女優、石原真理子が発表した自叙伝『ふぞろいな秘密』が発売されるや、世間は騒然とし、発売からわずか3ヶ月で50万部に迫る爆発的なベストセラーになった。

 この本の中でも特に彼女が思い入れのあるという波乱に満ちた恋愛エピソードを、著者である石原真理子本人がメガホンをとって映像化したのが映画版『ふぞろいな秘密』である。
 主演の石原マリコを演じるのは、「ポカリスエット」CMで脚光を浴びた後藤理沙。本作が女優復帰後、初主演映画となる。

 今回はバンド「セーフティゾーン」のメンバーで、マリコの恋人である山置洋二を熱演した河合龍之介さんにお話を伺った。スキャンダラスに捉えられがちな本作に対する想い、そして演技に対する情熱を熱く語り尽くしていただいた。



石原真理子さんの初監督作品であるということ、話題になった自叙伝を映画化したということで、どうしてもスキャンダラスなイメージが先行しがちな映画だと思います。河合さん自身は、この話が決まった時はどうでしたか?

「僕自身はそういうのには特に左右されませんでしたね。
 もちろん世間的に原作本が騒がれていましたから、スキャンダラスな作品になるだろうということは理解していたつもりです。でも、何かあるならあったで、受けいれて対処していこうと思いましたし、もともと作品を良くしようというところから入ったので、そこさえしっかりしていれば、筋が通せるんじゃないかなと思ってます」

石原さん役の後藤理沙さんも久しぶりの出演作ですよね。

「彼女は僕と同い年なんですよ。前に比べると大人っぽくなった気がしますけど、実際の後藤さんは意外に男っぽい人でしたね。意見なんかもズバッと言うし。
 激しいシーンの時も、『本気で来なきゃいい芝居が出来ないから』と言われて、逆にリードされた感じでしたね」

河合さんのブログなどを拝見するに、相当な映画好きだと感じました。だからこそ、スキャンダラスになりがちなこの題材の映画を避けるのではなく、一本の映画として興味を持って参加することにしたのかな、と思ったのですが。

「そうですね。こういう作品が受けいれられないのは逆にもったいないと思ったんですよ。こんないい役だし、脚本もいいのに。
 実際に監督とお話をしたときに、『この恋愛に思い入れがあって、これを多くの人に伝えたいんだ』と言っていたので、少しでも力になれればいいなと。それだけでしたね」

とは言え、河合さんが演じる役の名前が山置さんということで、思わずいろいろ想像してしまうことは否めないんですが。

「しかもバンド名がセーフティゾーンですからね(笑)。いいのかなぁ、という面は正直あったんですけど、監督はフィクションとして描きたいと言っていたので」

フィクションなんですか!?

「監督には、『元々いる人をイメージするのではなく、まずは河合君自身の良さを出してほしい。そこに付け加えるべきものは、私が演出で付け加えるから』と言われて。そこはありがたかったですね」

石原さんの監督ぶりというのは、なかなか想像しにくいところがあるんですが、現場ではどんな監督だったんですか?

「意外なんですけど、自分の思いを押しつける人ではなかったんですよ。絵コンテもすごいたくさん描いて現場に持ってきていましたし、作品に対する思い入れはいろいろとあるはずなのに、ちゃんとクールに客観的に見る目もあって。
 そういうところが女優さんらしいなと思いましたね。ちゃんと役者の意見も取り入れてくれて、対等にやってくれました」

それは本当に意外ですね。石原さんの演出方法というのはどんな感じでしたか?

「すごかったですね。僕が最初に思い描いていた監督像はどんどん覆されていきました」




最初の監督像とは?

「やはり映画を撮るのは初めてなので、経験のあるスタッフに囲まれて、あたふたすることもあるんじゃないかな、と思っていたんですよ。
 でも、そういうところは男らしいというか。ちゃんと自分の意志は貫き通すし、出来ないことがあったら、ちゃんと割りきって、方向を変えてみるし。ちゃんと情熱と冷静さを兼ね備えながら監督をやっているから、初監督なのにこの落ちつきぶりは何だろうと思って。スタッフを引っ張っていけるような存在でしたね」

具体的に、監督の演出で感心したところはありましたか?

「後藤理沙さんとバーでお酒を飲むシーンで、シガレットケースを手にとりながらも、躊躇して戻す、という演出があったんですよ。それを聞いた時は、余計なことなんじゃないの? と思ったんですけど、やってみたら、間の取り方やテンポがしっくりくるんです。それはすごく何気ないところなんですけど、その動きを加えられただけで、今まで足りなかった感情が湧き出たんですよね。
 よく見ると、監督はいつでも自分だったらどうするか、というようにいろいろと考えているんです。役者の目で見ているから、演出が本当に明確なんですよ」

ということは、たばこの演出もその場で考えたわけですか?

「そうですね。もともと考えていたわけではなく、僕の芝居を見て。
 セリフもどういう文節で区切ったらいいか。そういう細かいところも言われるとしっくりくることが多かったですね」

役者の先輩である監督から、俳優として学んだことは?

「もっともっと大きく芝居して欲しいと言われました。これから役者として成長していったら、もちろん技術もそれなりについてくるし、そういうものに頼りがちになる。
 でも、『それよりもっと大事なものがあるから、そういうものを伝えられる役者になって欲しい。私は小手先の芝居には興味ないの』と言われました」

大事なものというのは、心ということですか?

「リアルな芝居ということですかね。役者がリアルにやるのは難しいんですよね。リアリティをどうやって身体で表現するのかが大事ですからね」

確かに演技というのは、しょせん嘘ではあるわけですが、その中でいかにして真実味を感じさせるかということなんですね。何か見えたものはありますか?

「まだ全然分からないですね。これからも本当に分かる日が来るのか分からないですけど、分かる瞬間があったら幸せですよね」



役になりきるために、自分を追いこんだりしますか?

「まず僕の考え方として、役になりきるということはありえない。それはたぶん言葉上の話であって、たぶん役者は役になりきっちゃいけないというのがあって、そこからスタートしなきゃいけないと思っているんです」

役者は役になりきらなきゃいけないと言う人が多い中で、その意見は面白いですね。

「もちろんそういう思いこみは大事ですけど、実際になりきるということは無理ですからね。
 そうでなくて、実際の役があって、それに対する自分の姿があって、その中で葛藤している姿をお客さんは見たいと思っているんじゃないかと思うんですよね。
 役になりきったと思った時点でひとりよがりな芝居になっちゃう。人間って、色々な関係性の中で生きているし、相手役によって、人格だって変わってくるだろうし。
 それは役者でなくても、普段、生活していく中でみんな演じているわけで。そういう自分の多面性を出していくのが芝居なんじゃないかと。そうするともっともっと深い芝居が出てくるんじゃないかなと思うんです」

葛藤を見せるのが面白いという部分をもう少し詳しく聞きたいんですが、具体的にどういうことですか?

「それはたぶん先ほど言った、ストイックにやる情熱的な部分と、どこかで冷静的な客観的に見る部分とが必要ということですよね。それは明確に自分の中に役のイメージがないと、戦えないものなんですよ」

つまり主観と客観との葛藤ということなんですね。

「そうですね。あとは役に取り組んでいるその人の姿勢ですね」

つまり役者の生きざまということですね。

「僕はその生きざまというのを、緒形拳さんの芝居で見たんですよ。
 『座頭市』で、勝新太郎さんとのすごく何気ないシーンがあったんです。セリフがそんなに多いわけではなく、何か分からない漠然としたものなんですけど。もう芝居が上手い下手という次元ではなく、ふたりの会話で、心の中の葛藤や大きくて深いせめぎあいを見せつけられたんですよ。
 そのときに、こういうのがいい芝居なんだと思いましたね。うまい芝居というのは、やはり見ていて分かるし、それもプロとして大事なことなんですけど、僕は純粋に生きざまが見える役者になりたいですね」

河合さんのお話を聞いていると、映画に対する情熱がひしひしと伝わってきます。今は若い女優さんが人材豊富なだけに、映画を大切にしたいと考える男優さんの存在は映画ファンとして思わず期待してしまうんですが。

「特に僕らの世代では映画館で映画を観る楽しさを知らない人がけっこういるんですよね。ですから、映画館で日本映画を観てもらえるように、これからも頑張っていきたいと思っています」

執筆者

壬生智裕

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