるように出会う正男とクリスティナの恋を描き出す。そこでは、作物を育んでいく喜び、大地へのいつくしみ、、土と水と太陽への感謝の気持ちなど、我々が見失いがちな感情を切々と訴えかけてくる。

今回は、企画、脚本、製作総指揮、そして主演俳優と一人四役を演じた大地康雄さんにこの映画についてお話を伺った。次から次へと困難が降りかかり、構想13年もの年月をかけて作り上げたという渾身の一本がいかにして生まれたのか。映画作りへの情熱がつまったインタビューをお届けしよう。




この企画が生まれたきっかけはどういうところからだったのでしょうか?

「フィリピンに20年以上住んでいる日本人のドキュメンタリーカメラマンから、フィリピンというのは面白い国だから、是非遊びに来てくれと言われたんですよ。それで、ひとりでぶらっと行って。
 でも、ドキュメンタリーのカメラマンだから、普通のところを案内しないわけ。刑務所とか、普段入れないところにね」

そんなところも行けたんですか?

「そう。一発目が刑務所の中。軽犯罪から死刑囚まで、5000人くらい一緒にいるところで。
 そこに麻薬所持の容疑で捕まっている日本人がいて。どんな状況で、どういう気持ちでいらっしゃるのか、役者として興味が湧いたんですよ」

その人はどんな人だったんですか?

「自分は無罪だと言っててね。マニラ空港でハメられたんだと。荷物を預けて、空港から出てきたら、中から麻薬が出てきたんだと。誰にハメられたのかは、見当が付かない。もしかしたら女にハメられたのかもしれないとか言って(笑)。

 それで話を聞き終わったので、お礼として彼の手に餞別を渡したんですよ。そしたらいつの間にか周りを死刑囚が取り囲んでいてね。金を渡すところを見ているわけよ。そしたらもうあっちに金がいくのは時間の問題で」

ボスの元にですか。

「そう。それでちょっと寒気を感じたんだけど、そのとき、スコールが降ってきてね。そしたらそこから稲光が光って。バーッと部屋が光ったんですよ」

映画みたいですね。

「そう、映画みたいでしょ。それで刑務所を出たときに、友人のカメラマンが『大地さんが刑務所にいても何の違和感もなかった。映画が作れるんじゃないの?』と僕に言ったわけ」

中盤で主人公が悪の道に進むのは、そこから来ているんですね。

「だから最初は、脱獄映画にしようと思ってね。娯楽映画として。原作の『スコール』というのはそこから来ている。原作には脱獄シーンもあるからね。そこがスタートですね」

そこからどういう紆余曲折があって、農村のラブストーリーになったのでしょうか?

「まずはどういう人物を主人公にしたら面白いか。
 フィリピンには、借金を踏み倒して来ている男とか、妻子を捨てて、フィリピンの若い女の子に入れこんでいる男なんかが生き生きと暮らしているわけですよ。だけどそういうのは私の中でステレオタイプに感じて、映画にするのはつまらないなと思ってね。

 そしたら原作の小檜山先生との出会いがあって、それが『パラオ・レノン』という小説で。主人公は農家の長男なんだけど、農家をやっているというだけで、何回もお見合いを断られる。それでも最後にやっと出来た彼女も、アメリカの兵隊さんに寝取られてしまう。恨みつらみが倍増して、とうとう農業をやめて、結婚サギ師になるという話。
 これこそが探し求めていたキャラクターだと思ったのね。小檜山先生は北海道にお住まいなので、手紙を出して。それからススキノで三日三晩飲み明かして。そして先生をフィリピンに拉致して(笑)」

拉致ですか(笑)。

「一緒に台本つくりをお願いしたんですよ。私が旅したルートを全部見せてね。
 そのとき、刑務所の中で囚人がミニトマトを作ってたわけ。主人公がフィリピンで大きなトマトを作れば、ヒロインとの間に恋が生まれるだろうというストーリーが浮かびましたね」

そうやって徐々に農村のラブストーリーになっていくわけですね。

「ところが小檜山先生に書いてもらった脚本が、映画にしたら5,6時間はかかるだろう分厚いものになって。さすがにそれ全部を映画にするのは難しい。まずは半分にしなきゃいけない。
 ということで、僕に任せると言ってくれたわけです。先生が出した条件はふたつだけ。土と水と太陽。それは絶対に描くこと。そしてラストシーン、それさえ押さえてくれれば、あとは自由にやってもらっていいと」

しかし、そうするとエピソードを大幅にカットしなくてはいけなくなりますね。

「まずは脱獄の部分を全部外すことにして。そしたらシンプルなラブストーリーになったわけ。次にうちのスタッフの女性の故郷である茨城に行きました。彼女の知り合いの農家の独身男性に会いにね」

身近なところにリサーチ対象がたくさんいらっしゃったわけですね。

「そう。それで、会わせてもらって。そうしたら本当にたくさんいたわけ。だからバスの中のシーンとか、ダンスのシーンに出てもらった。普通のエキストラじゃ、ああいう顔はまず無理でしょ。だからよりリアルになったわけ。
 でも、そこまで持っていくのが大変だった。いくら彼女の紹介でも、最初は全然会ってくれないわけよ。待ち合わせしても来ないわけだから」




警戒しているんですか?

「というよりは…。例えば君が初対面の人間に、いきなり女にフラれた話なんてしないでしょ」

ああ、なるほど! それは確かにしたくないです(笑)。

「そういうこと(笑)。 でも俺もしつこい性格だから、1回2回断られたくらいじゃ諦めないわけよ。待ち合わせしても来ないから、『どこ行ってたんだ』と聞いたら、『釣りに行ってた』と。『でも約束したでしょ。夕方の5時に待ってるからって』と言うんだけど、『いや、俺は人とはあまり話をしたことがないし。ずっと畑としか話をしてこなかったから』と言うわけね」

映画にもそういうセリフがありましたね。

「あったでしょ。取材の声を全部脚本に入れたんだよ」

なるほど、リアルなセリフが多かったのは、そういうことなんですね。

「そう。リアルでしょ。脚本は俺になってるけど、本当は俺じゃなくて、皆さんが書かせてくれたんだよ。生の声がいっぱい入っているわけだから。でも、皆さんと親しくなるまでが本当に大変だった」

そのためにはやはり、一緒に酒を酌み交わすわけですか?

「そう! まずは農作業を手伝って。そして夜は呑みだね。
 彼らは付きあえば付きあうほどに魅力的な人たちなんだよね。日本の女性は見る目がないんじゃないかと思うよ。優しくて純朴で。夢があって、農業に対する情熱があって。しかも親思いで男の底力も持っている。理想的な男が多いわけよ。山に行ったら美味しいきのこを取ってくるし、川に行って魚を釣ってくる。もちろん畑仕事は元より、機械や電気の修理も出来る。大工仕事は全部自分で出来 ちゃうんだから。

 だから何でこんな人に嫁が来ないんだろうと思って。それが疑問だったわけよ。多い人だと28回も見合いで断られるんだから。そうすると…。君は女性にフラれたことはあるかい?」

そりゃあ、ありますよ。

「じゃあフラれた男の心の傷の痛みは分かるわけだよね。それを28回も繰り返したら立ち直れないでしょ」

つらいッスね…。

「自分はこれほどまでに価値のない男なのかと落ちこんでしまうよね。それほどまでに素晴らしいものを持っている人がだよ。自信喪失で希望をなくして、コンプレックスを抱える人間。役者としてこの両面を演じてみたいと思ったわけよ。
 ひとつの側面だけじゃなくて、いろんな側面をね。その裏の側面がフィリピンのヤクザ社会に入っていくことに、つながっているわけよ。すると作品に幅が出るでしょ」

いろんな人に会って、いろんなものを吸収したんですね。

「そう。だから現場に勝るものはないよね。机に座って頭の中だけで考えてもいいものは生まれないからね」

農作業のシーンは堂々としていましたね。

「農作業も練習できるのは年に一回だけでしょ。だから、その時期は仕事をオフにしてもらって2年間練習をした。
 でも最初は痛くて腰が立たない。ところがやってくうちに、苦痛から収穫の喜びへと変わっていくわけなんだよね。病は気からと言うけど、あれ本当だね。人間の気力というのはすごいものだよ。その時に正男役の半分は出来たかなと思ったわけ。でも下手すると、指とかもバッと切っちゃう」

それでも慣れた手つきでサクサクと刈ってましたよね。

「実は練習の時に、60歳くらいのおやじさんが見ていたわけ。うちのスタッフの女性が刈るのと俺が刈るのを交互に見ているわけだよね。
 それで、終わったあとに、『大地さんは素人だけど、彼女の方は農家の出身でしょ。手つきや物腰から、大地さんとは全然違うよ』と言われて。それを聞いた時はショックでね。この映画は多くの農家の人も見るからね。これはヤバいと。プロが見ておかしくないレベルまでやらないと、この映画が偽物になると思ったから」

なるほど。実際に完成した映画を観たプロの判定はどうでしたか?

「茨城の農家の方に聞いたら、大丈夫、オッケーです、と言ってもらえて。安心したんですけども。 (近くにいた女性スタッフさんの『身体に染みつくんですよ、自転車とかと一緒で』というコメントに対して) ああいいうのって頭で覚えるものじゃないからね」

大地さんが農家出身だと思った人もいたんじゃないですか?

「よく言われるんですよ。何かの役をやるたびに、過去にそこに所属していたことがあるのかと。それは役者冥利につきるんですけどね」

#やはりこの映画はトマトをいかにキレイに写すか、ということが重要になると思うのですが、トマトはどうしたんですか?

「元々、フィリピンでトマトを作るのは不可能だからね。七年くらい前、小説にはトマトと書いてあった。書くのは簡単だよね(笑)。でも、やる方は大変だよね。7年前に試しにフィリピンで栽培してみたら、案の定、青枯れ病で全滅しちゃって。無理だと言われた。ここではミニトマトしか出来ませんと。雨が多かったり、台風が多かったりすると駄目なの。乾燥地帯から出てきたものだからね。それで実はこの映画、一回頓挫したのよ」

トマトのせいですか!

「ダイコンだったら出来ると言われたんだけどね」

『恋するダイコン』になっちゃいますね(笑)。

「『恋するダイコン』だと観る?」

トマトの方がいいですね。

「そうだよね。でも、フィリピンに住んでいる湯川さんという人が脚本にベタ惚れしてくれててね。この人は農業のプロで、こだわってる人だから。だから中止になったときは彼もすごく残念がってくれてね。

 その時は黙って別れたんだけど、6年くらいたって、いきなり電話がかかってきて。どうしたの? と聞いたら大きいトマトが、と言うわけ。もうビックリしてね。すぐにフィリピンに駆けつけた。そしたら、5個くらいの大玉があったのよ。それで湯川さんが、これが僕の新しい名刺ですと言うんだよ」

かっこいいですね。

「私に内緒で品種改良をしながら、育てる場所も変えながら作ったと言われて。もうこれはやるしかないんだなと…。挫折から再生してね。だからこの映画を地でいってるようなもので。メイキング撮影しておけば良かったな(笑)。

 それで資金集めから始めて、いけることになったんだけど、それでもやっぱり怖くてしょうがない。いくら出来たとはいえね。それで当然、人間は後回し。最初はトマトの種から撮影開始。苗をつくってから4ヶ月かかるわけだからね。我々人間は4ヶ月待った。そりゃ待ち焦がれていたわけ」

贅沢な撮影ですね。ある意味。

「そんな楽しそうに言うけどね、やってる方はそりゃ不安で不安でしょうがなかったんだから(笑)。
 それでもトマトは出来た。『間違いなく撮影できますから来てください』と言われて。『間違いないね。日程が動いたらお金もかかるし、取り返しのつかないことになるから、いいね?』と念を押して。それで意気揚揚と行ったわけよ。

 ところが当時SARSが流行しているときで、香港空港帰りの人がマニラ空港でみんなマスクをしてるわけ。やってないのは俺たちだけなんだから(笑)。そこで嫌な予感がしてね。
 
 とりあえず最初はホームレスのシーンを撮ったわけよ。10キロ痩せてね。そして次は何としてもトマトを撮影しようと。それさえ撮影すれば安心だから。

 そしたらトマト畑のところに台風が来たわけよ。トマトが落ちるか落ちないかというところで風に吹かれているんだね。これで全滅したらこれでパーだからね。真っ青になって、三日間くらい待機してたんですよ。そしてようやく風がおさまってきたんで、見に行ったら実は落ちてなかったの」

本当に映画そのままですね。

「『監督! もう撮っちゃいましょう』と。ヒロインのアリス・ディクソンが心配そうな顔でトマトを見ているシーンがあったでしょ。あれがファーストカット」

あれは本気でトマトを心配していた表情なんですね。

「もしかしたらトマトよりも、この映画が無事に出来るかどうかが、心配だったのかもしれない(笑)。でも、お客さんにはそうは見えないよね。不安そうな顔で。そういうところで神様に助けられた映画だよね。
 そしてトマトの撮影が終わったら、だんだん青空になってきた。ところが我々に、もうひとつの難題が振りかかった」

またですか!

「フィリピンの米農家と契約して、撮影用に稲を作ってたのね。ところがいざ撮影になったら、まだ青いんだよ。びっくりしてね。今年はまだ寒いから、黄色い稲穂になって垂れるまで、あと1ヶ月はかかるという。でも、1ヶ月も待機する予算も何もない。

 それで頭の中が真っ白になっちゃってさ。一難去ってまた一難だなと。プロデューサーも真っ青になっていたから。でもやっぱりカメラマンって隅々まで見ているんだね。ここへの移動の途中で、黄色い稲穂が1箇所だけあったような気がすると言って。それで大急ぎで行ってみたら、映画に出てくるあそこ! あそこだけが残ってたの。しかも2日後にはあそこも刈り取られてしまう予定だった」

危なかったですね。

「俺らも思わずひざまずいて、畑に拝んだよ(笑)。俺たちの撮影を待っててくれたかのように稲穂が垂れてて。いらっしゃいと言ってるわけだね。しかも契約していた農家に比べて10倍くらいの広さがあったわけ。だから余計良かったんだよね」

広大ないい画面でしたもんね。

「だから本当にそれで救われて。でも、2度と農産物の映画はやらないとその時に思った(笑)。神経がすり減っちゃったからね」

映画に負けないくらいドラマがあったわけですね。そうすると、完成したときは感激もひとしおだったんじゃないですか?

「そうだね。0号試写を観たとき、涙が出たよ。よくこんな映像が撮れたなとね」

大地さんたちの情熱が詰まっているからこそ、あれだけの素晴らしい映像が撮れたんですね。それでは最後にDVDをご覧になる方に向けて、メッセージをお願いします。

「とにかく見どころは満載ですから。私の俳優人生の中で初のラブシーンもあるし。残念なことにあれ、一発でオッケーだったんだけどね(笑)。中年男でも、こんな純愛ラブストーリーが出来るんだと。疲れている人に観て欲しいし、楽しんでもらいたいですね。

 それと同時に、今の日本が失いつつある最も大切な事、置き去りにしてきたもの、一番大事にしていたものを思い直して欲しいよね。人間は何によって生かされているのか。それは土と水と太陽のおかげだって事を…」

執筆者

壬生智裕

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